第5話 ロディの悩み
村に戻ったロディは、ノーマンから契約完了を示す受領書を受け取ると、日の光が赤みを増す中、警備局本部のある首都、新レンストンへ戻るべく、馬で村を後にした。
本当なら、夕方になっての出発は避けたいが、そうも行かない事情がある。
ロディの義手は、素晴らしい性能の特注品だが、値段も物凄く高かった為、代金を分割払いで返済している。
しかし、昔は余裕だった月々の支払いが、訳あって今は非常に苦しいのだ。
今回も、次の給与計算の締め日まで半月を切ったのに、まだ次の支払いを無事に乗り越えるメドが立たず、崖っぷちに立たされている。
前回の支払いは金額が足りず、頼み込んで一月だけ待ってもらったが、支払いを待つ条件として、次の支払いが滞ったら奴隷として売られる事を宣告され、その書類に署名している。
警備局の給与は、少額の基本給に歩合給を加えたもので、一ヶ月間に高い難度の任務を成功させるほど、そして成功件数が多いほど歩合給が上がり、次の月給が増えていく仕組みだ。
なので、少しでも稼いで次の支払いを無事に終えたい一心で、一刻も早く次の任務を受けられるよう、領主やノーマン達の引き留めを丁重に断って村を出たのだ。
日没間近まで馬を飛ばして、適当な場所で野営し、翌朝もまだ薄暗い内から馬を飛ばす。
早く帰りたい一心で帰路を急いだが、どうやら、馬の体力の限界が近付いてきたらしい。
馬を、休ませねばならない事が増えてきた。
今日中に新レンストンへ戻りたいが、馬を交換しないと無理かも知れない。
馬は、大陸中にある貸し馬組合で借りた馬で、組合の馬は、どの貸し馬組合でも返却や乗り換えが出来る。
馬を交換するため、貸し馬組合のある最寄りの町に立ち寄り、組合のカウンターで手続きを済ませたロディは、小さくため息をついて椅子に座った。
何もしていないと、自然と莫大な借金の事が頭に浮かんでくる。
力無く俯いたロディの目に、鈍い銀色の右腕が映った。
(この義手の支払い……次は金貨七十枚なんて大金を払わないと……まだ払う目処も立たないし、どうしよう……次も払えなかったら、奴隷として売り飛ばされるし夜逃げしようかな……昔は、支払いも余裕だったんだけどなぁ……くそぉっ!)
暗い顔で義手を見つめていると、外から多数の馬の駆ける音が聞こえてきた。
何だろうと扉の方を見ると、ガラスの向こうで、十名ほどの武装した連中が馬を止めていく。
その中の三人が慌てた様子で馬を下り、荒々しく貸し馬組合の扉を開けた。
「すまないが、借りた馬を交換したい! すぐに最上級の馬を八頭貸してくれ!」
貸し馬組合に駆け込んだ、がっしりした体格の三十代後半位の男が、カウンターの受付嬢に書類を渡しながら、捲し立てるように声を上げた。
「は、はい。では今乗ってこられた馬を確認しますので、少々お待ちください」
「分かった。無理を頼んですまないが急いで欲しい。緊急の用事なんだ」
書類を受け取った受付嬢が、慌てて椅子から立ち上がり、事務所の奥へ消えていく。
よく見ると、その男の横に立つ、警備局の腕章を嵌めた十八歳位の少年の顔には見覚えがある。
その視線に気付いたのか、彼がこちらを見て驚いたような声を上げた。
「あれ? ロディさんじゃないっすか! お久しぶりっす!」
その声で、思い出した。
笑顔で片手を軽く上げた彼は、警備局の後輩でフィルと言い、十段階ある警備局員の階級で、下から三番目の八等警備局員だ。
外の連中は、彼の率いるチームの仲間だろう。
「フィル君か。久しぶり! 急いでるみたいだけど、何かあったのかい?」
「ええ……あ、そうだ! 人手がいるんですけど、ロディさん今任務中です?」
「いや、今は空いてるよ。一仕事終えて本部に戻るところなんだ」
その話が聞こえたのか、カウンターに駆け込んだ中年男二人が、フィルと少し言葉を交わした後、歩いてきた。
「すまない。ロディ君って言うのかな? オレは、セオ商会のロバート。横の彼は部下のビルって言うんだが、君も警備局員なのかい?」
がっしりした男が尋ねる。
彼の声は、受付嬢と話した時とは違い丁寧な物だった。
「ええ、六等警備局員です」
ロディが身分を示す認識票を彼に見せると、彼は真剣な眼差しでそれを見た後、丁寧に認識票を返して言葉を続けた。
「ロディ君。不躾で悪いんだが、もし良ければ今すぐ仕事を頼めないかな? 今から、オレ達の護衛をお願いしたいんだが……」
ロバートが、申し訳なさそうな顔で尋ねる。
「警備局とは、後で必ず契約を交わすし、急な頼みだから料金は彼等と同じく規定の三倍払わせてもらうよ。今日だけで良いんだが、助けて貰えないだろうか?」
「えっ? 三倍ですか?」
願ってもない良い話に、思わず弾んだ声が出た。
警備局に何か依頼したい者が払う代金は、案件の難易度に応じた規定料金があるが、契約時に互いに合意すれば、料金より多い分は幾らでも問題無い。
担当者やチームが依頼を成功させれば、増額分は、全額彼等が受け取れる為、結果として彼等のやる気が引き出される。
思わぬ好条件に一瞬顔がほころんだが、うまい話には必ず理由があるものだ。警備局が受諾した案件なら問題ない筈だが、犯罪や厄介事に巻き込まれては困る。
「……今、手は空いてますから大丈夫ですけど……三倍って何があったんです?」
訝しげな問いかけに、ロバートが少し心苦しそうな表情を浮かべた。
「決して、怪しい話じゃ無いから安心してくれ。でも……外に出せない話だから内密にしたい。外に出て話をしよう」
「はい」
ロディが頷くと、ロバートはビルを見た。
「ビル、ここでフィル君と一緒に、受付さんの話を聞いてくれ」
「分かりました」
ビルの返事を聞いたロバートが、ロディを扉へ促す。
ロバートと共に外へ出て、十歩ほど離れると彼が周囲を見回して立ち止まった。
少し離れた所に、彼と一緒に来た、警備局の腕章を嵌めた若者達がいるが、それ以外は近くに誰もいない。
「……ここで良いな」
安心したように呟いたロバートが、表情を改め、小声で話しかけてきた。
「ロディ君……今回の件、恥ずかしい話なんだが、昨夜、ウチの店が極秘で進めてた取引の情報が、外に漏れてた事が分かったんだ……大事な客との久々の大きな取引だから、セオのおやっさんと奥様が直々に納品に行ったんだが……積荷の中身や道筋なんかの機密が全部漏れてたんだよ……」
ロバートの表情が、苦虫を噛み潰したようになる。
「おやっさんも腕利き傭兵を二人連れてるが、今回の品は特別に高いんだ。もし情報が盗賊団の耳に入って、品を盗まれたら店が潰れる。だから万一に備えて、急いで追加の護衛を探したんだが……急な話だから、偶然警備局の支局にいたフィル君達しか雇えなくてな……」
ロバートが、苦渋に満ちた顔で頭を下げた。
「頼む! 今日一日、もしくは新レンストンまでの道中だけで良い。請けられるなら、どうか助けて欲しい! 万一に備えて、おやっさんを守る為に、そして無事に納品する為に、一人でも多く護衛がいるんだ!」
「……その品物って、一体、何なんです?」
「銀灰って知ってるかな? 術を強めて使う時とか、魔法の道具を作る時に使うんだが……?」
「ええ。凄く高いですし、買うのは許可証が必要で面倒ですけど、まさか……」
「その、まさかなんだよ……」
顔を上げたロバートの表情が、一層苦しげに歪む。
「保存箱に詰めた銀灰を、六箱運んでるんだ。全部売れば、新レンストンの高級住宅街に豪邸を建てられるさ……」
ロディが一生働いても、絶対に稼げない大金だ。
金額の大きさに言葉を失うロディに構わず、ロバートが言葉を続けた。
「去年、大きな鉱山が閉山して品物が減ったし、許可証のせいで怪しい奴等は買えないから、闇市場じゃ凄い値段らしい。情報が盗賊団に入れば、涎を垂らして襲ってくるだろうさ……」
ロバートが、疲れ切った表情で小さくため息をついた。
聞いた範囲では、問題になる要素は無いし、三倍の料金は魅力的だ。
情報が漏れているなら、大勢の盗賊と対峙する可能性はあるが、姿消しの札は幾らか余っている。
姿を消して戦えば、盗賊ごとき楽勝だろう。
それに、術を強化する銀灰が闇市場に大量に出回り、悪用されればどうなるか。
昔は、銀灰を買うのに許可証など必要なかったそうだが、その時代に、銀灰を使って強化した術か何かで、貴族の屋敷が吹っ飛ばされるテロがあり、大惨事が起きている。
そんな事が、再び起きないとは言い切れない。
既に警備局が受託した案件だし、今回の契約も後でしてくれるなら、話を断る理由がない。
「分かりました。承ります。でも、後で必ず警備局で契約して下さいね?」
「それは約束する。それにすまない! 恩に着る! 何としても、おやっさんを無事に新レンストンへ行かせるか、もしくは一旦連れ戻して、納品方法を考え直したいんだ。頼む!」
ロバートが深々と頭を下げた時、貸し馬組合から、受付嬢が小走りで近寄ってきた。
「皆さん。馬のご用意が出来ました。あちらで、お支払いをお願いします」
「ああ、君! すまないがロディ君の馬もオレが借りたい。最上級を一頭追加出来るかな?」
「はい、大丈夫です。では、ロディ様ご用命の分は取消で、代わりにロバート様が最上級を一頭追加でよろしいですね?」
「すまない。それで頼む!」
「承りました。すぐに、ご用意して参ります」
受付嬢が、きびすを返して貸し馬組合へ戻る。
「ロディ君、少ないけどお礼だ。馬の金は払わせてもらうよ」
「有難うございます。力を尽くさせて頂きます」
ロバートと共に貸し馬組合に戻ったロディは、それからしばらくして、彼等と共に町を出た。
次の6話目は、本日21時頃に投稿します。




