第4話 村人救出
闇の中、ランタンの明かりに照らされ、鎌首をもたげて大きく口を開けたジャイアントワームの姿が不気味に浮かぶ。
奴が、徐々に距離を詰めて来た。また襲ってくる気だ。
「くそっ!」
迫る怪物を攻めあぐねたロディは、咄嗟にスタンロッドを抜いて、大口を開けた怪物の口の中に放り込んだ。
スタンロッドを飲み込んだ怪物が、驚いた様に動きを止めた次の瞬間、激しく身悶えし始める。
しばしの間、奴は激しく体をくねらせていたが、それではどうにもならなかったのか、何かを吐き出そうと懸命にえずき、口から生臭い粘液を大量に吐き始めた。
体表からの電撃は、厚い皮に阻まれて効かなかったが、腹の中は違った様だ。
人を失神させる程度の電気だが、腹の中の苦痛は初めてなのだろう。
奴等を倒すなら、動きの止まった今しかない。
奴等に効きそうな技はあるが、出来れば使いたくなかった。
もし、それが効かなかったり、使いどころを間違えると、もう勝ち目は無い。
(さっきから大きな音を出してるのに、新手が現れる気配が無い……この二匹だけなら……さっき義手で鉄拳を放っただけだし、一回だけなら行けるか……?)
怪物が、スタンロッドを吐き出した。
粘液まみれのロッドが、ドサッと音を立てて地面に落ちる。
奴は苦しそうに粘液を吐き続けているが、再び動き出すのに、それほど時間は掛からないだろう。
いや、暴れるオークを腹に収め、鎌首をもたげて迫って来た後ろの奴が、仲間を乗り越えてくる方が早いだろうか?
(魔力切れが怖いけど……もう、仕方ない! 寝不足だし、やっぱり一日休めば良かったなっ! くそおっ!)
ロディは、迷いを振り切る様に頭を振り、怪物共を睨み据えて左手を向けた。
「天にまします大いなる裁きの神よ。請い願わくば信徒たる私めに、邪悪を裁く、その偉大なる雷のお力を与えたもう」
これは、神々の力を授かり、人では為し得ない、様々な奇跡を起こす白魔法の呪文だ。
詠唱を始めると、左手の先に眩い白い光が現れ、それが小さな放電を放ちながら人の頭ほどの大きさになっていく。
「大雷撃!」
叫びと共に、左手から強烈な閃光が迸り、雷が落ちる様な爆音が轟いた。
直後、ドスーンと重い物が倒れる音が二つ響き、これまでの騒動が嘘のような静寂が訪れる。
異常は無いか、周囲を素早く見回したが、もう動く物は何も無い。
ノーマンも、呆気にとられた様にロディとワームを見ているだけだ。
虫の焦げる嫌な臭いが立ちこめる中、ワーム共を見ると、奴等は黒焦げになって微動だにせず、薄煙を上げながら横たわっている。
気絶させたオークも巻き添えを食ったらしく、三匹とも黒焦げになっていた。
(な……何とか勝てたな……良かったぁ……はぁぁ……)
大きな安堵の溜め息をついた、ロディの狼の耳が力無く垂れ下がる。
だが、次の瞬間、ロディは急に湧き上がってきた酷い目眩に立っていられなくなり、剣を地面に刺して体を支えながら、崩れ落ちるように片膝を突いた。
体内の魔法を使う力、魔力の使いすぎによる疲労だ。
これが、限界を超えると失神する。
(……やっぱり、残りの魔力はギリギリだったか……何とか失神だけは避けられたけど……危なかった……)
魔力の最大量は、個人差が大きい。
最大量は、術を使っていれば徐々に上がるのが普通だが、時折、適性が無くて魔術師としてやっていけないほど最大量が低く、鍛えても上がりにくい人がいる。
残念だが、ロディもそれだ。
適性の無さも様々だが、ロディのそれは最悪に近いらしい。
ロディは、腕の良い雷魔法使いとして警備局に務めていた母親に、術の適性は無くとも、いつか役に立つ事もあると言われ、幼い頃から教会の礼拝と術の練習に励んでいた。
お陰で裁きの神の力を受ける雷術を色々使えるが、甚だ使い勝手が悪く、折角の技も宝の持ち腐れ同然だった。
只でさえ魔力が低いのに、ここ何ヶ月か休みを取らず、仕事に走り回っていたせいで疲れもたまっている。
そのせいか、一晩寝ても疲れが取れず、魔力の回復が少ない自覚はあったが、術は滅多に使わないので問題ないと思っていた。
だが、それは今まで運が良かっただけの様だ。
黒焦げのワームを見たロディに、怖気が走る。
できれば、次の仕事の前に休みを取りたいが……訳があって今は休めない。
「ロディさん! 大丈夫ですか?」
屈んで荒い息をしながら怪物共を見るロディの下に、ノーマンが走ってきた。
「ええ……何とか」
屈んだまま息を整えているが、魔力切れ間近の目眩は治まりそうに無い。
ロディは、ウェストポーチから小さな瓶を探し出して、中身を飲んだ。
口の中に、様々な生薬やエキスが混ぜ合わさった苦みと、蜜の甘みが広がる。
魔力を回復させる薬だが、何回飲んでも美味しい物では無いし、値段も高い。
ロディは、魔力切れ間近から来る目眩を解消するため、一本だけ飲んだ。
これで、少ししたら幾ばくかの魔力が回復して体調も戻る。
そうすれば、魔法を使わない限り普通に戦える。
「……捕虜の皆さんには、悪い事をしました。すみません」
「あ、いえ……気絶してるだけですよね?」
「ええ。説得出来なかったので、黙って貰う為にスタンロッドを使ったんです。あんな大声を出すと彼等が襲われますから」
目眩が治まってきたロディは、体調を確かめる様にゆっくり立ち上がった。
「彼等を助けて帰りましょう。表の皆さんも待ってるでしょうし」
「ええ!」
ノーマンの表情が明るい。
強敵を倒し、捕虜の無事も確認した事で安堵したのだろう。
彼と共に牢へ向かい、鍵の解錠を試みると、柵に掛かった古い南京錠は、すぐ開けられた。
残り時間が少なくなった姿消しを剥がし、気絶した捕虜達を起こしていく。
彼等は少しぼんやりしていたが、すぐに状況を理解したらしく、次々と身を起こしていった。
全員が起きたのを見て、ロディが口を開いた。
「僕は、王立警備局のロディといいます。皆さん、怪我は無いですか?」
「え、ええ……大丈夫です……あっ! さっきは、すいませんでした!」
どうやら、亡霊の正体が分かったらしい。
最年長らしい二十代半ば位の男性が、慌てて頭を下げた。
「助けに来て下さって有難うございます。もう何日か遅かったら、奴等に食われてました……」
「いえ、これも仕事ですから、お役に立てたなら何よりです。ところで、この洞穴は最近あの怪物に襲われたと思うんですが、捕まってから何がありました?」
黒焦げのワームを指さしながら尋ねると、捕虜達が、おぞましい物を見るような目で怪物共の死体を見つめる。
少しして、最年長の青年が口を開いた。
「……昨夜かな? 急に遠くで、オーク共の悲鳴が幾つも聞こえたんです」
彼が、ロディに目を戻した。
「しばらくして、あの部屋に駆け込んできたオーク達が、ずっと怯えた様に話してたので、何か起きたとは思ったんですけど……まさか、こんな奴が来てたなんて」
再び、怖々と黒焦げのワーム共を見る青年の肩を、ノーマンが優しく叩いた。
「でも……皆無事で良かったよ。ロディさんに救助をお願いしたけど、親父も村の人も、もう全員殺されただろうって言ってたんだ……何とか、皆が身につけてた物だけでも持ち帰って、墓に入れようって言ってたんだけど……本当に……皆、無事で良かった……」
ノーマンの目に涙が浮かんだが、彼は恥ずかしそうに顔を背けて涙を拭った。
「……皆さん、怪物は全て倒しましたし……そろそろ、ここを出ませんか?」
ロディが、静かに喜びの涙を浮かべる彼等に問いかけると、皆が笑顔で頷いた。
「ええ! そうしましょう! こんな所、もう沢山です!」
心の底からウンザリという様な、最年長の青年の言葉に、ノーマン達が一斉に笑い出す。
「よし! じゃあ、行きましょう!」
目眩の治まったロディの先導で洞穴から出たのは、それから少ししてからだ。
洞穴から出たロディと捕虜達を見て、外で待っていた自警団員達が一斉に歓喜の声を上げ、満面の笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。
予想もしない大変な任務になったが、口々に感謝の言葉を口にし、感極まったように涙する人々を見て、ロディの心に、任務を果たした実感と、彼等の役に立てた喜びが満ちていった。
この大陸には、世の安寧を脅かす怪物や野盗が跋扈しており、旅の商人や人里が襲われる被害は後を絶たない。
大陸一の人口と経済規模を誇る、このアガレア王国も例外ではなく、治安維持と国防を担う騎士団は、多忙の限りを尽くしていた。
アガレア王立警備局とは、多忙な騎士団を補佐する為に、二十年程前に創立された騎士団直轄の国営組織で、警備局用に開発された様々な道具を用い、日々寄せられる小規模な怪物等の討伐や民間人の護衛等の要請を、公益の為に比較的低廉な代金で請け負っている。
彼等もまた、国中から来る様々な要請を受けて、日々忙しく駆け回っていた。
プロローグはここまでで、次の話から本編に入ります。
次の5話目は、本日20時頃に投稿します。
ここまで読んで下さり、誠に有り難うございます。
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