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銀狼討魔録 ~傭兵の母娘と謎の盗賊団~  作者: 松木 一
プロローグ オーク討伐騒動記

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第3話 違和感の正体

 部屋に踏み込んだロディは、素早く中を見回した。

 鍵穴から覗いた時、死角になっていた場所にオークの姿は無い。


 それを確認したロディは、即座にスタンロッドを抜いて駆け出し、無言で最寄りのオークをぶっ叩いた。


 机のランプの明かりの下、叩かれたオークが大きく痙攣し、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 それを見た残りのオーク共が、一斉に狼狽え始めた。

 姿の見えない襲撃者は、初めてなのだろう。


 隣に座るオークを地に沈めた時、ようやく他の奴等が動き始めたが、もう遅い。

 逃げ出したオークを見たロディは、そのオークも即座に地に沈めた。



 残るは、一匹。



 背もたれ付きの椅子に座る、そのオークは、他の奴より纏う毛皮の品質が良い。

 奴が、オーク共の長だろう。


 奴は逃げ出した最後の仲間を見ていたが、急に屈んだかと思うと素早く立ち上がり、駆け出そうとしたロディのいる方向へ、横薙ぎに何かを投げつけた。



 土だ!



 それが人の顔の高さ位に撒かれ、目に入る。

 次の瞬間、奴が腰に下げた手斧を手に、正確にこちらへ走って来た。


 勝利を確信していたロディは、この時、初めて自分の迂闊さに気がついた。

 仲間が次々と討ち取られていれば、最後に自分が狙われるのは必然。

 襲撃者が見えなくても、最後の仲間が倒れた時、敵がその近くにいるのは想像がつく。


 それに気付いた奴は、最後の仲間が倒れた時、その辺りに目潰しを兼ねた土を撒いたのだ。

 土が遠くまで撒かれた所は何も無いが、何かに当たった所に襲撃者がいると予測して。


 こんな事をしてくるオークは初めてだった。少しは頭の回る奴らしい。


「ちっ!」


 飛び退いた刹那、思わぬ逆襲を受けたロディの口から、苛立たしげな舌打ちが漏れた。

 その眼前を、奴の手斧が鋭く空を切る。


 再び飛び退いて素早く目の土を払い、見えにくい目で敵の次の攻撃に備えたが、奴は攻撃が空振りとみるや、あっさり逃げ出していた。

 見えない敵と戦っても、勝てないと判断したのだろう。

 ロディのいる辺りを見ながら、大声で何かを罵り、扉へ走っていく。


 奴を、ノーマンの下に行かせる訳にはいかない。

 目に残る土を払いながら駆け出そうとした時、突然、奴の頭上に大量の土砂が落ちてきた。




「ピギャーーーーッ! ギャッ! ギャーーーー……」


「ぎゃあああああーーーーっ!」


 オークのけたたましい悲鳴に続き、急な崩落に驚いたのか捕虜達の絶叫が轟く。


 ようやく目の土を完全に払ったロディは、天井が崩落した場所を見て、思わず息を呑んだ。



 暗くて見えにくいが、逃げ出したオークが何かに頭から銜えられ、悲鳴を上げながら逃れようと足掻いている。

 よく見ると、奴を銜えているのは、焦げ茶色の蛭かミミズの様な巨大な怪物だ。


 銜えられたオークは、鎌首をもたげた奴に、軽々と持ち上げられていく。

 そして、懸命の抵抗虚しく頭からゆっくり飲み込まれ、それと共に悲鳴と動きが小さくなっていく。


 机のランプの心細い明かりが照らす、闇の中の悪夢の如きおぞましい風景に、思わず背筋に寒気が走った。


(……あの姿と色……確か……ジャイアントワームとか言う奴か……)



 ジャイアントワームの話は聞いた事があるが、実物を見るのは初めて。

 こんな所で遭遇するとは、夢にも思わなかった。

 この怪物の前では、人もオークも餌に過ぎず、オーク等とは比較にならない強敵と聞く。


 地中に生息するこの怪物には目が無く、音や震動、匂いを察知して襲ってくるらしい。

 多分、こいつは近くに潜んでいた所を、先程、ロディが扉を吹っ飛ばした大きな音に気付いてやって来たのだろう。



 こいつは、警備局が討伐に向かわせるなら、対象が一匹でも、中級以上の実力者が複数所属するチームを派遣する手強い怪物だ。


 ロディの階級も中級だが、実力者が複数いて勝てる敵に、一人で勝てるかどうかは極めて怪しい。

 悪い事に、視覚を頼らない怪物なら、今、使っている姿消しは効かない。

 初めて見る強敵を前に、掌に嫌な汗が滲んでいく。




 オークを飲み込むワームを見る内に、この洞穴に感じた違和感が消えていった。

 洞穴の崩落が多かったのも、オークの数が少なすぎたのも、多分、こいつのせいだろう。


 恐らく、この洞穴は、ごく最近この怪物に襲われ、オーク共は全員こいつの餌に成り果てたのだ。


 予期せぬ事態を前に、どうするか考えを巡らせたロディは、はたと状況のマズさに気付いた。



 勝ち目が薄いなら逃げるべきだが、牢の中に囚われの村人がいる。

 彼等を置いて逃げられない。


 もし、そんな事をすれば、ワームは彼等の匂いを察知して食うだろう。

 助けようにも、牢には南京錠が見える。

 解錠している間に、匂いを嗅ぎつけたジャイアントワームに自分が食われる。



(くそっ! 楽な任務だと思ったんだけどなあっ!)


 オークの群れなら、腕を磨いて経験を積み、油断しなければ警備局開発の姿消しとスタンロッド等で、一人でも比較的楽に倒せる。

 すぐに終わる簡単な任務の筈だったが、大変な事になった。


 勝ち目の薄い敵を前に、逃げられない最悪の状況と言って良いが、こうなった以上、この未知の強敵を倒す以外に生き残る道は無い。

 戦いに備えて、急いで腰に下げたランタンの照度と、全ての蓋を全開にした。



 他に異常が無いか、急いで辺りを見回すと、捕虜の絶叫で駆けつけたのか、部屋の入口にノーマンが立っていた。

 彼はジャイアントワームに驚いたのか、ワームを見つめたまま、魂を奪われたかのように呆然と立ち尽くしている。


 一般人の彼は、ジャイアントワームの事を何も知らないかもしれない。

 対策を教えねば危ない。




「ノーマンさんっ! こいつは姿消しが効かない! 音や匂いで襲ってきますから気をつけてっ!」


 ロディは、ワームの注意を引くべく、わざと大声で叫んだ。

 我に返ったノーマンが、こちらを見て、了解したように無言で片手を上げる。

 それを見て安心した次の瞬間、意外な方向からの絶叫に飛び上がった。


「うわあぁっ! な、何も無いのに声が! や、やっぱり、バケモンだあーーっ」


 驚いて声の方を見ると、狭い牢の中の捕虜達が怯えている。

 ロディ達の姿が見えないので、ランタンの光が人魂にでも見えるのだろう。


 姿消しを使っている時、居合わせた他人に心霊現象と間違われるのは、たまにある笑い話だが、今は静かにして貰わないと困る。


「皆さんっ! お願いですから、静かにっ!」


「ひいいぃーーーっ」


 彼等を安心させるべく牢に駆け寄って語りかけたが、パニックを起こした彼等は顔を強張らせて大声で怯えた声を上げ、座ったまま後ずさっていく。


 恐怖で、腰が抜けたようだ。


「クソッ! 仕方ないなぁっ!」


 いつ襲ってくるか分からない強敵を前に、思わず、思う様に行かないじれったさと焦りが口をつく。


 説得を諦めたロディは、格子の隙間から、素早くスタンロッドを突っ込んだ。

 ロッドで触れた捕虜達が、ビクビクッと大きく痙攣し、白目をむいて力無く崩れ落ちていく。


「ふぅ……」


「み、みんなーーーーっ!」


 安堵したと思ったら、ノーマンの悲痛な絶叫だ。


(今度は、そっちかよっ! 頼むから静かにしてよ!)



 頭を抱えたロディが説明しようとした時、ノーマンの近くの天井が崩れ落ち、大量の土砂と共に大きく重そうな何かが落ちた。


 ランタンの光に照らされ、鎌首をもたげた新たなワームの姿が浮かぶ。


 新手はノーマンの絶叫を聞きつけたのか、迷う事無く彼の方へ這い寄っていく。

 自分へ迫る、おぞましい巨大な怪物を見た彼が、恐怖の表情を浮かべ、口を開けたまま腰が抜けたように力無くへたり込んだ。


「みんなは、気絶しただけだーーーっ! 死にたくなかったら逃げろーーーっ!」


 ワームの注意を引き付けるつもりで大声で叫んだが、奴は近くのノーマンの匂いでも捉えているのか、振り返ろうともしない。


 ロディは走り、這うように逃げだしたノーマンへ向かう怪物にスタンロッドを叩き付けたが、怪物はビクッと小さく痙攣しただけで平気な顔だ。

 皮が厚いのか、人を気絶させる程度のスタンロッドでは、歯が立たないらしい。




 埒が明かないとみたロディは、腰のホルダーから、握り拳の半分程の大きさの、細長い木の筒を取り出し、素早く種類と起動方法を確認した。


 術は、睡眠術。

 起動方法は、即時起動。

 起動ピンを抜くと、五秒後に術が発動する。


 これは、警備局が開発した術カートリッジと呼ばれる道具で、使えば術の詠唱無く、設定した方法で、カートリッジに封じ込まれた魔法の力が発揮される。



 大量のオークと戦う事になれば、睡眠術カートリッジは、即座に広範囲の敵を眠らせる、頼れる武器になる。

 そういう事態に備えて、警備局出発前に買ってきたのだ。


 ジャイアントワームなんて強敵と遭遇すると分かっていれば、強い火の術のカートリッジでも買ってきたのだが、今更、悔やんでも遅い。


 ノーマンへ迫る怪物を止めるべく、カートリッジの起動ピンを抜き、怪物の頭を目掛けて、祈るような気持ちで投げつけた。


 投げられたカートリッジが、怪物の頭の辺りで一瞬、淡い光を放つ。その直後、奴の頭の周囲に大きな靄が掛かったが、ワームの動きに変化はない。


(くそっ! 効かなかったか!)



 ノーマンに術が掛からないよう、カートリッジを投げただけあって、彼は眠っていない。だが、彼は体に力が入らないのか、這うような動きのまま。


 ワームの動きは、思ったより速い。

 駆け足位の速さでも、追いつかれるかもしれない。

 このままでは、すぐ怪物に追いつかれて丸呑みにされる。

 何とか、彼が逃げる時間を稼がないとダメだ。


「うおおおーーーーっ!」


 スタンロッドを鞘に収め、剣を抜いて雄叫びを上げながら斬り付けたが、固く分厚い皮に阻まれて痛みすら感じないのか、怪物の動きは変わらない。

 斬撃では埒が明かないと見たロディが、ワームの樽のような太い体に、思いっきり剣を突き刺すと、奴は大きく仰け反って動きを止めた。


 と思った次の瞬間、奴が大口を開けて、素早い動きで噛みついてくる。


 間一髪で飛び退いたロディは、距離を取って剣を構え直した。

 どうやら、刺された痛みでワームの怒りに火が点いたらしい。

 鎌首をもたげながら大口を開け、不気味な粘液を滴らせながら迫ってくる。


 再び、怪物が見た目に似合わぬ、凄まじい速さで噛み付いて来た。

 それを躱しながら剣を叩き込んだが、また皮を少し斬っただけ。


 奴を、剣やスタンロッドで攻撃しても埒が明かない。

 剣を深々と刺して動きが衰えないのを見ると、鉄拳を打ってもダメだろう。


 再び飛び退いて距離を取り、どうやって難局を打開するか懸命に頭を巡らせるロディの前で、怪物が再び鎌首をもたげた。



 悪い事に、最初に現れた奴がオークを呑み込み終えたようだ。

 腹を膨らませた奴も、こちらにゆっくり這い寄って来る。


 一匹でも攻めあぐねているのに、二匹に襲われたら勝ち目は無い。

 このままでは、次に奴等に食われるのは自分だ。

次の4話目は、本日19時頃に投稿します。

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