第2話 村人発見
暗い洞穴は静まり返り、微かな腐臭混じりの湿った空気が漂う。
あれから十分ほど慎重に探索を進めたが、相変わらずオークは現れず、捕らわれた村人も見つからない。
村を出る前に領主から聞いた話では、この洞穴は数十年前、俗にオーガや食人鬼と呼ばれる、人の倍近い背丈の巨人共が居着いたらしく、よくあるオークの洞穴より穴の幅が広く天井も高い。
今、ロディ達は、横壁が崩落して出来た土砂の陰に隠れて小休止を取っていた。
崩落した壁を覗き込むと、側面に新しい通路を作ろうとして崩れた様に見える。
(オーク共は、マメに補修をやってたみたいだけど、どう考えても崩落箇所が多過ぎる。ここも坑木が新しいのに大きく崩れて……こんなに工事の下手なオークも珍しいな……それに、どうして奴等と出会わないんだろう?)
少し考えたロディは、後ろで周囲を警戒しながら水を飲むノーマンに、囁きかけた。
「ノーマンさん。かなり探索を進めたと思いますけど、洞穴は、あとどれ位あります?」
その言葉を受けて、少し俯いたノーマンが、何かを思い出しながら口を開く。
「もう……ほぼ終わりですね。新たな通路や部屋がなければ、残る部屋は、この通路の奥の一つだけです」
「でしたら……その部屋には、何匹位のオークが入れると思います?」
「奥の部屋は広いですから……まぁ……二十匹位なら余裕で入れますね」
「……そうですか……」
その言葉を聞いたロディの眉間に、思わず皺が寄る。
オークの巣窟の奥には、奴等の長の居室がある事が多い。
ノーマンの言う部屋は、それだろう。
ならば、何らかの理由で、オーク共は全て長の部屋にいるのだろうか?
もしくは捕虜が捕らわれた時の抵抗で、かなりのオークが死んだのだろうか?
しばし思案を巡らせたが、どう考えてもオークが大量に殺されたとは思えない。
三人の一般人が、十匹以上のオークを倒せるなら、彼等は、騎士や傭兵、もしくは警備局員の自分に匹敵する装備や戦いの腕を持っていたと言う事だが、他の自警団員を見ると、とてもそうは思えない。
やはり、オークは何らかの事情で、奥の部屋にそれなりの数がいると考えた方が良い。
それに、捕虜も生きているならそこにいる。もしかしたら、拷問にでもあっていて、オーク共はそれを見ているのかも知れない。
「……ここで悩んでも仕方ないな。一度、様子を見てから策を考えるか……」
独りごちた言葉に、ノーマンが静かに頷いて水筒を仕舞う。
小休止を終えた二人が探索を再開すると、程なく、暗闇の向こうに小さな弱い光が見えてきた。
今度の光は、動く様子が無い。
音を立てぬよう慎重に近付くと、それは、まだ真新しい大きな木の扉だった。
ここまで、ノーマンが知らない通路はなかった。
この扉の向こうが洞穴の最奥部、オーク共の長の部屋だろう。
ロディが、ノーマンと共に一層慎重に扉に近づいて聞き耳を立てると、ロディのヘッドギアから覗く狼の耳がピンと立つ。
しばし耳に神経を集中したが、扉の向こうからは何の音も聞こえない。
弱い光を漏らしていたのは、取っ手の下にある鍵穴だ。
屈んだロディは、扉や鍵に罠が無いか慎重に調べた後、鍵穴から中の様子を覗った。
狼人族は、人より五感が鋭く、夜目も少し利く。
その自分でも暗くて分かり難いが、奥行き六十パスル(約十八メートル)程の部屋の奥に、背もたれ付きの木の椅子が見えた。
玉座の様な物だろう。
その前に、古びたランプが置かれたテーブルと四脚の粗末な腰掛けがあり、玉座と腰掛けに座る四匹のオークが、顔をつきあわせて懸命に何かを相談している。
その奥に、粗雑な木の柵で仕切られた狭い部屋があり、中に力無く座り込む三人の男が見えた。
彼等が囚われた村人だろう。
暗くて分かり難いが、まだ生きているように見える。
何か見落としが無いか何度も確認したが、何度見直しても、見えるのはそれだけだ。どう見ても、オークは四匹しかいない。
鍵穴から覗ける範囲の外にいるかも知れないが、それにしては静かすぎる。
部屋の中に、十匹以上のオークがいるとは、とても思えない。
怪訝な顔で静かに立ち上がったロディは、声を出さず手でノーマンに合図して、闇の中を、奴等に声が届かない距離まで慎重に下がった。
「あの部屋の広さと形は、分かります?」
「大体、六十パスル(約十八メートル)四方の四角い部屋です。以前、オーガが居着いた時に奴等の長が住んでたらしく、天井も一段高くて二十パスル(約六メートル)はあります」
そう囁くと、ノーマンが意を決した様に尋ねてきた。
「ロディさん、あの部屋に捕虜はいましたか?」
「ええ、三人。まだ生きてる様に見えましたけど、見えにくかったので断言は出来ないです」
「……いや、生きてるかもってだけで有難いです。もう食われて骨も残ってない事を覚悟してましたから……最悪でも、遺品は持って帰れる……」
希望が湧いたノーマンの顔に、少し安堵が浮かぶ。
「それには、まず怪物共を倒さないと。ここからが正念場だから、気をつけて下さい」
「はい!」
ロディの戒めの言葉に、ノーマンが表情を改め、力強く頷く。
ロディは彼の話を元に、鍵穴から見えなかった部分の広さを素早く計算した。
オーク共が拡げたかも知れないが、あちこちで崩落を起こす稚拙な工事を行う連中だ。拡張していても、大した事は無いだろう。
奴等が、見えない所にいたとしても、数匹だと思う。
ウェストポーチから懐中時計を出して時刻を見たが、姿消しは、まだ半時間ほど効く。
こちらの姿が見えず、敵を簡単に気絶させられる以上、敵が多少増えた所で状況に変化はない。
それに、まだノーマンには見せていないが、大量のオークに遭遇した時に備え、警備局が開発した魔法の力を放つ道具、睡眠術を発揮するカートリッジを一つ持ってきている。
例え二十匹近いオークがいても、部屋の広さを考えれば、睡眠術カートリッジを使うと大半は即座に眠りに落ちるだろう。
敵が多くても少なくても、奴等が見えない敵に狼狽えている間に、全員気絶するか、大半が眠りこけて地面に転がるだけだ。簡単に片はつく。
問題は、何も無い。
「敵は、十匹もいないみたいですし、今から僕が突入して倒してきます。ノーマンさんは、ここで部屋から逃げる敵を倒して下さい」
「えっ? オレも行きますよ!」
「いえ。突入したら奴等が逃げるかもしれない。表の自警団と同じく、貴方は奴等を逃がさない為の切り札です。この迷路みたいな洞穴で、逃げたオークに隠れられたら、また探すのは厄介でしょう?」
「あ……そ、そうですね」
ノーマンは少々不満げだが、納得はして貰えた様だ。
もちろん、ロディは敵を一匹たりとも、彼の下に行かせるつもりは無い。
口では、ああ言ったが、本音は彼が負傷しない為の方便だ。
「じゃ、行きます。もう後ろに敵はいないと思いますけど、絶対に油断はしないで下さい」
ノーマンが真剣な表情で頷く。
それを見たロディは、再び静かに扉に戻った。
再び、鍵穴から慎重に中の様子を覗ったが、先程と何も変わらない。
扉に罠も無さそうだ。
それを確認したロディは、ランタンの底蓋を静かに閉じて明かりを消し、天辺のフックを腰のベルトに掛けて、ゆっくりと立ち上がった。
自分を落ち着かせるように深呼吸した後、そっと扉の取っ手に手を触れ、オーク共に気付かれないように静かに力を込めたが、押した扉が何かに当たってそれ以上開かない。
次に、取っ手をゆっくりと引いたが、これも何かに当たって開かない。
(……まいったな……中から鍵を掛けてるのか……)
鍵開けの道具はあるし技術も習得しているが、中に敵がいるのに、そんな事をすれば怪しい者がここに居ますと教えている様な物だ。
中に捕虜もいるのに、それは出来ない。
(仕方ない……久々に鉄拳を打つか……この扉なら義手も壊れないだろうし、込める魔力は少しで良いな)
ロディは、スタンロッドを鞘に戻して、金属製の右腕の拳を握りしめた。
少し気合いを込めると、義手の表面に刻まれた魔法陣の紋様に、青白い光が仄かに浮かぶ。
次いで、手の甲に仕舞われていたスパイク付きガードが、拳を守る様に装着された。
次の瞬間、義手が矢のような速さで扉の鍵に叩き込まれ、凄まじい音を立てて、ぶ厚い木の扉と鍵が砕け散った。
扉の板の厚みを考えると、到底人の力で出来る事では無い。
すかさず扉を蹴り開けて踏み込むと、扉が粉砕された音に驚いたオーク共が飛び上がり、何が起きたのかという様に目を見開いて、こちらを見ている所だった。
次の3話目は、本日18時10分頃に投稿します。




