第1話 妙な洞穴
本日は、第7話まで投稿します。
第1話から第4話まではプロローグです。
商人と出会い、本編が始まるのは第5話以降になりますので、よろしくお願い致します。
静まり返った暗闇の中、突然、遠くで小さな光が一つ、音も無く現れた。
ここは、人里から遠く離れた山奥の洞穴の中。
近くに隠れる場所は無い。
小刻みに揺れる、怪しげな赤い光が近付くにつれ、緊張で掌に汗が滲んでいく。
この仕事に就いて六、七年になるが、正体の分からぬ物を前にして湧き上がるこの感覚は未だに慣れない。
口に湧いた嫌な唾を飲み込んだ時、後ろの二十歳位の男が不安げに囁いた。
「ロディさん……これ……本当に大丈夫なんでしょうね?」
「ええ。でも静かにしないと気付かれますから注意して下さい。ノーマンさん」
有無を言わせぬようなロディの囁きに、彼は、少し戸惑いながらも口を閉ざしたようだ。
ロディが持つ魔法のランタンは、自分達の存在を誰かに気取られぬよう、ごく弱い光が、足下だけを照らすように調整している。
そのランタンの底蓋を静かに閉じると、足下を仄かに照らす光が失せ、闇の中に見えるのは、前方の怪しい光だけになった。
それを確認したロディは、敵襲に備えてランタンのフックを腰のベルトに掛け、腰に下げた鞘から金属棒を抜いて身構えた。
静けさの中、揺れる光が近づくにつれ、胸の鼓動が早くなっていく。
やがて、前方から足音の様なペタペタという小さな音が聞こえてきた頃、闇の向こうに、薄らと光の正体が浮かび上がってきた。
小さな炎の後ろに、灰褐色の毛に覆われた小太りの人物が二人、いや二匹いる。
光の正体は、先頭の奴が持つ松明の火だ。
奴等は粗末な毛皮を身に纏い、木を荒く削った棍棒を手にしているが、頭は人ではなく猪のそれ。
奴等は、主に山に棲むオークと呼ばれる怪物で、実りの時期になったり奴等が飢えたりすると、集団で人里を襲って作物や家畜を奪う。
手強さは山賊等と変わらないが、奪える食料が少ないと人も掠って食う残忍さを持つため、奴等の出没する地域では山賊より恐れられる。
オーク共は、時折後ろを振り返りながら走っていたが、ロディの五、六歩先に差し掛かった所で、何かに気付いたように急に立ち止まった。
辺りを不安げに見回し、匂いを確かめるように鼻をヒクつかせているが、不思議な事に、目の前で奴等の松明の光を浴びるロディ達に気付いた様子がない。
(僕達の匂いに気付いたか……だけど、あの様子じゃ僕達は見えてないな。今なら行ける!)
駆けだしたロディの足音に気付いたのか、奴等が驚いた様にこちらを見たが、オーク共に出来たのはそこまで。
ロディが、先頭を行くオークに無言で金属棒を叩き付けた瞬間、奴は大きく痙攣して、悲鳴も上げずに地に伏せた。
倒れた奴の手から、火のついた松明と棍棒が地面に転がる。
相方が倒れたのを見たオークが、怯えたように周囲を見回した次の瞬間、ロディの金属棒が叩き付けられ、相方と同じく無言のまま地に崩れ落ちていく。
ロディは、敵が全員気絶したのを見て、武器を剣に持ち替えてトドメを刺した。
電光石火の早業に加え、敵の悲鳴も上がらず物音も最小限。
他の怪物が近くにいても、今の戦いには気付かないだろう。
剣を振って血糊を払うと、笑顔を浮かべたノーマンが静かに駆け寄って来た。
「ロディさん、楽勝でしたね! この姿消しの札って凄いじゃないですか! 敵からは見えないのに、札に名前を書いた者同士は姿が見えるなんて道具、聞いた事も無い……」
怪物を倒した事に安堵したのか、見た事の無い魔法の道具に驚いたのか……興奮気味に囁くノーマンを見たロディは、思わず人懐こい微笑を浮かべた。
「……あぁ、これは王立警備局が開発した特別製ですから……」
ロディは、先月二十一歳になったばかり。
中肉中背で、後ろで束ねた長めの銀髪を持ち、頭には、血筋のどこかに狼男がいる事を示す狼耳が生えた、俗に狼人族と呼ばれる男性だ。
左腕に、王立警備局所属を示す腕章を嵌め、額を守るヘッドギアと胸当て鎧、丸盾と剣で身を固めているが、右肩の付け根から先は、艶のない金属で出来た、魔力で動く精巧な義手をしている。
「それより……やっぱりノーマンさんは、表の自警団の所に戻った方が良いです」
緩んだ気持ちを改めたロディは、彼を案ずるように囁きかけた。
警備局からオーク討伐の任務を受けたロディが、依頼者のノーマンと村に着いた時、来たのはロディ一人と知った村の自警団が、共に戦うと言って、この洞穴まで同行したのだが、彼等は今、ロディの提案で洞穴の外で待機している。
そうなった理由は、ロディも状況によっては民間人の協力を頼む事があるが、彼等に協力を頼むのは危なすぎると思ったからだ。
彼等の気持ちは有難かったが、彼等の武具は農作業に使う鉈や手斧に、古ぼけた革鎧といった具合で良い装備では無かったし、洞穴までの道中も、オークが現れないか怯えている人が多かった。
素人丸出しの彼等に協力を頼めば、少なくない犠牲が出るのは簡単に想像がついたが、彼等の厚意を無下に断るのも心苦しい。
そこで、ロディは単独でのオーク討伐は慣れているので心配ないと説得し、彼等には、自分との戦いで洞穴から逃げるだろうオークの討伐を頼んだのだ。
取り逃がしたオークから村を守る為、敵の逃げ道を塞ぐ重要さを悟った彼等は狙い通り作戦に同意し、洞穴の外で敵を待ち構えている。
だが、その説得でも、村の領主の次男という自警団長のノーマンが一緒に戦うと言って譲らず、ここまで同行している。
ランタンの底蓋を開けて手に持ち、オークが落とした松明の火を踏み消すと、再び周囲が闇に包まれ、ランタンの弱い光が足下を仄かに照らした。
「何故です? オレもオークなら戦えますし、姿消しに、その気絶させる棒……スタンロッドでしたっけ? それに銀狼なんて呼ばれてたロディさんがいれば、楽勝じゃないですか?」
何も知らない人が、ロディが警備局で銀狼なんて渾名や二つ名で呼ばれるのを見ると、結構な凄腕に見えるらしい。
ノーマンの問いかけを受け、自分の力が、強そうな渾名に見合わない事を自覚しているロディの顔に、困惑したような表情が浮かんだ。
「あの……契約時にも言いましたけど、僕の銀狼って渾名は、銀髪の狼人族って事で付いただけなんで……オーク退治は慣れてますけど、ごく普通の警備局員ですから、妙な期待はしないで下さいね?」
「あぁ、それは……ロディさんの実績は、警備局で見たんで大丈夫ですけど……表に戻れって言うのは、ちょっと……」
ノーマンの声には、少し不満の色が漂う。
「その事は……さっきも言いましたけど、この姿消しも万能じゃないんです。音や匂いでバレる事はよくありますし、これが効かない怪物も結構多いんですよ……それに、この洞穴は少し変なんです」
「変……ですか?」
「ええ。ここは十匹以上のオークがいるって話でしたよね? さっきノーマンさんは、洞穴の半分は探索したって言ってましたけど、まだ二匹しか倒してない……この規模の洞穴なら、二十匹以上いてもおかしくないんですけど、出会った数が少なすぎて……これは、おかしいんです。確かに半分は探索したんですよね?」
「それは、間違いありません。ここは時々怪物が居着くんで、自警団で監視してたんです。中も、よく知ってますし、今のところ知らない所は無かったです」
そう言ったノーマンが、不思議そうな顔をする。
「でも……オークが少なすぎて変って、どういう事です?」
仕事で日常的に怪物と関わる自分と違い、怪物と接する機会が少ない一般人に怪物の知識が乏しいのは当たり前だろう。
周囲を見回し、敵の姿や異変が無い事を確認して、彼の質問に答えた。
「……オークの巣って、こんな洞穴が多いですけど、維持の手を抜いて落盤が起きたら生き埋めになるでしょう? ですから、奴等は自分達で維持できる大きさの巣穴を好むんです。この広さなら、最低でも十五匹はいると思うんですけど……?」
「なるほど……そう言えば、前に来た時は、こんなに沢山崩れてなかったな……」
「……そうですか……この洞穴、色んな所で新しい通路を掘ろうとして、失敗してる様に見えるんですよね……それに、奴等の工事技術は拙いですけど、十五匹以上いるにしては崩落箇所も多すぎる気が……」
ロディは、今まで担当した数々のオーク退治を思い出してみたが、過去の記憶を掘り起こしても、こんなに違和感を感じる巣穴は無かった。
訝しげな表情を浮かべる彼と共に少し考えたが、異変の理由は分からない。
「……もし、この先に大勢のオークがいたら、姿消しを使ってても危ないです。僕は単独でのオーク退治は慣れてますし、ノーマンさんの安全の為には、戻った方が……」
「……いえ……お願いです。行かせて下さい!」
ノーマンの目に、覚悟を決めた様な色が浮かぶ。
「村人が三人囚われてるって言いましたけど、捕まってるのは、ここを見張っていた自警団なんです……」
声を抑えるノーマンが、辛そうに顔をしかめて項垂れた。
「彼等に見張りを頼んだのは……団長のオレです。本当はオレも見張る日だったのに、都合が悪くなって代わってもらって……でも……こんな事になるなら、オレもやればよかった……」
初めて聞いた事だった。自責の念に駆られ、苦悶の表情で心の内をこぼす彼に、かける言葉が見つからない。
「ここでオレだけ下がれば、表で待つ仲間に……何よりオレのせいで酷い目に遭った……食われたかもしれない仲間とその家族に、二度と顔向けできなくなる……」
そう言って、彼は姿勢を改めて深々と頭を下げた。
「オレも、オークなら何度も倒した事があります。ですからお願いします! 連れて行って下さい!」
民間人には、極力犠牲を出したくない。
それに、領主の次男の彼に万一の事が起きれば、後々面倒な事になりかねない。
領主夫妻には、出発前に彼の安全を保証できない事を伝え、何が起きてもロディの責任を問わない事を確認しているが、そんな事は起きないのが一番良い。
出来れば引き返して欲しかったが、彼の自警団長としての立場と、仲間を危機に追いやった苦悩には、ロディも同情を禁じ得ない。
彼の心情を考えれば、引き返してもらうのは難しいだろう。
それに、彼は自警団長と言うだけあって、他の自警団員とは違い、怯える素振りも無く、余計な音も立てず、素人にしては行動にも隙が無かった。
自分達の姿を消している以上、奇襲を受ける可能性は少ないのだから、大きな危険を感じるまでは同行させても良いかもしれない。
「……分かりました。もう戻れなんて言いません。自警団が生きていたらノーマンさんが話をする方が早いですし」
その言葉に、顔を上げたノーマンの表情が明るくなる。
「でも……ご領主様にも確認を取りましたけど、本当に安全は保証出来ませんから何が起きても……例え死んだり一生治らない障害を負っても、絶対に文句無しで良いですね?」
「元より、そのつもりです! 有難うございます!」
ノーマンが、姿勢を正して頭を下げた。
「頭なんか下げなくて良いですよ。じゃあ行きましょう」
微笑を浮かべながら剣を鞘に仕舞い、再びスタンロッドを取り出したロディは、ノーマンを伴って、暗い洞穴の奥へ進んでいった。
2話目は、本日17時10分頃に投稿します。




