第46話 奪還隊に起きた事
「あ! 火事と術の光が見えたんですね! ……ええ、僕達も怪物に酷い目に遭わされました。それに仲間がはぐれて……でも、なぜ町を見張ってたんです?」
ロディの言葉を聞いたイーゴリの表情に、同情の色が浮かぶ。
「まぁ、それは色々あってな……ところで、もう、あの火事から半時間は経つ。ここは、まだヴェルゴーに近くて、とても安全とは言えん。良ければ、一旦、ワシらの里に来んか?」
「僕も、それが良いと思います。色々お話も伺いたいですけど、ここで話を続けるのは危険かと」
ケネスの言葉に、ロージーが真剣な表情で頷く。
だが、僅かだが仲間が来る可能性を考えると、ここを離れるのは心苦しい。
悩むロディを見て、じれったくなったのか、アネモスが飛んできた。
「ロディさん。あたしもイーゴリさんの意見に賛成よ。あたし、さっきちょっと町を見てきたの。アリシア達は見つからなかったけど、怪物共は貴方達を必死で探し回ってたわ。あたしも、もう、ここは危ないと思う。グズグズしてたら、イーゴリさん達も危険に晒すわよ?」
「……分かりました……マーシアさんも……それで良い?」
「……ええ……」
マーシアが、悲しそうな目で頷いた。
母を置いて、ここを去る決断をした彼女の心痛は、いかほどだろう?
苦渋の決断だが、アネモスの言う通り、イーゴリ達まで危険にさらせない。
「ごめんアネモス……もう一回町に行けそう? それとも、もうしんどい?」
「大丈夫よ。アリシアを探すんでしょ? 姿を消して飛び回るだけだし行けるわ」
マーシアの心配そうな問いかけに、アネモスが気丈に答えた。
「じゃあ……ごめん。もう一回……もう一回だけ母さん達を探してきて。霧がしんどくなったら、帰ってきて良いから。お願い!」
精霊を苦しめる霧が、濃く漂う町に行って貰うのが心苦しいのだろう。
申し訳なさそうに頭を下げたマーシアの頬を、アネモスが、労るように優しく撫でた。
「分かったわ。霧の事なら、さっきウンディーネさんから聞いたし、この位の体のダルさなら大丈夫だから心配しないで……あっ! イーゴリさんの里ってどこ? 後で行くわ」
「ここから一時間ほど上に歩いた、山の中腹の坑道だよ。周囲に畑があるから、すぐ分かる」
イーゴリが山の上を指をさした。
里のある方向だろう。
今頃気付いたが、彼は精霊を見ても驚く様子が無い。
彼等にも、精霊使いがいるのだろうか?
「畑のある坑道ね。分かったわ。じゃあ行ってくる」
そう言うと、アネモスが姿を消し、ヴェルゴーの方へ風が吹いた。
「行きましょうか。ロディさん」
ケネス達に導かれ、ロディ達は木々に覆われた狭い山道を登り始めた。
ロディの横では、マーシアが水精霊達に、先の大雨で泥濘む山道についた、皆の足跡を消すように頼んでいる。
「ケネスさん。ケネスさん達がヴェルゴーに行って何があったんです? それにイーゴリさんの話だと、火事や火の術の光を見て救助に来たって事でしたけど、なぜ皆さんは町を見張ってたんですか?」
周囲を警戒しながら、ロディが尋ねた。
「……それは……まず、僕達の事から話をしましょうか。僕達は深夜にテッド商会に潜入して、銀灰を奪還した所までは良かったんですが……急に出てきた霧に紛れてやって来た怪物共に、奪い返されてしまいました。取り返そうとしたのですが、術封じでも食らったのか、術が役に立たなくなった上に、みるみる怪物が増えてきて、隊長の命令で逃げる羽目に……夜霧で周りが見えない中、負傷して仲間ともはぐれ、何とかコンビだったロージーと橋まで逃げたんですが、そこで怪物共に追いつかれたんです……」
自分達も、同じような目に遭ったばかり。
その時の、彼等の焦りと絶望はよく分かる。
「川は、先日の大雨で増水して、轟音を立てる凄い流れになってました。飛び込んだら絶対死ぬって思いましたけど、怪物の手に掛かるより良いし、万に一つは生き延びれるかもしれない……そう思って、ロージーの手を取って川に飛び込んだんです……」
ケネスは、沈んだ顔で小さくため息をついた。
「……凄い早さで流されて、何度も溺れそうになり、何回も岩に叩き付けられて怪我もしましたけど、随分流された所で、何とか岸に上がれたお陰で奴等を撒けました……平地は、僕達を探す怪物がいるかも知れないので、山を越える事にしたんですが、途中で怪我と疲れで動けなくなって……やむなく、怪物に見つかる前に仲間に連絡を入れようと、伝書鳩を飛ばして暫くしたら、近くを偶々通りかかったイーゴリさん達が助けて下さったんです」
「……なるほど……」
「僕達は怪我が酷く、あの後、イーゴリさん達が買ってきて下さった薬が届くまで動けなかったんですが、休んでいる間に手紙を見た仲間が来るかも知れないでしょう? でも僕達が鳩で送った情報だけだと、僕達の二の舞になりかねない……だから、もっと情報を集めて何とか仲間に渡せるよう、イーゴリさんに山からの偵察をお願いしたんです」
届いた薬とは、ドワーフ達がどこかで買ってきた薬だろう。
ヴェルゴーで彼等を見かけなかった事を考えると、この山にはヴェルゴーを迂回する道があるのかも知れない。
「イーゴリさん達は、なぜケネスさんに協力を……?」
「彼等は、町に怪物がいるって知らなかったみたいなんです。僕達を助けてくれた時も疑ってましたけど、僕達が怪物に付けられた傷を見て、念のために町を見下ろせる場所まで戻って、遠眼鏡で確認して下さりました……そうしたら怪物共が、町の広場で仲間達を殺したり食べたりしているのが……僕達以外は皆……殺されたようです……」
無念そうな彼の声に、ロディは言葉を失った。
奪還隊がそうなったと言う事は、まだ大丈夫とは思うがアリシア達もいずれ……仲間の危機に何も出来ない悔しさに、思わず拳に力が入る。
横を歩くマーシアが、思い詰めた顔で立ち止まったが、ウンディーネに何か説得された様だ。
ウンディーネのいる方を見て力無く頷き、硬い表情のまま、俯いて再び歩き始めた。
ロディ達の前を歩くイーゴリが振り向き、沈んだ表情で口を開く。
「……ロディ君。あれは酷いもんだったよ。最初に見た奴は吐いておったわ。ワシも、そんな馬鹿なと思って遠眼鏡で見たんだが……後悔しておる。あの酷い眺めは死ぬまで忘れんだろうな……」
その言葉には同情を禁じ得ない。
心の準備も無いまま、人が殺され食われる所を見るなど、どれほどの衝撃と苦痛だろう。
「ワシらは、今まで時折ヴェルゴーに行って、奴等から注文を受けて金物を作ったり、日用品を買ったりしてたんだよ。ケネス達を助けた日も町に行くつもりだったが、すぐ中止したわい。偶に町の雰囲気が少しおかしくないか? と言う奴もいたが……まさか、人に化けた怪物が支配する町だったとはな……お、日が昇るの」
東の空を見ると、霧の向こうに、山の端から太陽が顔を覗かせる所だった。
「急ごうか。粗末な物しか無いが朝食を出そう。腹も減っただろう?」
「え? ああ、有難うございます。ご迷惑で無ければ、よろしくお願いします」
ロディは、言葉ではイーゴリの厚意を無にしないために笑顔で同意したが、心は怪物共に囚われた仲間達の事で一杯で、食事をとる気分では無かった。




