第44話 人影
「……それにしても……何故、急に精霊も魔法も弱まったんだ?」
悩むロディの口から、思わず疑問の言葉がもれた。
この不自然な現象は、間違いなく怪物共が何かやったのだと思う。
魔法を封じる術や道具は珍しくないが、今回、どう考えても、知らない間にそういう物を使われたように思えない。
アネモスが具合が悪いと言い出してから、外を警戒していたシルフが怪物共を発見し、報告に戻るまで結構時間があった。
つまり、怪物共が現れるよりかなり前に、この謎の現象が始まっている。
ロディは精霊の事をよく知らないが、凄腕のアリシアが信頼する、慎重で鋭そうなシルフ――それも敵に見つからない様に姿を消し、目に見えぬ物を見抜く力を持つ存在――に気付かれず、人や怪物が宿に接近して、術や道具を使うなど不可能では? と思う。
それに、宿とその周辺は、凄腕盗賊の一家の精鋭達と凄腕魔術師のアリシア、それに精霊達が隅々まで徹底的に調べ、罠や仕掛けが無い事を確認している。
気配を感じさせないという新型の使い魔は、普通の蝙蝠と見間違えたようだが、術を使う等の、高度な事が出来る使い魔など聞いた事が無い。
普通の使い魔に出来る事と言えば、せいぜい伝言や見張り位と聞いているが、新しい使い魔というのは術等も使えるのだろうか?
この問題が解決されない限り、仮に応援を呼べても、同じ事の繰り返しになりかねない。
「ロディ君。横から悪いけど、それはこの霧のせいさ。やっと分かった」
ロディが、思わずこぼした独り言が聞こえたのか、黒髪褐色エルフ剣士の姿をとり、ウンディーネと共に眼光鋭く周囲を警戒していたサラマンダーが、ロディを見て口を開いた。
「……え? どういう事です? サラマンダー……さん?」
自然現象に見える霧が罠とは、どういう事だろう。
彼女を、マーシア達と同じくサラと呼ぶべきか、少し戸惑いながら問いかけた。
「私が、この姿の時はサラと呼んでくれ。もし、他人の前でサラマンダーと呼ばれると、名前の事を尋ねる奴が出て面倒だ」
一瞬、微笑を浮かべたサラが表情を改めた。
「それと、霧の事はウンディーネとよく見てやっと分かった。これは普通の霧に見えるが、ごく僅かに悪魔の力を使う黒魔法の魔力を感じる。でも、それが分からない様に凄く上手く偽装してるのさ……どうやって作っているか知らないが、発生させている物を潰すまで、怪物共が必要だと思ったら出るだろうな……奴等……あの使い魔といい、厄介な物を作った物だ」
彼女の言葉に、思わず天を仰いだ。
大量の敵に加え、術と視界を奪われては、仮に応援を呼べても勝ち目は薄い。
騎士団に通報しても、彼等も同じ目に遭う。
「皆を助けに行きたいのは山々だけど……この霧を止めて、初めて少し勝算が出るって事か……」
その時、少し強い風が吹き、周囲の警戒に当たっていたアネモスが姿を現した。
「ねぇ、十人位の武装した人間とドワーフが、山を降りて来てるわ。どうする?」
「……こんな所に、武装した人間とドワーフ? しかも、こんな時間に?」
アネモスを見るロディから、訝しげな言葉が漏れる。
ドワーフとは、概ね人間の八割程の背丈で、がっしりした体格を持つ種族。
鉱山に住み着いて、採掘した鉱石や、作った金属製品を売ったり、金属加工を請け負って生計を立てている事が多く、彼等の里の外で見かける事は多くない。
しかも、今は夜明け前だ。
人もドワーフも、こんな所にいるとは思えない。怪物が化けているのでは?
「ええ。あたしもびっくりして何度も確認したけど、怪物とは思えないわ。人間は多分ラングドン一家の奪還隊ね。顔に見覚えがあるし……そうだ! ウンディーネさんも見てくる? あたしより、ずっと怪物の変身を見抜く力が強いし」
「そうね。皆さんは、ここで待ってて下さい。ではアネモス、案内をお願い」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
その言葉の後、アネモス達が姿を消した。
直後、弱い風が山頂方向へ吹く。
しばらくして、再び山頂方向から弱い風が吹き、再びアネモス達が姿を現した。
「見てきました。間違いなくドワーフと奪還隊の人です。怪物ではありません」
夜霧の中、透明なウンディーネの姿は見えにくいが、その声には自信が覗える。
「……マーシアさん。行ってみよう。何で今頃現れたのか不思議だけど、本当に奪還隊なら何か話を聞けるかもしれない。そうじゃなくても、今、町へ行くのは止めないと」
「……うん。けどその前に」
マーシアが、サラを見た。
「サラ。奪還隊は誰も貴女を知らないわ。何か疑われたら困るから一旦戻って。ここまで有難う」
「分かったわ。用があればまた喚んで」
そう言うと、サラの姿が薄れるように消えていった。
「じゃあアネモスさん、案内をお願いします……あ、そうだ!」
足を踏み出したロディは、何かを思い出したかのように急に立ち止まり、マーシアを見た。
「マーシアさん。ドワーフ達に会ったら、僕達の事を色々聞かれると思う。今後どうなるか分からないし、ルパートさん達の事を話さないとダメな時は、彼等の偽名と旅商人って話をしよう。奪還隊は一家の人だから、多分、事情は察してくれると思うし……」
「……そうね……分かったわ」
力無く頷いた彼女と共に、ロディは再び歩き始めた。
奪還隊やドワーフ達に気付いてもらう為、あえてランタンの前の蓋を開ける。
そのままアネモスに続いて歩いていると、段々と周囲が微かに青み掛かり、様子が薄らと分かる様になってきた。
夜明けが近いのだろう。
そのまま山道を十分ほど登ると、霧の向こうに、ランタンか何かと思しき小さな明かりが数個見えてきた。
「彼等よ」
光に気付いたのか、アネモスが光を指さしながら小さく声を上げる。
彼等も、こちらのランタンの光に気付いた様だ。
小刻みに揺れる光が一つ、駆け寄るように近寄ってきた。




