第42話 受難
夜霧の中、アリシアは淡い月明かりを頼りに、懸命にウェストポーチを探る。
その前に横たわるネリーの息が、急速に弱くなっていく。
その彼女が力を振り絞るように息を吸い、震える手を伸ばして、傍に屈んで薬を探すルパートの膝を掴んだ。
「ルパート……様……お、弟の事を……お願いします……もう、身寄りが……」
最後の力を振り絞って、懇願するようなネリーの言葉を聞き、ルパートが膝を掴むネリーの手を持ち上げて握る。
「分かったっ! 弟の事は一切心配すんなっ! オレと一家が必ず面倒見るっ! だからお前も……おい! ネリーーーーッ!」
ネリーの顔に安堵したような微笑が浮かび、彼女の手が、ルパートの手をすり抜けるように力無く地面に落ちた。
その直後、月明かりでラベルを確認していたアリシアが、目的の瓶を見つけた。
即座に蓋を開けて傷口に掛けたが、時間が経ってもネリーの目は開いたまま。
恐る恐る彼女の脈を確認したアリシアは、目に涙が浮かんでいくのを止められなかった。
どんな術も道具も、死んだ者を生き返らせる事は出来ない。
これまで多くの権力者が、不老不死や死からの復活を求めて、膨大な金と人手を使って研究や探査をさせたが、その様な物は未だ見つかっていない。
そんな物は、神話や童話の中だけの存在だ。
「……ネリーさん……ごめんなさい……私が遅かったばかりに……」
アリシアは、息絶えたネリーに詫びながら頭を下げた。
今、気付いたが、クレアのすすり泣く声が小さく聞こえる。
やはり、ターナーも助からなかった様だ。
「……気にしねえでくれ、アリシアさん。よくこんな高い薬を使ってくれたよ。感謝するぜ。ネリーも恨んでなんかねえさ……もし恨むんだったら……ここへ連れてきたオレを恨んでくれ……すまねぇ……ネリー……」
地面に置かれた空き瓶を手に取ったルパートが、改まってアリシアに礼を言った後、ネリーの瞼をそっと閉じて、彼女に祈りを捧げる。
それを見て、同じように祈りを捧げるアリシアの前で、祈る彼の手が徐々に怒りで震えはじめ、その目が異様な熱を帯びてきた。
「ちっくしょう……怪物共めぇっ! ……許さねぇっ!」
彼は、この町の怪物共に、両親や仲間を大勢殺されている。
その怒りと恨みは、凄まじいだろう。
アリシアは、彼の怒りに満ちた声に少し気圧されたが、今は感傷に浸って良い時ではない。
彼の気持ちを切り替えるべく、目に浮かんだ涙を拭い、勇気を出して怒りの収まらぬ彼に声を掛けた。
「ルパートさん。今は敵に集中しましょう……奴等に動きが無いのはおかしいわ」
「……そうだな……奴等、あの毒は即効性だから勝ったと思ってるのかもな」
アリシアは、毒と聞いてマーシア達を思い出した。
冷静な古強者のサラが護る彼女達は、まだ無事だろうが、待ち伏せと凄まじい毒の事は、すぐに伝えないといけない。
「ルパートさん。この毒を知ってるんですか? それなら待ち伏せの事と一緒にマーシア達に伝えないと」
「これは、先月、コリンって言う密輸屋が、海外から仕入れた新しい毒さ。見ての通り致死性で毒の回りも早い……幾つかの闇の組織や殺し屋が試しに買ったようだが、今回は見本として少し密輸されただけだから、あれからテッド商会が全部買ったとしても、大量には持ってない筈……多分、今みたいに撃つのは、あと一回って所だろうな……」
ルパートが、ネリーから抜いた矢を手にして見つめる。
矢尻に彼女の命を奪った毒が塗られている。
(さすが、裏社会大手のラングドン一家。裏の情報が早くて詳しいわね……)
ラングドン一家の裏情報の詳しさに舌を巻いたアリシアが、さらに尋ねようとすると風が吹き、シルフが光を抑えて、慌てたように現れた。
「敵が動き始めました! ゆっくりと包囲を狭めてます」
「分かったわ。もう籠に戻って」
シルフが姿を消すと、アリシア達の声が聞こえたのかトニー達が来た。
「……どうする? 討ち死に上等で血路を開くかい?」
覚悟を決めたようなルパートに小声で問われ、アリシアは素早く頭を巡らせた。
怪物共は、再度撃ってくる気配がない。
待ち伏せをしたからには、この夜霧の中で自分達を発見する手段がある筈。
それは多分、どこかに潜む使い魔か伏兵だろう。
ならば今、自分達が生きている事も分かっていると思う。
なのに撃ってこないという事は……
「……いえ、逆転の機会を待ちましょう……奴等は家を燃やしてでも私達を皆殺しにしたかった。闇でも私達が見える奴等なら、もう、私達が生きている事も分かっている筈……なのに積極的に襲ってこないって事は、私達を、マーシア達に対する人質にするつもりだと思う。そうすれば楽に勝てるでしょう?」
「……なるほどな」
ルパートが、アリシアの囁きに納得した様に頷いた。
「あの子達が逃げ延びれば時間を稼げるわ。術が効かない原因が分からないけど、それさえ何とかなれば少しは……こうなったからには、犬死により逆転の機会がないか見届けたいわ」
「分かった。ならオレも、討ち死により逆転の機会に賭けるぜ。お前達もそうしてくれ」
「分かりやした」
ルパートの言葉に、トニーが重々しく答える。
涙目のクレアも、覚悟を決めた様に静かに頷く。
アリシアが、マーシア達が来ているであろう方向を振り向くと、霧の向こうに、再び炎の術と思しき小さな光が走った。
距離は、まだある。
今なら、安全な方向へ逃げられる。
表情を改めたアリシアは、傍らで周囲を警戒するウンディーネを見た。
「ウンディーネ。話は聞いたわね? すぐマーシア達に、毒と待ち伏せの事を伝えて、貴女が行ける範囲までで良いから、あの子達を護って安全に逃がしてあげて。それと、あの子達に、どんな事があっても絶対に無茶はするなって伝えて頂戴」
「承知しました」
「じゃあ行って。急いで!」
アリシアの囁きを聞き、即座にウンディーネが地面にしみ込んでいく。
それと入れ替わるように、淡い月明かりの下、霧の向こうから多くの馬が近寄って来る音が聞こえてきた。
その音や気配から察するに、どうやら大勢の敵に完全に包囲されたようだ。
もう、逃げるのは無理だ。
程なく、馬に跨がる山羊頭の怪物や、地を歩く黒い怪物の姿が大勢見えてきた。
やはり、宿を包囲した連中とは、別の部隊がいたのだろう。
別働隊は、裏道か何かを使ってマーシア達を迂回したのか、宿に放火する時にここに伏せたのだと思う。
現れた敵部隊を前に、アリシア達は立ち上がって武器を構えた。
敵の中から、緑色の肌を持ち、額から縦に二本の角が生えた、大柄な肥えた怪物が近づいて来る。
こいつはラングドンに化けた怪物に似ているが、体格がさらに大きく角も多い。
多分、リッチモンドかテッドの正体だろう。
「まさか、町から生きて出られたとはなぁ……だが、残念だがここまでだ。死にたくなければ、武器を捨てて投降しろ!」
大柄で肥えた怪物が、嫌らしい笑みを浮かべながら、この世のものとも思えない腹に響く低い声で喋る。
誰も返事をせずに黙っていると、奴が小馬鹿にするように言葉を続けた。
「ふ。ならば三つ数えるまで待ってやる。返事もできんなら死ね!」
肥えた怪物が、手をアリシア達に突き出した。
それを見て、馬を駆る山羊頭共が同士討ちを避けるように陣形を変え、無言で弓を構えていく。
黒い怪物共は動かないが、奴等は背が低いので撃たれる心配が無いのだろう。
屈んで矢を避けても、次の瞬間、体勢を崩した所で黒い奴の大群に襲われる。
打開の手は無い。
「ひとぉつ……」
怪物は、伸ばした手の指を一本立てた。
「ふたぁつ……」
怪物が二本目の指を立てる。
「分かった! 投降するわよ!」
吐き捨てるように言ったアリシアは、諦めた様に二本の短剣を足下に捨てた。
ルパートが、舌打ちしながら剣と弓を投げ捨て、トニーとクレアもそれに続く。
「よーし。こいつらを縛り上げろ。猿ぐつわを忘れるなよ」
肥えた怪物の命令を受けた連中が、アリシア達を後ろ手に縛り、口に厚手の布を巻き付けていく。
「後は狼小僧と小娘か。少しは、やる様だが人質がいれば簡単よ。テメェら、そいつらとそこの死体を連れて持ち場に戻れ」
縛られたアリシア達は、怪物共に腕や服を捕まれ、乱暴に暗闇の中へ連れられていく。
動く物が無くなった後、しばらくすると再び何事も無かったかの様に、周囲に少しずつ蛙や虫の声が戻っていった。
いつも読んで下さり、誠にありがとうございます。
ここまで、ロディ達が追い詰められる展開が続きましたが、
あらすじに書いているとおり、ロディ達は、どれだけ窮地に追い詰められても
最後は必ず逆転して敵の親玉を倒して勝ち、お話はハッピーエンドを迎えます。
どうかご寛恕を、お願い致します。




