第40話 密偵
アリシア達を見送って間もなく、黒い怪物が獰猛な咆哮と共に襲いかかってきたが、ロディは焦ること無く、飛びかかってきた怪物を斬り捨てた。
怪物は二匹来ていたはずだが、一匹しかいない。
後ろから聞こえる、苦痛に満ちた悲鳴から察するに、もう一匹はカルトロップを踏んで、のたうち回っているのだろう。
「行きましょう!」
皆で仲間の後を追うと、後ろで、新たに罠に掛かった怪物の悲鳴が上がる。
「一匹来たわ!」
何かに気付いた様に後ろを見たアネモスが、焦った声を上げる。
その怪物が、ロディの剣で屍を晒して少し経つと、再びアネモスが声を上げた。
「また来たわ! 今度は四匹! 気をつけて!」
濃霧の向こうの炎を背に、迫る四匹の怪物と、空を舞う蝙蝠達の影が見える。
(少し敵が多いな……術が効かないって言ってたし、今のうちにカートリッジが役に立つか確認しておくか……これは、大丈夫だと思うんだけどな)
ロディは、腰のホルダーからカートリッジを一つ取り出し、義手では無い左手の指で、種類と起動方法を確認した。
暗闇でカートリッジに書かれた文字は見えないが、そんな状況での識別として、カートリッジに刻まれた模様等を触れば、封入された術と起動方法は分かる。
カートリッジに込められた術は氷の矢で、起動方法は即時起動。
起動ピンを抜いて五秒後、カートリッジに込められた氷の矢が、投げた方向にある最寄りの最も大きな動く物を、音も無く穿つ。
ロディは、カートリッジの起動ピンを抜いて、迫る怪物に向かって投げた。
それを興味深げに見るマーシア達の見る前で、投げたカートリッジが弾け、そこに霜のような小さな塊が出来たが、すぐに霧散していく。
「くそーーっ! カートリッジもダメかっ!」
「今のがカートリッジ? 一瞬、何か出たけどダメだったの?」
マーシアの表情には、驚きが窺える。
「ああ、消えたよ! カートリッジは術封じを受けても使えるし、ちょっと高かったのにっ!」
スタンロッドやカートリッジ等の、警備局が局員専用に開発した道具は、全て自腹で買わねばならない。
警備局発足当時は、必要なだけタダで貰えたが、無駄遣いされたり色々あったらしく、すぐ有料になったようだ。
「君達! もうお喋りは止めて。私が左の二匹をやるから、君達は残りを」
「了解!」「分かったわ!」
厳しい目で怪物共を睨むサラマンダーの言葉に、ロディとマーシアが頷く。
それを見た、サラマンダーが駆け出した。
ロディとマーシアが後に続き、三人はすぐに怪物共を斬って捨てる。
女戦士の姿を取るサラマンダーは、凄まじい剣の腕前で、鎧袖一触で二匹の怪物を斬って捨てた。
あの強いアリシアが、頼りにするだけの事はある。
「よし、行こう! 少し離れすぎたかも」
その時、駆け出したロディを制止するように、サラマンダーが腕を伸ばした。
「待ちなさい」
冷たい目で、怪物の骸を見下ろすサラマンダーが、鋭く囁く。
「怪しまれない様に後ろを見て。あの蝙蝠共、ずっと私達の側を離れようとしない……怪物の使い魔かもしれん」
横目で後ろを見る彼女が呟く。
顔を上げないのは、相手に気付かれない為の欺瞞だろう。
「え?」
彼女の指摘に少し驚いたが、ロディは黙って慎重に周囲を探るふりをした。
横目で後ろを見ると、少し離れた所に、濃霧の向こうから差す炎の明かりに照らされ、低空を舞う数匹の蝙蝠の影が見える。
「……あの蝙蝠達……確かに僕達から離れないな……まさか、本当に使い魔?」
低空を舞う蝙蝠達は、どう見ても虫を捕まえている様には見えない。
サラマンダーは怪物を斬る時、余裕綽々といった風だった。
余裕ある彼女だから、燃える宿を見ながら戦った時に、蝙蝠の怪しい飛び方に気がついたのだろう。
ロディも同じ場所にいたのに、迫る怪物だけに気を取られ、彼女に言われるまで全く気付かなかった。
それに、宿から離れるほど、宿を燃やす炎も遠くなる。
もう少し離れれば、炎を背にしても、小さな蝙蝠など分からなかったと思う。
使い魔は、高位の魔術師や悪魔、吸血鬼等の高い知性を持つ連中が使う手先。
そんな強い敵など、あまり現れないし、警備局に討伐の依頼があったとしても、その手強さから、担当するのは上位の警備局員だ。
使い魔の事は知識としては知っていたが、普段オーク等の弱い怪物を相手にしていたロディは、使い魔がいる可能性自体に頭が回らなかった。
顔を強ばらせてロディを見つめるマーシアを見るに、恐らく彼女も、似たようなものだったのだろう。
「……奴等から、極微かに怪物の気配を感じる。物凄く分かりにくいが間違いなく奴等は使い魔。それも、これ程までに気配を感じさせない見た事のない奴だ。今回は運良く気付けたが、怪しさに気付かないと、私でも普通の蝙蝠と見分けが付かん……恐らく宿にも潜んでいたと思うが、アリシア様や、あの用心深いシルフが気付かなかったのも無理はない……」
そう言うと、横目で蝙蝠を追っていたサラマンダーが急に顔を上げ、蝙蝠共を睨み付けた。
「消えろっ!」
彼女が忌々しげに吐き捨てた瞬間、全ての蝙蝠が炎に包まれ地に落ちる。
「そっか……なぜ襲われたのか分かんなかったけど、使い魔に宿での話を聞かれたんだ……」
地面で燻る蝙蝠共を見ながら、知らぬ間に宿に敵が潜入していた事を悟ったマーシアが、声を震わせて呟く。
ロディが燻る蝙蝠を見ていると、先程、宿で見張りをしていた時、鎧戸の外に多くの蝙蝠が飛んでいたのを思い出した。
多分、使い魔共は最初から宿の何処かに隠れていて、今後の事を話している時に聞いた事を、怪物の親玉に伝えたのだろう。
今は、追っ手の怪物共に、自分達の居場所を教えているに違いない。
「あたし達の正体や目的も……住民が怪物って知ってる事も……情報は全部漏れたのね。やられたわ……」
「もう仕方が無いよ。早くアリシアさんと合流しよう。この事を伝えないと!」
「ええ。ネロ、出てきて」
その言葉で、硬い表情で頷いたマーシアの横の空間が歪んだ。
「アネモス。ネロ。少しでも怪しい蝙蝠や生き物を見たら、見間違いでも良いからすぐにやっつけて! お願い!」
「分かったわ!」「了解よ!」
状況の悪さを悟ったのか、ネロ達の声には緊張感が覗えた。
ロディが後ろを見ると、また二匹の怪物の影が迫ってきている。
ロディは焦る気持ちを抑えつつ、皆と共に、敵に向かって剣を構えた。




