第37話 打開の手
アリシアの問いかけに、ウンディーネは無言のまま佇んでいる。
彼女の指示が可能かどうか、考えているのだろう。
少し沈黙の時が流れた後、ウンディーネの声が小さく聞こえてきた。
「……包囲する怪物共のいる範囲だけなら可能です。ですが、今は力があまり出ないので、その位が限界ですし、再度同じ物を作るのは難しいかと」
「それだけ出来れば上出来よ。奴等が底なし沼に嵌まれば、包囲を破れるわ」
「アリシアさん。それじゃ僕達も逃げられないです!」
「大丈夫よ、ロディ君。私達が泥濘を走る間だけ、ウンディーネに足下の泥濘を解除してもらうから。彼女なら、そのぐらい簡単だし、もう迷ってる時間は無いわ」
外の霧が、炎に炙られ赤みを増している。
火の付いた木が爆ぜる音も、徐々に数が増えてきた。
霧で分かりにくいが、食堂内にも煙が濃く漂い始めたようで、その匂いがキツくなってきている。
アリシアの言うとおり、もう迷う時間は無い。
誰も、この場を切り抜ける良い策を思いつかない以上、彼女の策に乗るしか無いとは思うが、底なし沼は自分達の足も止める。
そうなれば、敵から逃げられず嬲り殺しにされるが、彼女の策を信じるべきだろうか?
「……ロディさん。アリシアさんの策に乗ろうぜ」
迷うロディの肩を、ルパートが励ますように軽く叩いた。
「どうせ、このままじゃ皆死んじまうんだ。手があるなら、やっておこうぜ。やれる事を全部やってダメだってんなら、まだ諦めも付くだろ?」
覚悟を決めたようなルパートの言葉の後も、皆は悩む様な顔で無言のまま。
だが、少しして顔を上げたマーシアが、思いきった様に小さく声を上げた。
「……ルパートさんの言う通りよ! やりましょ、ロディ君! 母さんの言う通り、ウンディーネなら上手くやってくれるわ」
傍らに立つマーシアの、そしてルパートの決心を固めた様な顔を見て、ロディの迷いが徐々に薄れていった。
彼等の言うとおりかも知れない。
このままでは、みんな確実に焼け死ぬのだ。
死んで元々なら、少しでも生き残る可能性が高い方に賭けた方が良い。
「……そうですね……アリシアさん。お願いします!」
「了解よ」
「ルパートさん。逃げるにしても、どこか良い所は無いですか? 隠れながら今後の事を相談できそうな場所が良いんですが」
ロディに小声で尋ねられたルパートが、すぐ鞄から地図を出して、一家の面々と相談を始める。
彼等の話はすぐに終わった。
ルパートは、倒された家具の上に地図を置き、ある地点を指さす。
「ここはどうだい? 近くの閉鎖された鉱山さ。坑道への途中に目立つ大きな木があるって話だから、はぐれても待ち合わせの目印になる。それに山なら隠れる場所も多いと思うぜ?」
「……そこしか無いでしょうね。他に適切な場所も無さそうだし、もう考える時間は無いわ」
ランタンの弱い光を浴びる地図を見ながら、アリシアが険しい顔で呟く。
「では此処にしましょう。あと、脱出する時の先頭と、出た後のしんがりは僕がやります」
ロディの言葉を、皆が真剣な表情で聞いている。
「アリシアさんとマーシアさんは、精霊に道案内をさせて下さい。この土地勘の無い所で、夜霧で迷うとマズいですから」
「了解よ。案内は光を抑えた風精霊にさせるわ。水精霊は、私達じゃないと姿が見えないから、万一の時は役に立たないし」
「了解です。その辺は、お任せします」
アリシア達が頷く。
光る精霊を使うのは不安だが、精霊の事が分からないロディの考えより彼女達の意見を尊重した方が良いだろう。ロディは言葉を続けた。
「荷物が多いと足が遅くなる。持って行くのは大事な物だけにしましょう。荷物の選別がすんだら、僕が突破口を開きますから後に続いて下さい」
「オレ達なら大丈夫だ。必要な物は纏めてある。すぐ出られるぜ」
ルパートが、背嚢を背負いながら言う。
その傍らで、一家の面々も硬い表情で手早く背嚢を背負い、ウェストポーチ等を身につけていく。幾つかの荷物は置いていくようだ。
彼等をチラと横目で見たアリシアが、ロディに視線を戻して言葉を続けた。
「私達も大丈夫。精霊を一人喚ぶから、彼女の準備が終わったら行きましょう。もう彼女を喚んでも大丈夫でしょうし」
アリシアは煙でむせたのか、少し咳き込んでから言葉を続けた。
「出でよ、サラマンダー」
次の瞬間、蜥蜴に似た姿の大きな炎が現れ、周囲を明るく照らしながら、空気を熱く炙った。
この精霊も、アリシアと同じ位の背丈がある。
アリシアが何をするのか知らないが、この精霊を先の戦いで喚ばなかったのは、現れた時の明るい炎が、物凄く目立つからだろう。
「サラマンダー。共に戦う人手が欲しい。なぜか精霊達が弱ってるけど、もう炎の精霊が苦手な雨は降りそうに無いし、具合に問題なかったら、人の姿を取って援護をお願い」




