第35話 激闘
馬達の声が消えた直後、家のあちらこちらから、鎧戸が叩き壊される音が響き始めた。
皆の顔に緊張が走る中、食堂の鎧戸も、あっという間に叩き壊されていく。
食堂に押し入ろうとする奴等は、二カ所の窓から侵入を試みているが、家具に阻まれて手こずっているらしい。
外から家具を蹴る激しい音が響く。
全員が一言も発さず、張り詰めた空気の中でその様子を見守る中、徐々に片方のタンスが倒されそうになっていった。
一家に怪物を送り込んだのが、この町の誰かなら、あの時の黒い怪物と同じく、スタンロッドが効かない怪物が来るかもしれない。
ロディは、家具が倒されそうな窓に移動して剣を抜き放ち、身振りでルパート達にもう一つの窓に向かうよう指示した。
その直後、ロディの前のタンスが、大きな音を立てて蹴り倒される。
家具が倒れた床から埃が舞い、濃霧に霞む月明かりを背に、窓枠に立つ、長い爪を持った猿の様な、漆黒の影が浮かび上がった。
その怪物は、少し中を伺う様にした後、凄い速さで飛び込んできた。
ロディは即座に怪物との距離を詰め、奴が、長い爪が生えた腕を振り下ろす前に剣を振る。
手に怪物を斬る感触が伝わると同時に、凄まじい悲鳴が上がった。
腹を斬られた怪物が、ロディの横の床に、どうと落ちて転がる。
戦果を確認する間もなく、次の怪物が窓枠に立つ。
床でのたうつ怪物は、誰かがトドメを刺したようだ。
怪物の、苦痛に満ちた断末魔が轟く。
「フォス! 光をっ!」
マーシアの叫びと同時に、天井辺りから白い光が溢れて周囲を明るく照らす。
浮かび上がった怪物の姿は、一家の倉庫で見た、黒い毛に覆われた奴だ。
奴はスタンロッドが効かないし、暗闇でも、夜目か何かが利いて襲ってくる。
二匹目の怪物は、飛び込んだ瞬間に現れた眩い光を直視したらしい。
長い爪の生えた手で、眩しそうに目を庇った奴をロディが斬り捨てた時、ルパートの前の食器棚が倒され、怪物が飛び込んできた。
ルパートの剣が怪物を斬ったが、少し間合いが遠かったのか傷が浅いらしい。
胸の切り傷を片手で押さえ、震えながら立ち上がってくる。
その傷跡に霜が小さく浮かぶのを見て、ルパートが驚愕の声を上げた。
「クレアの凍結術で、これだけかよっ!」
「穿てっ! ネロ!」
マーシアが、鋭く叫ぶ。
震えながら立ち上がる怪物の後ろで、次の怪物が窓枠に立ったのを見て、彼女が即座に水弾丸を撃ったのだ。
水弾丸を胸に受けた怪物が、窓枠から後ろに倒れたが、時間をおかず、奴はゆっくりと起き上がってきた。
今の水弾丸で、大きな怪我を追わなかったらしい。
苦痛に顔を歪める怪物を見た、マーシアの目が大きく見開かれる。
「うっそ? 傷が、あんだけなんて信じらんないっ!」
最初に攻撃を受けた怪物は、ルパートが剣を突き刺してトドメを刺した。
その隙に飛び込んできた手負いの怪物を、気を取り直したマーシアのショーテルが斬り裂く。
その様子を横目で見たロディは、何とか窓からの侵入は防げそうだと思ったが、安心する間もなく、食堂の扉から扉を叩き壊す激しい音が轟き始める。
「うおおおーーーーっ」
ロディの雄叫びと共に剣が振り払われ、飛びかかってきた怪物の首を刎ねた。
刎ねられた首が、ルパート達の方に転がっていく。
ロディが血祭りに上げた三匹目の怪物だ。
怪物共は部屋に入る時、光精霊の放つ眩い光が、どうしても目に入るらしい。
窓枠に乗って飛び込む時、一瞬、まぶしそうに視線を天井の光から外す動きを見せて隙が生まれる。
そこを突けば、この怪物は自分の敵では無い。
ルパート達も、どうやら敵のその弱点に気付いたらしい。
立ち回りが上手くなっている。
ルパートが三匹目の怪物を斬り、崩れ落ちた怪物が藻掻く。
それを見たクレアが、恐怖を振り払う様に雄叫びを上げ、渾身の力で怪物の背、心臓の位置に短剣を突き刺す。
その時、扉から怪物の獰猛な吠え声が響いてきた。
敵味方の声や物音から察するに、遂に扉からも怪物が侵入してきたらしい。
最初の怪物が、咆哮を上げて飛び込んできたが、勢い余って躓いたようだ。
ドスンと倒れる音と共に、奴の声が止まる。
トニーが、すかさずその背に斧を叩き込んで黙らせたが、その間にも後ろから続々と新手が現れる。
窓と違って扉は幅が広く、少し小柄なこの怪物は、二匹並んで侵入出来る様だ。
アリシアが、扉からトニーに迫った新手を、逆手に構えた短剣で切り裂く。
その横を、さらなる新手が駆け抜けようとしたが、その前にターナーとネリーが立ちはだかった。
「援護してくれっ! 四人じゃキツい!」
怪物の爪を、剣で受け止めながらターナーが叫ぶ。
「マーシアさんっ! 行ってくれっ! ここは、オレとクレアでいけるっ!」
「了解!」
ルパートの叫びで、即座にマーシアが扉の援護に回った。
一匹でも怪物が入り込めば、他の仲間が死角から攻撃を受ける。
そうなれば、守りはすぐに崩されて全滅は必至。
光精霊の放つ眩い光の下、ロディ達は懸命の戦いを繰り広げた。
ロディが、六匹目の怪物を斬って捨てる。
息を整える間もなく、剣を構え直した時、ふと窓の外に怪物の姿が無い事に気付いた。
チラと横のルパート達を見ると、彼等も同じらしく、二人とも武器を構えたまま窓を注視している。
後ろで怪物の絶叫が上がり、何かが倒れる重い音が響くと、それを最後に静寂が訪れた。
静かな食堂に、仲間達の荒い呼吸の音が響く。
「……扉の新手は、止まりましたか?」
荒い息のロディが、窓を見据えたまま尋ねた。
「……そうみたいね」
息を乱す事も無く、アリシアが答える。
「シルフ、出てきて偵察をお願い」
アリシアの声の後、窓へ向けて風が通り過ぎた。シルフだろう。
それから一分も経たぬ内に、再び窓から風が吹き、シルフが姿を現した。
「奴等は一旦退いたようです。六十パスル(約十八メートル)程の距離を取って、包囲しています」
それを聞いた仲間達から、一斉に安堵のため息や小さな歓声が上がる。
ロディも、ひとまず警戒を解いて食堂内を見回した。
霧と濃密な血の臭いが漂う室内には、叩き壊された家具と、二十匹近い怪物の死体や血が散らばっている。
その惨憺たる有様に戦いの激しさが窺えたが、仲間は誰一人欠けておらず、大怪我を負った仲間も無い。
ロディは、戦闘中の声や物音で戦況は把握しているつもりだったが、自分の目で仲間達の無事を確認してはじめて、犠牲を出さずに怪物共を退けた安堵感が、心に満ちてきた。




