第33話 敵襲
焦るようなマーシアの言葉で、ロディはすぐに鎧戸の隙間から外を見たが、やはり異変は無い。あるとすれば、さらに霧が濃くなってきたくらいだ。
何か見落としている事が無いか考えたが、思い当たる物は何も無い。
「……変わった事って言えば、霧が出ただけかな? さっきまで無かったと思うんだけど?」
その言葉で、マーシアが急いで鎧戸の隙間から外の様子を覗う。
その間にロディが部屋に注意を戻すと、部屋にも薄らと霧が漂っていた。
どうやらガラスの無い鎧戸や、家の僅かな隙間から入っているようだ。
「凄い霧……でも……確かに他に異変は無いわねぇ……」
鎧戸から顔を離したマーシアが、怪訝そうに呟く。
「母さんを起こして意見を聞くわ。怪物が、何かしてるのかも知れないし」
「……そうだね。それが良い」
ロディの言葉に頷いたマーシアが、静かにアリシアのベッドへ歩く。
再び窓に視線を戻すと、外の霧は、ますます濃くなっている様だ。
注意深く外を見ていると、眠っている人に遠慮したのか、アリシアが静かにやって来た。
「出でよ、ウンディーネ」
アリシアが、眠そうな素振りすら見せずに呟くと、鎧戸から薄く差す月明かりの下、彼女の前の空間が大きく歪み、何かが音も無く現れた。
姿が見えにくいところを見ると、ネロと同じく透明な水精霊なのだろうが、その姿は彼女より大きく、大人の人間ぐらいあると思う。
「ウンディーネ。ネロ達が具合が悪くなったって言うんだけど、貴女はどう?」
ウンディーネは、何かを探るかのように黙っているが、アリシアに急かす様子は無い。
しばらくして、ウンディーネが静かに声を発した。
「……ここに出てから、何かで力を抑えられています。ネロ達の不調の原因もそれでしょう。私は、まだ普通に動けますが、それが徐々に進んでいますから、いつまで持つか……」
その言葉に、戦慄が走った。
外では、シルフが見張りについている。
彼女は、まだ何も言ってこないが、精霊が三人も不調を訴えた以上、いずれ何か起きると思う。
「アリシアさん、これは怪物が何かしてるのかもしれません。外のシルフさんも弱ってるかもしれませんし、皆を起こしませんか? 外は濃霧で視界が効かないし、万一に備えた方が良いかと」
その言葉で、アリシアが素早く鎧戸の隙間から外を覗く。
「……そうね。すぐ、皆を起こした方が良いわ」
「分かりました。でも明かりを点けずに静かに起こしましょう。もし敵の策だったら、僕達は寝てると思わせた方が良い。マーシアさんは見張りをお願いします」
彼女達が、緊張の面持ちで頷く。
寝ている皆を起こし終えた頃、鎧戸の隙間から風が吹き込み、外で見張りをしていたシルフが、光を抑えて姿を現した。
「アリシア様! 数十体の怪物が、ここを包囲するようにゆっくり接近中です! このままでは、あと六、七分でここへ来ます」
その言葉で、部屋の空気が瞬時に凍り付いた。
怪物が数十体と聞いて、起きてきたルパート達が小さくざわめく。
「な、なんで怪物が来るの? 正体がバレる様なヘマをした覚えは無いのに……」
ネリーが小さく震えながら、恐怖に満ちた顔で呟く。
「……分からねぇ……オレも、全く心当たりが無ぇ……」
ポツリと呟いたルパートの表情にも、困惑の色が濃い。
「皆、話は後よ。敵が来たんだから、それに備えないと!」
怪物に浮き足立つルパート達を、アリシアが少し険しい表情で諫めた。
「ところでシルフ、具合はどう? ネロ達が力が出ないって言うんだけど?」
「私は大丈夫です。先程から微妙に気だるさを感じていたのですが、少し体調が悪いだけだと思っていました……報告が遅れ、申し訳ございません」
「良いわ。じゃあ悪いけど行けそうなら、もう少し外の見張りをお願い」
「お任せを」
シルフが即座に姿を消すと、鎧戸の方へ風が吹いた。
「皆さん、怪物には、こちらが寝てると思わせた方が良い。それと奴等が来たと言う事は、何故か分からないけど、僕達の目的なんかはバレてると思う。偽名も、もう意味が無いから止めましょう」
ロディの小声の言葉に、ルパートが意を決した様に表情を改めた。
「……そうだな。で、これからどうする?」
「……外へ逃げるより、中で戦った方が良いかと。外は包囲されたし、どんな罠があるか分かりませんから。それに、この夜霧じゃ視界も効かないですし、逃げるにしても、霧が薄れたり明るくなってからの方が良いと思います」
「視界が効かねぇのは、敵も同じだろ? 今の内に逃げても良いんじゃねえか?」
ルパートが、少し訝しげに尋ねる。
「いえ、一つ懸念が……」
訝しげに呟いたロディに、皆の視線が集まる。
「僕達は、一家の倉庫で怪物と戦ったでしょう? 奴等、暗闇で姿を消した僕達の場所を、正確に掴んで襲ってきたんです。一家に怪物を送ったのが、この町の連中なら、同じように暗闇や濃霧の中でも見える奴が大勢いるかもしれない」
「あっ! そうだったわね!」
マーシアが、驚いた様に小さく声を上げた。
「そうか……奴等の死体は見たぜ。その話が本当なら確かに外の方が分が悪いな。こっちは見えねぇのに敵からは見えるんじゃ、一方的にやられちまう」
「そうね。仕方ないけど、今はロディ君の言うとおり外に出ない方が良いかも」
納得した様なルパートの言葉に、アリシアが頷いた。
「では、ここは窓が多いから食堂で籠城しましょう。ネリーさんとクレアさんは、すぐに店以外の戸締まり確認を。起きてるとバレないように、光や音は極力出さないで下さい」
「了解です! 行ってきます!」
ネリーがクレアを伴って、急ぎ足で、足音を立てずに部屋から出て行く。
「ターナーさんとトニーさんは、ここの家具を食堂へ運んで下さい。それで、窓と扉を塞ぎます。ルパートさんは僕と一緒に店の入口へ。戸締まり確認と家具を移動させましょう」
「分かった!」
ルパートの返事を聞き、ターナーが早速トニーに指示を出して、近くのタンスの移動に取りかかる。
「アリシアさんとマーシアさんは、みんなの荷物を食堂へ運んで下さい。それが終わったら食堂の窓を家具で塞いで下さい」
「了解よ」
アリシアが、マーシアに指示を出していく。
全員が、緊張の面持ちで、即座に与えられた役割に取りかかった。
明かりは、ロディが貸した警備局のランタンを持った数名が、底面が弱く光る様にして持ち歩く。
外は濃霧なので、この程度なら外から光は見えないだろう。
店の入口に着いたロディが、扉の鍵が閉まっている事を確認し、その間にルパートが手頃な家具が無いか物色する。
扉が施錠されている事を確認したロディは、ルパートが指さした商品棚を見てすぐ頷いた。
ロディが、ルパートと共に棚を運んでいると、柔和な笑顔を浮かべて見送ってくれたリッチモンドやテッドの顔が、脳裏に浮かんできた。
奴等や町の様子を見る限り、怪物共はロディ達を全く疑っていなかったと思う。
ネリー達の言う通り、なぜ怪物共が来るのか全く分からない。
一瞬、奴等は見知らぬ訪問者を片端から襲っているのかとも思ったが、それは違うと思う。
もしそんな事をすれば、町から誰も戻ってこなくとも、向かった人が音信不通になる等の悪い噂は立つだろうし、ヴェルゴーに向かって行方知れずになった人の捜索依頼や、その報告書が警備局に残っていた筈。
ならば、自分達が襲われる理由があるのだろう。
自分達が気付いていないだけで、目的がバレたり、彼等の正体に気付いていると悟られる様なヘマをしただろうか?
音を立てぬよう慎重に棚を運ぶロディの心に、暗雲が垂れ込めていった。




