第27話 レンストン出発
ヴェルゴーの町は、旧レンストンから馬車で半日あまり進んだ所にある山奥の小さな町らしいが、三人とも行った事が無く、地理や様子が全く分からない。
ラングドン一家から同行する仲間も、テッド商会に正体がバレるのを防ぐ為、ヴェルゴーに行った事が無く、テッド商会と一切面識が無い腕利きを選ぶらしい。
潜入する先が只の町や屋敷なら、それでも問題ないのだろうが、テッド商会には侮れない怪物が多数潜んでいると判明しただけでなく、国内屈指の潜入と盗みの腕を持つ凄腕盗賊団、ラングドン一家が自信を持って選び抜いた精鋭達が、潜入して全滅した危険な場所だ。
ロディ達は怪物に慣れているし、自分達三人なら、そこそこの強敵が出ても大丈夫だと思うが、気配を隠して忍び込んだ凄腕泥棒達を発見し、壊滅させた連中を舐めてかかるほど愚かでは無い。
マーシア達と相談したが、任務成功のために一家以外の情報源にも当たって対策を立てるべく、王立警備局と、民間団体としては屈指の情報網を持つタイレル傭兵団を当たったのだが、全く収穫無しで終わるとは予想もしていなかった。
この二カ所なら、色々情報があると思っていた三人だが、戸惑いは隠せない。
先程、ロディはアリシアに、精霊が怪物に見つからないなら、ラングドン一家のアジトを突き止めた時と同じく、精霊で偵察出来ないか尋ねたがダメだった。
彼女が言うには、姿を消した精霊が怪物に見つかる事は滅多に無いが、契約した精霊は、契約者が持つ精霊籠という、精霊の依り代から、あまり離れられないらしい。
ここからヴェルゴーの町は、精霊が行くには遠すぎて無理との事だった。
ふと、ロディが壁の柱時計を見ると、思ったより時間が掛かったせいで、この後の準備に費やせる時間が少なくなってきている。
何も収穫が無いなら、次の行動に移るべきだろう。
「……じゃあ新しい情報も無かったですし、そろそろ必要な物を買いに行きませんか? もう、準備不足で挑むのはちょっと……」
苦笑いを浮かべたロディは、マーシアと共にラングドン一家に潜入して、危機に陥った瞬間を思い出していた。
あの時は、盗賊達の裏手から回り込んだアリシアが、聖水を使って怪物共の正体を暴いてくれたお陰で助かった。
だが、あと少し助けが遅ければ、今、自分達がここにいない事は分かっている。
今回は準備を整える時間があるのだから、同じ過ちを繰り返す必要は無い。
「……そうね。そうしましょう」
頷いて椅子から立ち上がったアリシアが、改めてロビーを見回した。
「警備局を詳しく見たのは初めてだけど、戦争とか人同士の争いに行かされる事も多い傭兵団と違って、ここは護衛とかの人助けの仕事が多いのね……私が、傭兵になった頃に警備局があれば、最初からここに来てたのに……」
残念そうに呟くアリシアが、熱心に打ち合わせをしている警備局員達を、少し羨ましそうに見詰める。
マーシアと共に立ち上がり、その横顔を見たロディは、一つ疑問に思っていた事を思い出した。
尋ねるなら今が良い。
「あの……アリシアさん、一つ……伺っても良いですか?」
「何かしら?」
「怪物共と戦ってた時ですけど、何か叫ぶだけで術が発動してましたね? あれは何ですか? 今まで色々な魔術師を見ましたけど、呪文の詠唱が必要ない術は見た事が無くて……ご迷惑でなかったら、同じ技を使う敵が現れた時に備えて、教えて頂けると助かるんですが……」
ロディの声には、心苦しさが滲む。
もしも、今後同じ技を使う敵が現れた時、その技の知識の有無は、警備局員として生き残れるかどうかを左右するだろう。
その時に備えて知りたいと思ったのだが、秘密の技を教えてくれと言っているようで気が引ける。
ロディは、アリシア達が機嫌を悪くするかと思ったが、彼女達は気にするそぶりも見せなかった。
「そんな事? 良いわよ」
アリシアが柔和な笑みを浮かべた。
「あの技は、精霊術って言ってね……私達と、一緒にいてくれる精霊がいるでしょう? あの子達に、お願いして力を貸してもらってるの。誰に何をして欲しいか思い浮かべれば、後は精霊が上手くやってくれるんだけど、自分の心象を固める為に穿てとか焼き払えとか言ってたのよ」
「思い浮かべるだけで術が発動……そんな便利な術なのに、なぜ使う人を見かけないんでしょう? 詠唱って間違う事もあるし、良かったら僕も習得したいくらいですけど?」
神々の力を授かる白魔法と、魔神や邪神とも呼ばれる大悪魔の力を受ける黒魔法は、与えて欲しい力を、与えてくれる対象に願う、呪文の正確な詠唱が必要になるが、詠唱を間違えると何も起きない。
命のやり取りをする戦場では、一瞬のミスや遅れが命取りになりかねない。
思い浮かべるだけで術が発動するなら、金を積んでも習得したい人は、幾らでもいるだろう。
「それは……昔、精霊が人に姿を見せ始めた頃には、精霊使いもそれなりにいたんだけどね……精霊って人助けとかで使うのは良いけど、度を超えた私欲を満たす為に使われたり、意地が悪いとか利己的とか、性格の悪い人と一緒にいるのを物凄く嫌がるのよ」
アリシアが、少し物悲しげな顔で言葉を続けた。
「人の欲って青天井でしょう? 精霊使いになったのは良いけど、便利な力や術で頼りにされて傲慢になったり、過大な報酬を要求するようになったりして、精霊に見限られる人も多かったみたいで……失望した精霊達が段々契約してくれなくなって、精霊使いは滅亡寸前って訳。こんな仕事をしてるのに、私達以外の精霊使いなんて、もう十年は見てないわ」
「……そうだったんですか……」
「ええ。だから、私達も心のあり方には注意してるの。でないと精霊は結構厳しく考え方とか人格を見るからね……信用してくれた精霊って頼りになるけど、心のあり方は注意しないといけないし、世間に誘惑は多いし……武勲を上げて出世したいとか贅沢な暮らしをしたいとか、世俗の幸せに惹かれるなら契約はお勧め出来ないわよ」
そういう事なら、精霊使いが敵として現れる可能性は少ないだろう。
習得は、彼女の口ぶりから察するに難しそうなのが残念だが、何事も都合良くは行かない物だ。
「分かりました。有難うございます……残念ですけど、借金を何とかしたい僕も、愛想を尽かされるでしょうから諦めます」
その言葉がおかしかったのか、マーシアが俯き、声を押し殺して笑う。
柔和な笑顔を浮かべたアリシアが、それを横目で見て言葉を続けた。
「そう……じゃあ、行きましょうか。君やセオさんの為にも、奪還は絶対成功させないとね。万全の準備を整えて行きましょう」
「はい」
銀灰の納期まで、今日を含めて残り五日。
警備局で局員専用の道具を買ったロディは、マーシア達と共に、傾き始めた日の光の下、町を巡って旅立ちの準備を万全に済ませた。
そして夕刻頃、作戦通り一時間程前に旧レンストンを出発しただろう一家の精鋭達の後を追い、貸し馬組合から最上級の馬を借りて、新レンストンを後にした。




