第23話 昏睡中の出来事
「ところでロディ君。君が昏睡している間の事を、マーシアから何か聞いた?」
アリシアが、ロディ達の所に歩きながら小さな声で尋ねてきた。
「伺ったのは、ラングドン一家が、僕達を親分達の仇を取った恩人として扱っている事ぐらいです。今、目が覚めたばかりですから、それ以外は何も……」
「そう……じゃあ、何から話そうかしら……」
マーシアの傍に立ち、少し考え込むアリシアを見て、ふとロディは彼女達に多大な迷惑を掛けた事に思い当たった。
アリシアの制止を無視して潜入した事や、その結果起きた、失神した後の一家との交渉や後始末は全て彼女達がやったのだ。
まず、それを詫びなければならない。
「その前に、皆さん……僕のせいで、色々ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
姿勢を正して頭を下げるロディを見て、彼女達は微笑を浮かべた。
「ああ……その事なら別に良いわ。マーシアから聞いたけど、先走った君の考えも分かるし、何時間も遅刻した私が悪かったのよ。だから頭を上げて」
「有難うございます……ところで、怪物を倒して銀灰返還を迫るのは上手くいったみたいですけど……彼等、素直に応じてくれました? 僕はマーシアさんと出会う時、彼等の仲間を殺してしまったので、それに気付かれて恨まれてないかと……」
目覚めたばかりのロディは、まだラングドン一家の実態を知らないが、巷の噂では、一家の規模と力は、新旧レンストンの裏社会で指折りとされている。
彼等に貸しを作る策は上手く行った様だが、義賊を自負しているとはいえ、裏社会で強大な力を持つ、ならず者の彼等との交渉が困難だった事くらい想像がつく。
自分の不手際のせいで、何か面倒な事になっていないだろうか?
それにマーシアと初めて出会った時、やむを得なかったとはいえ、彼女を追っていた盗賊を殺している。
アリシアは、セオ夫妻と行動を共にして一家に捕縛されたのだから、アリシアが一家と交渉した際、捕縛した彼女の事を思い出した奴は何人かいただろう。
一家が彼女を思い出せば、ロディとの関係や、マーシアを追って戻らない仲間の事まで話が出た事は想像に難くない。
うまく誤魔化せたのだろうか?
「ああ、それは聞かれたけど安心して。一家は、マーシアを追って死んだ奴等に関して、何も気にしていないから」
「え? 何故です?」
「奴等は、一家の人じゃ無いからよ……銀灰強奪は客の依頼だったそうだけど、客の立てた計画に従う事を要求された上に、補佐として顔も知らない野盗を紹介されたみたいでね……その野盗共が、伝令に出たマーシアを見て一家の制止を無視して追ったそうよ。奴等は余所者だし、命令を無視して女を追う連中なんか、どうでも良いって言われたわ……この言葉が本当なのは、姿を消した精霊達に監視させて確認したから安心して」
「それを聞いて安心しました。有難うございます」
ロディは、思わず胸をなで下ろした。
「それと、銀灰は親分の命令で、旧レンストン閉門直前に出荷したそうだけど、返還を迫ったら、二つ約束する事を条件に、あっさり応じてくれたわ。私も、貸しを作ったとは言え、難しい交渉になるって思ってたから驚いたけど……どうやら、元々彼等は悪徳商人ではないセオさんを襲うのに反対してたみたいね」
「え? じゃあ何故、セオさんを……?」
「親分……いえ怪物の命令よ。義賊としての活動を止めて、報酬と引き換えの盗みを始めたのも親分の命令らしいわ。アネットさんやルパートさん、それに古参の幹部は何度もそれに反対したけど逆らえなかったみたい……それで渋々従っていた所へ、私達のせいで怪物が死んで、それを終わりにできた上に、親分夫妻の仇も取れたでしょう? 非の無いセオさんを襲った事に罪悪感を感じてたようだし、私達に恩義を感じて返還に応じたんだけど……まぁ、彼等が出した条件については君のせいもあるかな?」
そこまで言ったアリシアが、苦笑いを浮かべながらロディを見た。
「え?」
苦笑を浮かべるアリシアの言葉に、全く心当たりが無い。
「あの人達ね。自分達がやった事は許される事では無いし、無条件で返還に協力すべきだけど二つだけ約束して欲しいって……一家に関する事や怪物がいた事は、絶対外に漏らさない事と、騎士団への通報をしない事だけ約束してくれたら、後は、黙って私達に従うって言ったのよ」
「え? そんな約束が、騎士団にバレたら……」
怪物は、作物や家畜、人を掠って食うだけでなく、時には邪神や魔神とも呼ばれる大悪魔の手先となって世の安寧を乱す敵。
国防と治安維持を任される騎士団は、怪物の町や村への侵入を阻止して、世の平穏を守るべく懸命になっており、こういった場所に潜む怪物を発見した時は、速やかに騎士団に通報せねばならない。
それにラングドン一家は、義賊を標榜しているが、有名な反社会的組織。
殺人等の凶悪事件こそ起こしていないが、これまで幾多の悪徳商人や大貴族の邸宅に侵入して多額の金品を奪い、その金を悪徳商人の被害者や貧民等にバラ撒いていた連中だ。
彼等が自分達の犯行を誇るように残していく、ラングドン一家の名を書いた札が見つかっていないだけで、実は彼等の犯行では? と疑われている事件も多い。
被害額が大きく、正体の分からない彼等の実態解明につながる情報提供には、その他の裏社会の大組織と同じく、騎士団から結構な額の懸賞金が掛けられている。
そんな彼等を騎士団から庇う為、発見した一家のアジトを通報しない上、強い怪物が首都旧市街に多数潜み、反社会的組織を操っていたなんて重大事を騎士団に隠したら、それが騎士団にバレた時には、それなりの罰を食らう事もあり得る。
ロディが、驚いた様にこぼした言葉を聞いて、アリシアは脱力した様に肩を落とし、苦笑いを浮かべたまま小さく溜め息をついた。
「……はぁ……やっぱり覚えてないか……君が! それを彼等に約束したの。覚えてない? 偽者のラングドンに追い詰められた時よ」
その言葉で懸命に頭を巡らせたロディは、不意にあの時の事を思い出して、全身からどっと冷や汗が吹き出た。
銀灰を返せば、アジトや怪物の事は黙るって言った気がする!
「あ! ……す、す、すいませんっ! あの時は……」
「追い詰められて、焦ったんでしょう? 苦し紛れの口から出任せでしょうけど、彼等、それをしっかり覚えてたのよ。さすがは凄腕盗賊団。抜け目がないわね」
少し呆れた様な口ぶりの彼女が、マーシアの前の椅子に座った。
「マーシア達に確認したら、君が言ったって言われたし、私も出荷された銀灰を取り戻すには一家の協力が必要だと思ったから、その条件を飲むしか無かったの。セオさんも応じるって言ったしね……だから、君も一家の事や怪物がいた事は、絶対、外に漏らしちゃダメよ」
「分かりました……すみません……」
「まぁ、あの時の彼等の様子だと、君の約束が無くても、一家は自分達を守る為に同じ条件を出したと思うわ……だから、この事に関してはもう気にしないで。私達も、君を責めるつもりは無いから」
「……はい」
項垂れたロディの前で、アリシアが机の新しいコップを手に取り、水差しから水を注いで一口飲んだ。
「彼等も、怪物の件が外に漏れたら大変な事になるのは分かってるから、情報漏洩には細心の注意を払うそうよ。あの辺の住民は、あの建物が一家のアジトって知ってて黙ってたみたいだし、周辺住民から話が漏れる事は無いと思うわ……新たな騒動が起きないように、一家に他の怪物や協力者がいないか徹底的に調べたし、後は私達が一家の色々な事を知ってて黙ってるって、騎士団にバレないように祈るだけね」
旧レンストンには、義賊だったラングドン一家が投げ込んだ金で危機を救われ、恩義を感じている住民も多いと聞く。
アジトの周辺の住民も、そういう人が多いのだと思う。
それに、あの戦いは深夜に起きた事で、周囲の人は皆寝ていただろう。
静かな夜なら、あの戦いの音で周辺住民が起きてきて、騒動になったかもしれないが、あの日は激しい雷雨だった。
あの位の戦いの音や術の光だったら、激しい雨と雷のせいで、周囲の人には戦闘が起きたとは分からないだろう。
ロディもアリシアの言う通り、近隣住民から情報が漏れることは無いと思う。
「それと今も言ったけど、騎士団に通報する件は一旦保留になったわ。必ず納期までに銀灰を返して慰謝料も払うから、騎士団には通報しないで欲しいって一家の頼みを、セオさんも了承して示談が成立したの……出荷された銀灰を取り戻すには、もう一家の協力が無いと無理だからね……」
「なるほど、分かりました。色々ご迷惑をおかけしてすみません」
アリシアは簡単そうに言ったが、その内容を聞くに、昏睡している間に彼女達が大変な交渉と後始末に奔走したのは容易に想像がつく。
ロディは、申し訳なさで深々と頭を下げた。
「いいわ。気にしないで……ここからが本題で、銀灰がいつ戻ってくるかよ」
コップをテーブルに置いた、アリシアの表情が曇った。
いつも読んで下さり、誠にありがとうございます。
恐れ入りますが、明日10月10日から明明後日10月12日までの投稿は、
都合により、19時40分頃か20時40分頃の、どちらかの投稿とさせて頂きます。
ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い致します。




