第22話 目覚め
宙を浮くような現実感のない闇の中、遠くから、微かに小鳥の囀りが聞こえて来た。
それに、何だか微妙に暑い気がする。
徐々に意識がはっきりしてきたロディは、急にバチッと目が覚めた。
随分と上等なベッドで寝ていた様だが、ここは何処だろう?
ふと、誰かの気配を感じて横を見ると、マーシアがいる。
彼女は、椅子に座って本を読んでいた。
「……あれ? マーシアさん……?」
「え?」
驚いたように本から顔を上げたマーシアが、心配そうにロディを見つめた。
「大丈夫? 二日も目を覚まさないから、みんな心配したのよ?」
「え? ああ、もう大丈夫ですけど、ここは何処? ……そうだ! 怪物は?」
体を起こそうとすると、すぐマーシアが本を机に置き、腕を伸ばして体を支えてくれた。
身を起こしたロディは、ふと、偽ラングドンに刺された腕の怪我が気になった。
着せられていた寝間着を少し緩め、刺された左腕の傷を確認すると、傷跡が薄く残っているだけで、痛みは完全に無くなっている。
どうやら、失神している間に治療術を施されたようだ。
たっぷりと熟睡したせいか体が軽く、頭もスッキリ。疲れも全く感じない。
魔力も完全に回復しただろう。
こんなに心地良い目覚めは、本当に久しぶりだ。
怪我の状態に安心したロディが、寝間着を直して改めて周囲を見回すと、掃除の行き届いた清潔な部屋に、立派な調度品の数々が目に入った。
ここが何処かは分からないが、部屋の様子は、昔、客の手配で一度だけ泊まった高級な宿を思い起こさせる。
開いた窓の外は晴れ渡り、時折部屋を流れる弱い風と、小鳥の囀りが心地良い。
よく見ると、上等なキャビネットの上に、綺麗に汚れを落とされた自分の武具と背嚢が丁寧に置かれていた。
ロディが落ち着いたのを見たのか、マーシアが口を開く。
「ここは、旧レンストンにあるギルバート商会って店よ。絶対に内緒にして欲しいけど、ラングドン一家が一般人相手にやってる、まともな店の一つだって」
明るい顔のマーシアが、声を抑えて答えた。
「それと、あの怪物共は全部倒したわ。ロディ君、結構凄い術を使えるのね……謙遜してたけど、剣も魔法も、銀狼って二つ名に恥じない腕前だったと思うわよ?」
「そ、そうかな……? でも魔力切れで二日も寝込んだんじゃ、恥ずかしいけどね……迷惑掛けてすみません」
「ううん、お陰で助かったわ……有難う」
マーシアの顔に、明るい微笑が浮かぶ。
「あ、いや……」
彼女と目が合い、照れて気恥ずかしくなったロディは、少し目をそらした。
「あたし達、偶然だけど一家に潜んでた怪物をあぶり出して、一家が手も足も出なかった奴等を倒して、親分夫妻の仇を取ったでしょ? お陰で、今は一家のお客様なの。あの建物は恩人をもてなす様に出来てないから、ここを使ってって……あ、そうだ! 母さんを呼ぶね。心配してたし。アネモス、出てきて」
即座に、彼女の前に幼児ほどの大きさの、薄緑色の光を発する精霊が現れた。
「ゴメンね。母さんを呼んできて。ロディ君が目を覚ましたって」
「分かったわ」
アネモスが姿を消し、そよ風を吹かせて去っていく。
それを見送ったマーシアが、ロディを見て、右肩から装着された義手を怖々と見つめた。
「あの……ロディ君、その腕はどうしたの? あたし、てっきり右腕だけ鎧をつけてるんだって思ってたんだけど……」
「あぁ、これ?」
ロディは、マーシアが見つめる右腕に目を落とした。
「昔……警備局に入ったばかりの頃に、手強い敵と出会って右腕を切り落とされたんだ。一瞬の出来事だったよ……」
遠い目を浮かべるロディの前で、銀色の右手が窓からの光を受けて、鈍く光る。
「あの頃は両親が生きてたからね。二人とも上級警備局員で稼ぎも良かったから、治療がうまくいかず腕を失った僕の為に、魔力で動く義手を、腕の良い工房で特注で作ってくれたんだ……だけど……これ素材や性能は良いんだけど凄く高くてね。両親が病死してから、残った支払いに四苦八苦してるんだ……」
ロディは、義手を上げて指を動かした。
生身の体と同じように、なめらかに金属の指が動く。
「そうだったんだ……えっ!」
マーシアが、急にハッとした顔になった。
「ご両親って亡くなられて……辛い事を思い出させちゃったわね。ごめん……」
「ああ、良いよ。気にしないで」
申し訳なさそうに少し俯いたマーシアに、ロディは微笑んで見せた。
彼女に少し笑顔が戻ったその時、ドアから軽いノックの音が響く。
「どうぞ」
マーシアがドアを見て返事を返すと、三人の男女と、アネモスが部屋に入ってきた。一人はアリシアだが、残りの人物は心当たりが無い。
「ロディ君、具合はどう?」
アリシアが、心配そうに尋ねた。
「もう大丈夫です。すみませんでした……こちらの皆さんは?」
「ラングドン一家の最高幹部の皆さんよ。ロディ君に、お礼をって」
アリシアの右後ろには、二十代半ば位で、濃い茶色のセミロングの髪と茶色の瞳を持つ、ロディより少し背の低そうな女性が立っている。
その横には、彼女より少し年下位の、短く刈り揃えた濃い茶色の髪と茶色の瞳を持つ、中肉中背で少し目つきの鋭い男性がいた。
アリシアの言葉が終わると、後ろの女性が神妙な面持ちで一歩前に出た。
「私は、ラングドンの長女でアネットと申します。父亡き今、ラングドン一家の責任者を務めております。ロディ様。この度は我々の窮地を救って下さった事、そして親分夫妻の仇を取って下さった事、厚く御礼申し上げます。誠に有難うございました」
アネットが姿勢を正して深々と頭を下げると、横の男性もそれに続く。
「皆様が、ご来訪された目的はアリシア様より伺っております。ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。銀灰は責任を持って全てお返しさせて頂きます。ですが既に出荷しておりますので、もうしばらくお時間を頂けませんでしょうか?」
「分かりました。でも、返還はいつ頃になりそうか教えて頂けませんか?」
「それは、後で私が説明するわ。その件で、今までお話をしていた所だから」
ロディの問いかけに、アリシアの表情が少し硬くなった。
何かあるのだろう。
「分かりました」
「では、私共はこれで失礼致します。何かご用がございましたら、何でもお気軽にお申し付け下さい」
アネット達は、部屋から去る間際に、ロディ達にもう一度深く頭を下げ、静かに部屋から退出した。
遠ざかっていく二人の靴音が完全に消えた後も、アリシアは扉の方を見て気配を探るようにしていたが、少し経つと安心したように少し表情を緩め、少し下がって小さな声で呟いた。
「出でよ、シルフ」
その言葉の後、アリシアの前に、彼女と変わらぬ背丈の精霊が音も無く現れた。
薄緑色の淡い光を発し、背中にトンボのような羽を生やした大人の女性の姿を見るに、多分、アネモスと同じ風精霊だろう。
「シルフ、姿を消して外を警戒して頂戴。誰か近づいて来たら、すぐ教えて」
「承知しました」
頷いたシルフが即座に姿を消し、ドアへ緩やかな風が吹く。
それを見届けたアリシアが、表情を改めてロディを見た。
「ロディ君。もう知ってるかもしれないけど、ここはラングドン一家の建物よ。彼等は今は味方してくれてるけど、話が漏れないように声や内容には気をつけて。今後どうなるか、まだ分からないから」
「はい」
アリシアの小声の注意に、ロディも小声で応えた。
盗賊共を警戒する彼女の懸念は、正しいと思う。




