第18話 ラングドンの苦悩2
「あら! 中々の大漁ね。苦労して聖水を探した甲斐があったわ!」
変身が解けた事を悟り、驚くラングドンの耳に、後ろから若い女の蔑む様な声が聞こえた。
聞いた事の無い声だ。部下では無い。
振り向くと、部下達の後ろに、傘をさした茶髪の若いエルフ女が立ち、虫ケラを見る様な目でラングドンを見上げている。
その女の横で、同じ様な背丈の薄緑色の淡い光を放つ緑髪女が、聖水らしき瓶を丁寧に茶髪女に渡して消えていった。
多分、消えた女は、今時珍しい精霊だ。
何か知っているような口ぶりから察するに、この茶髪のエルフ女は、狼小僧共の仲間だろう。
ここは三方を道に接した土地で、店舗を除く二方からは、塀を乗り越えれば侵入できる。
恐らく、この女は万一に備えて外に潜んでいて、自分達が小僧共を追いかける騒動に気付き、自分達の背後を突ける塀から侵入したのだ。
自分達の正体を暴けば、部下達が浮き足立つと見込んでの行動だと思うが、一人で堂々と現れ、自分達の真の姿を見ても不敵な態度を変えない辺り、小娘の分際で大した自信だ。
「ワシらの正体を暴いたのは、お前か……よくもやってくれたな……許さん……ここまで上手く行っていた物を……」
怒りに震える自分の声が、人とは思えない低くおぞましい声に変わっている。
それを聞いた部下達からの恐怖と狼狽の声が、一段と大きくなった。
身の程知らずの茶髪女に、死をくれてやるべくゆっくり歩き始めると、部下達が怯えた声を上げて左右に分かれ、潮が引くように自分と茶髪女から離れていく。
「それは、悪かったわね……ところで貴方が化けてたのは、ラングドンさんだと思うけど、本物のラングドンさんはどこかしら? もしかして……もう殺した?」
茶髪女が、侮蔑の笑みを浮かべたまま、小首を傾げて尋ねる。
忌々しいことに、怒りを隠さず迫る自分を見ても、この茶髪女は焦るそぶりすら見せない。
「あいつか?」
茶髪女に向かって歩くラングドンは、自信過剰な女の質問に、不意におかしくなった。これから自分がどうなるかも知らずに、馬鹿な奴め!
「ふっ、ふはははは……あいつらなら、とっくに夫婦仲良くワシの腹の中よ。まぁ……もう何年も前に、ケツから出ていったがなあっ!」
言うが早いか、鋭い爪を茶髪女に振り下ろしたが、奴は嘲る様な目を浮かべたまま事も無げに身を躱したかと思うと、手に持つ瓶を素早く振り上げて、ラングドンの額に生える大きな一本角に叩き付けた。
「ぐわあああーーーーっ」
割れた瓶に残っていた聖水が、ラングドンの顔に掛かる。
顔面に大量の聖水を浴びたラングドンは、顔や目を焼かれるような痛みに耐えきれず、思わず顔を両手で庇いながら崩れ落ちる様に膝を折った。
それを見た茶髪女が、小馬鹿にする様に吹き出す。
それを見て、自分と同じく正体を暴かれた側近の一人が、怒声と共に茶髪女に斬りかかったが、奴は再び軽く身を躱し、割れた瓶を素早く彼の腹に突き刺した。
鋭く割れた瓶で深々と刺された彼が、苦痛に満ちた呻き声を上げながら傷を手で押さえ、崩れ落ちるように蹲る。
蹲った彼を見た茶髪女は、素早く瓶と傘を捨て、彼の頭の左右の角を掴んだ。
そして彼の角を引き寄せながら、長いスカートのスリットから、黒タイツに包まれた脚も露わに、その鼻面に強烈な膝蹴りを叩き込む。
腹と鼻面に痛撃を食らった彼が、苦しそうな声を上げて地に伏せた。
悶絶する彼を見下ろす茶髪女の目に、氷のような冷たさが宿る。
自分が爪で女に斬り掛かった時、それを躱されるとは夢にも思わなかった。
それに女に襲いかかった彼は、部下の中で一二を争う剣技に秀でた男。
それを軽くあしらったこの女、装備や先の精霊を見るに、精霊を使う魔術師か何かだろうが、今の動きを見ると格闘も相当な場数を踏んだ手練れだ。
先程は、たかが小娘と侮って手痛い一撃を食らったが、本気で掛かっても侮れない強敵と見て良い。
その時、突然、部下達から大雨と雷鳴に負けない様な、怒鳴り声が上がった。
「テメェら、何をぼぉっとしてやがるっ! 親分と姐さんの仇討ちだあっ! 掛かれぇーーーーーーっ!」
自分が殺した、ラングドンの息子の声だ。
その声で、怯えていた部下達の目に怒りの光が宿っていく。
奴等は、自分達を簡単にのした茶髪女を見て触発されたようだ。
左右に分かれて浮き足立っていた部下達が、恨み言を呟きながら次々と武器を構えたり、防御術等の支援魔法の詠唱を始める。
攻撃魔法や弓を使わないのは、同士討ちを恐れたからだろう。
「エルフの姉さんっ! 危ねぇから、下がってくれっ!」
雷雨の中、部下の誰かに促された茶髪女が、傘を拾い上げて小走りで何処かへ去って行く。
その様子に、茶髪女に簡単にのされた自分達を見て、気圧されていたらしき側近の連中が我に返ったようだ。
自分と同じように正体を暴かれた彼等が、顔を焼く痛みに耐えるラングドンを守る様に、取り囲みはじめた。
「どうされます? ご指示を」
側近の一人が、小声で尋ねる。
「……少し時間を作れ……考える」
次の瞬間、武器を構えた部下……いや、元部下達が、口々に恨み言や雄叫びを上げながら猛然と斬り掛かってきた。




