第17話 ラングドンの苦悩1
「……なぜ、お頭は黙ってるのよ?」
「親分が怪物だって? それに倉庫に怪物? まさか……本当なのか?」
ラングドンは、後ろの部下達に動揺が広がりつつある事に焦りを覚えた。
「ジョン、後ろに倉庫の連中はいるか?」
ラングドンは、側に立つ側近をチラと見た。
尋ねられた、筋肉質で目つきの鋭い中年男が慎重に後ろを見回す。
「……いえ。一人もいません」
「……そうか……ちっ!」
忌々しさで、ラングドンの口から思わず舌打ちが漏れる。
奴等は銀灰を返せと言うが、あれは昨日、先方から使者が訪れて納品を一日でも早めるよう急かされた為、急遽予定を変更し、使者に渡して納品した。
彼等は、既に昨日の旧レンストン閉門間際に町を出ている。
それに、仮に手元にあったとしても、訳あって絶対に返せない。
(……倉庫の鈴が鳴ったのに、倉庫の連中の姿が無いという事は、皆、出向いてやられたか……それも奴等の口ぶりだと、正体を現して死んでいる筈……銀灰と言うからには、奴等はセオ商会の傭兵だろうが、まさかワシらのアジトを暴き、並の道具では暴けん筈のワシらの正体を見抜き、倉庫の連中を倒す腕利きとは……)
小物と見下していた敵の思わぬ反撃を受け、怒りと苛立ちで噛みしめた歯が、嫌な音を立てる。
(騎士団が来るのもマズいが、もっとマズいのは何も知らん後ろの連中だ……ワシの正体と目的を知っているのは、ワシと同じく、人に化けてここへ潜り込んだ連中だけ……他の奴等がワシらの正体を知り、ワシの命令で、奴等の猛反対を押し切って義賊を止め、良いように操っていたと知れば確実に敵に回る!)
圧倒的な戦力で敵を追い詰めたつもりだったが、思わぬ事態になった。
敵を追い詰める為の大勢の部下がいるせいで、追い詰められたのが自分達だったなど笑い話にもならない。
(……これ以上、悩んだり取引に応じれば、ワシが怪物である事を認める事になりかねん……それに義賊を止めたワシに不満を持つ部下は多い。あの狼小僧がワシの正体を口にした以上、この場を切り抜けても、正体を現した倉庫の連中の死体が見つかれば、ワシの正体を疑う部下は出るだろう。そういう奴が、今後どんな行動に出るか……)
この場を切り抜ける算段を懸命に考えるが、時間が空しく過ぎるだけ。
その間も、後ろの部下達の、戸惑うようなざわめきが大きくなっていく。
(……もう悩む時間は無いな。奴等め。ワシらの正体を口にするだけという事は、何かで正体を見抜いたが、強制的に変身を解く聖水は持ってないな? ならば、すぐ奴等を殺せば、全ては奴等の戯れ言で済む。それに今、騎士団が来ていないと言う事は、騎士団が来るとしても本当に朝だ……それだけ時間があれば、見つかるとマズい物を処分して、全員予備のアジトに移れる……そうすれば、騎士団も後を追えん筈だ)
懸命に頭を巡らせる内に、八方塞がりかと思えた状況に、明るさが見えてきた。
(倉庫の連中と奴等の死体は、細切れにして海の魚にでも喰わせよう。正体を現した倉庫の連中の死体が見つかれば、騎士団は何を放ってでもワシらの行方を追いかねんからな……後ろの部下達も、一家の安全の為と言えば、この処置に納得する筈……倉庫の連中の死体を見て、妙な動きを見せるかもしれん奴の事は、後で手を考えよう)
これ以上、部下達に動揺が広がる前に事態を収拾しないとマズい。
それに口では余裕ぶって見せたが、騎士団が来るかもしれない以上、一刻も早くアジトを移して逃げねばならない。
手を打たねばならない事は色々あるが、まずは、この場を切り抜ける方が先だ。
「ふ……ふははははっ! ワシらが怪物だと? 苦し紛れにつまらん嘘を! 倉庫に怪物がいたのは知らなかった! 掃除してくれたなら礼を言おう。だが、もう良い。死ねっ!」
ラングドンが片手を上げると、少し遅れて後ろから大勢が弓を引き絞る音が聞こえた。
無念そうな狼小僧が、悔しそうにラングドンを睨みつける小娘を守るように、前に立つ。
ラングドンが手を振り下ろそうとしたその時、突然、叩き付けるような凄まじい突風が吹いた。
矢を放つどころでは無い。
その突風に煽られた大量の大粒の雨が、ラングドンの体を叩く。
「ぎゃああああーーーーーっ」
雨粒を浴びたラングドンは、その熱湯の如き熱さに思わず絶叫を上げた。
絶叫を上げたのは、横に並ぶ妻と側近達も同じ。
彼等は、肌に着いた何かを拭おうと懸命に肌をさすっている。
何かが、肌を侵していく。
それは、見る間に肌から体の内側へ痛烈な痛みと熱さを伝え始め、ついにはその苦痛に耐えられなくなり、思わず一際大きな叫び声を上げた。
ようやく熱さと痛みが引いた時、後ろの部下達から、怯えに満ちたどよめきが上がる。
その声に驚き、ふと自分の腕を見ると、人肌の色をしていない。
凄まじい稲光に照らされたその肌は、真の色の濃い緑色。
強烈な落雷の音が轟く中、ラングドンは自分の変身が解けた事を悟った。




