第16話 ラングドン出現
激しい雨の中、ロディ達は手頃な物陰を探して懸命に走っていた。
追われる立場になって初めて気付いたが、この広い芝生の庭は、庭木や物陰等の隠れられる場所が極端に少ない。
隠れられる場所を無くす事で、警備をしやすくする工夫だろう。
闇に包まれた庭に、凄まじい稲光が差す。
その光で、やっと手頃な物陰を見つけて駆け寄ったが、近くに若い男がいた。
周囲は、月明かりも消えた深夜の闇。そして猛烈な雨と雷。
ロディは、音を立てなければやり過ごせるかと期待したが、再度の稲光の後、なぜか男とバッチリ目が合ってしまう。
姿消しの効果が切れかけ、調子の悪い時に鉢合わせた様だ。
一瞬、何が起きたのか分からず、呆気にとられたロディの前で、彼も驚いた様にぽかんと口を開け、幽霊を見るような目でロディを見ていたが、突然、我に返ったかのように大声を上げた。
「し、侵入者だーーーーっ!」
「ちっ!」
思わず舌打ちをこぼしたロディが、スタンロッドで男を叩いた。
叩かれた男が、糸の切れた人形のように、どさっと崩れ落ちる。
急いで回りを見回すと、男の叫びに気付いたのか、遠くから明かりを手に何人か走ってくる。
「マーシアさん、こっちだ!」
焦るマーシアの手を取って、迫り来る追っ手の反対側に逃げた。
「いたわーーーっ! こっちよーーーーーっ!」
強烈な稲光の後、それほど遠くない所から、若い女の叫び声が上がる。
どうやら、姿消しの効果が完全に切れたらしい。
こうなったら、一旦、道路に面した塀から外へ逃げるしか無いだろう。
夜の闇の中、明かりを手に迫る盗賊共が増えていく。
庭の照明や建物の窓にも、次々と明かりが灯る。
先の稲光のものか、激しい落雷の音がした直後、懸命に走るロディの右脚に突然激痛が走り、つんのめる様に倒れた。
「ロディ君!」
ずぶ濡れのマーシアが、崩れ落ちるロディを見て悲痛な声で叫ぶ。
激痛が走る右の太股を見ると、矢が刺さっていた。
矢が飛んできた方を見ると、稲光に照らされ、遠くに大柄で太った男がいる。
激しい雷雨の中、この距離で、よく当てた物だ。
その太った男が、大勢の賊を引き連れて走ってくる。
この足では、もう逃げられない。
すぐに、外にも追っ手が回り込むだろう。
それを見たロディは、急いで背嚢から縄を取り出し、ウェストポーチから懸命に薬か何かを探しているマーシアに渡した。
「この足じゃ、逃げられない……僕が囮になるから、そこの塀から逃げて。君だけなら逃げられる!」
大勢の賊が向かってくる中、縄を受け取ったマーシアが俯いたが、彼女は、すぐに強張った顔を上げた。
「……あたしだけ、逃げるなんて出来ない……」
「君が、酷い目に遭う所なんて見たくないんだ! 良いから早く行けっ!」
思わず怒鳴り声を上げたが、ずぶ濡れのマーシアは、恐怖を抑え込む様に歯を食いしばって動こうとしない。
程なく、弓を手にした数十名の盗賊共が、二、三十パスル程(六から九メートル程)の距離を取って半円状に取り囲み始めた。
もう、マーシアも逃げられない。
ロディは説得を諦め、よろめきながら立ち上がり、手に持つ姿消しの札を破きながら彼等の方を向いた。
マーシアも立ち上がって、諦めた様に札を破いている。
ずぶ濡れの盗賊共が、こちらに向けて一斉に弓に矢をつがえていく。
「お前達は誰だ? 誰に頼まれて何の目的で侵入したか言え。吐かんなら拷問に掛けてやる」
野太い声の後、盗賊共の間から、先程の大柄な太った男が十名ほどの男女を伴って、五、六歩前に出てきた。
彼を見ていると、水精霊ネロの訝しむような声が小さく聞こえてきた。
「……ねぇ、あの太った奴と取り巻きは人間じゃないと思うわ。多分、怪物よ」
「ネロさん、間違いないのかい?」
「……間違いないわ。さっきの奴と違って分かりにくいけど、あいつら悪魔か何かね。あれじゃ正体を見破る道具でも、並の物じゃ見抜けないと思うわ」
透明な彼女の姿は、この暗さと大雨で見えないが、その声には自信が窺える。
「マーシアさん、ネロさんの怪物を見抜く力、信じて良いかい?」
「ええ。弱い精霊ならともかく、この子が言うなら信用できるわ」
マーシアの表情には、自信が覗える。
それにネロ達は、姿消しを見破る力の持ち主だ。
化けた怪物を見抜く力、信じて良いかもしれない。
「疑うんだったら、奴等に聖水を浴びせたら一発で分かるわよ? どんなに化けるのが上手い怪物も、神様の力の籠もった聖水には絶対に勝てないもの」
ネロが、不満げにこぼした。
自分の力を疑われたのが、気に入らなかったのだろう。
「あ、疑ってゴメン……それと、残念だけど僕は聖水を持ってない」
「あたしも……」
「おいっ! 早く何とか言えっ! それとも死にたいかぁーーーーーっ!」
太った男が、野太い声で怒声を上げた。
いつまでも動かぬロディ達に、苛立ったらしい。
こうなっては、逃げるのも、戦って道を切り開くのも無理だ。
ならば、嘘でもハッタリでも、口から出任せでも何でも良いから、何とか敵の譲歩を引き出し、最悪でもマーシアだけは無事に帰さねばならない。
今、交渉の材料として使えるのは何か?
それを、どう使うか?
ロディは、懸命に頭を巡らせながら、自分達には余裕があるような態度で話しかけた。
「僕達は、あんたらが盗んだ物を取り返しに来たのさ。僕達が朝までに戻らなければ、仲間達が、ここを騎士団に通報する事になってる。だから、大人しく盗んだ物を返してくれないかな?」
「ふ! 騎士団だと? それがどうした?」
太った男の顔に、馬鹿にする様な笑みが浮かぶ。
お尋ね者の盗賊団にとって、秘密のアジトに、治安を守る騎士団が捜査に来るのは組織を揺るがす一大事の筈だが、全く歯牙にもかけていないかのようだ。
盗賊共の様子を見るに、この太った男が親分のラングドンだろう。
緊急時に駆けつける人数だけで、これほどの数の大組織を束ねる大親分だ。
痛い所を突かれても、それを態度に出す様な小物では無いと思う。
だから、この程度の反応しか返ってこないのは予想の内。
だが、それと同時にロディは、先程のネロの言葉が示す意味を考えていた。
だから……これなら、ひょっとしたら。
「余裕だねぇ。さすがは怪物だ! その姿だと、正体は悪魔か何かかな?」
その言葉を聞いたラングドンの顔が、一瞬険しくなる。
「僕達には、あんた達の正体が丸見えさ! 倉庫の怪物共は、あんたの本当の手下かい? ねぇ? 僕達が、ここの怪物の事を何も知らずに来たと思ってる?」
ネロは、太った男と取り巻きが怪物と言った。
つまり、彼等の背後の連中は普通の人々だ。
かつてのラングドン一家は、庶民を泣かせて私腹を肥やす悪徳商人や貴族だけを狙い、奪った金品を悪徳商人の犠牲者や貧民に分け与える、義侠心あふれる盗賊団だった。
その心意気が、まだ完全に死んでいないのは、セオが善良な商人だからと言う理由で、銀灰を半分しか奪っていない事からも推測が着く。
その彼等が、自分から人に害をなす怪物と組むとは思えない。
もしかしたら、後ろの盗賊共は、怪物の事を知らないのかもしれない。
そこに、つけ込む隙が無いかと一縷の望みを抱いたが、彼等の反応は冷たい。
ずぶ濡れのロディが、挑発する様に吐き捨てた言葉が聞こえたのだろう。
ラングドンの後ろの盗賊共から、失笑が起きる。
苦し紛れの嘘だと思ったのか、もしくは既に怪物の手先になっているのか?
アリシアが探していた聖水があれば、怪物共の正体を簡単に暴いて盗賊共の反応も変わったかも知れないが、それが出来ないのがもどかしい。
ロディは、失意を抱いたが構わず続けた。
「僕達に手を出さず、盗んだ銀灰も返すなら、このアジトや、あんた達怪物の事は騎士団に黙っててやるよっ! 治安維持を担う騎士団が、町にお尋ね者や怪物が入らないよう必死なのは知ってるよね? このまま朝になれば、奴等が血相を変えて強制捜査と怪物討伐に来るよ? さぁっ! どうするっ?」
挑発する様に吐き捨てた時、強烈な雷がどこかに落ちた。
稲光に照らされ、太った男の、ロディを呪い殺さんばかりに睨む憎々しげな顔が浮かんだが、それは彼の後ろの連中には見えない。
激しい雷雨の中、ロディの言葉の後、いつまでも動かぬ彼を見て、後ろに控える盗賊共から徐々に失笑が消えていく。
それに代わるように、彼等の間に、静かに狼狽のざわめきが広がっていった。




