第15話 急転
ネロの絶叫が聞こえたロディは、咄嗟に盾を上に構えて飛び退いた。
その直後、上から降ってきた何かがすれ違い、盾を引っ掻く鋭い音が響く。
降ってきた何かに斧を叩き込むが、かすっただけ。
不意に嫌な感じがして飛び退くと、もう一匹が上から襲いかかってきた。
これの攻撃は当たらなかったが、ロディの攻撃も空振り。
落下してきた怪物は、後ろの仲間の所へ飛び退いていく。
ネロは、奴等が梁にいると言った。
新たな敵に気を配りながら慎重に上を見ると、闇の中、屋根裏を走る、むき出しの梁が幾つか見えた。
もう、そこに怪しい奴の姿は無い。敵は、これで全てだろう。
闇の中に、この黒い怪物がいても分かり難いだろうが、床の軋み音ばかりに気をとられ、上の梁を見落とし、注意を払わなかったのは迂闊だった。
新手は、この梁を伝って迫っていたのだと思う。
その時、身構えるロディの肩に、横から何かがぶつかった。
驚いたロディが、チラとそれを見るとマーシアだ。
彼女も一瞬驚いた様にこちらを見て、何かを警戒するように、すぐに視線を元に戻した。
「あたしの前にも二匹! 挟まれたわ!」
マーシアの声には、緊張が窺える。
彼女は、左手にメイス――金属の柄の先に、棘付き鉄球を付けた武器――を構えて何かと対峙している様だ。
多分、この怪物だろう。
ここは大きな棚が並ぶ建物の角で、前と横を抑えられては逃げ場が無い。
おまけに狭くて戦いにくく、こんな所でオークより遙かに手強い、怪物四匹に挟み撃ちされるのは分が悪すぎる。
自分達は、たったの二人。
床の軋み音から判断して、こんなに大勢の敵が来ていたとは夢にも思わず、闇の中で警戒する方向を限定すべく、建物の角に隠れたのが仇になったようだ。
ロディが、腰のホルダーから、先ほど警備局で買ってきたカートリッジを取り出そうとした時、横のマーシアが、右手の盾で口元を隠しながらロディに囁いた。
「あたしに考えがあるわ。あたしが叫んだら、屈んで目を瞑って」
「分かった。それでダメなら、僕が次の手を打つよ」
「ええ。その時はお願い」
ロディも盾で口元を隠し、怪物から目を離さず囁いた。
もし、彼女の策が上手く行かなかったら、即座にカートリッジを使う。
今回は、念の為に強い怪物にも役立ちそうな物を、幾つか買ってきた。
二段構えの手で行けば、打開の糸口が掴めるかもしれない。
怪物共は、先程倒された仲間を見ていたのだろう。
ロディ達と距離を取り、二匹が小声で何か相談している。
程なく、ロディの前の怪物が一匹、得体の知れない言葉を上げ、横でマーシアと対峙していた二匹が、何か答えるように得体の知れない声を上げた。
その直後、怪物共がジワジワと距離を詰め始める。
ロディが手斧を構え直した直後、奴等は一斉に襲い掛かってきた。
一匹は、高く飛び上がって上から襲いかかり、もう一匹はダッシュしてくる。
どちらかがやられても、もう片方が仕留める狙いだろう。
「フォス! 光をっ!」
怪物が駆け出したのを見て、マーシアが鋭く叫ぶ。
その声で屈んで目を閉じた瞬間、頭上で凄まじい光が迸り、周囲の闇を真っ白に染めた。
その強烈な閃光を直視したのか、走っていた怪物は立ち止まって目を押さえ、飛びかかっていた怪物は、その勢いのまま受け身もとらず、大きな音を立てて床に落ちる。
突然、目を潰された奴等は悲鳴を上げ、目を押さえてのたうち回るだけだ。
マーシアの策は、期待以上の好機を生んだ。
この機を逃す手は無い。
ロディが、即座に駆け出して怪物共の首に斧を叩き込むと、首の骨を叩き切られた怪物共が、絶叫を上げて息絶えていった。
後ろからも怪物の悲鳴が上がったが、激しい稲妻と大雨のお陰で、悲鳴や物音は外には漏れないだろう。まずは安心だ。
「ふぅ……フォス、ありがと。助かったわ」
振り向くと、マーシアの前にいた白く眩い何かが、縮む様に消えていく。
「マーシアさん、怪我は無い? それと今のは……?」
「あたしは大丈夫! それと、今のは光の精霊よ。目潰しが効いて良かったわ」
「ああ、助かったよ。じゃあ銀灰を探そ……」
微笑を浮かべたロディだが、全開ランタンの明かりの下、最初に倒した怪物共の死体を見て背筋が凍った。
「マズい! すぐにこの建物から出よう!」
「え、どうしたの?」
ロディは、不思議そうに尋ねるマーシアに、うつ伏せの死体を指さした。
「怪物が糸を掴んでる! 何も起きてないから、多分、外の見張りに侵入者を告げる罠だと思う。すぐに誰か来るよ!」
「姿消しがあるから……あ!」
言葉を飲んだマーシアが、片手で口を押さえた。
顔に焦りの色が浮かぶ。
「今の奴……姿消しが効かない奴が来たら……」
「そう! ここで囲まれたらお終いだ! そろそろ姿消しも効果が切れる頃だし、すぐ外に出よう!」
一分一秒が惜しい。
ロディは、まごつく彼女の手を取って走り始めた。
まさか盗賊全員が怪物という訳では無いだろうから、外で隠れれば、姿消しの札が効いている内は一応安全だろう。
奪還は、外で手を考え直そうと思った時、ネロが不吉な言葉を口にした。
「ねぇっ! 姿消しの効き目が切れてきたみたい! 時々、姿がはっきり見える様になったわよっ!」
「ええっ?」
マーシアが、怯えたような声を上げる。
「とにかく走って! 外に行けば隠れるところもあるっ! 急いでっ!」
階段を駆け下りて建物から出ると、外は想像以上の激しい雨になっていた。
大急ぎで扉を閉めてランタンを消し、姿消しの札を交換できる場所を探して、ずぶ濡れになりながら庭へ駆け出す。
稲妻が光ると同時に、落雷の轟音が轟く。
その光に照らされて、広い庭を走る複数の人影が見えた。
あの戦いから、それほど時間は経っていない筈だが、盗賊共の動きが思ったより早い。
焦る心を抑え、ロディはマーシアと共に、大雨の庭を懸命に走った。




