第14話 未知の怪物
暗闇の中、マーシアと共に息を殺し、棚の陰に隠れて様子を覗っていると、鎧戸から差し込んだ凄まじい稲光が、倉庫の中を白く染めた。
その閃光に照らされ、二十パスル(約六メートル)位先に、一瞬、少し小柄な二人の人影が浮かぶ。
闇の中をここまで追って来るなら、もう隠れても無駄だ。
不吉な者の襲来を告げるかのように、先の稲光の轟音が大きく轟く。
「ランタン全開!」
マーシアに囁きかけて飛び出した直後、後ろから眩い光が満ちた。
ランタンの光を受け、十六、七パスル(約五メートル)ほど先に、眩しそうに腕で目を庇う若い男と、その後ろに立つ中年男の姿が浮かび上がる。
二人とも少し背が低く、粗末な服を着てナイフを持っている。
潜入時には気付かなかったが、倉庫の中にも不寝番がいたのだろう。
光を背に猛然と走り、相手が身構えるより早く、前に立つ若い男の素肌の露わな腕を、スタンロッドでぶっ叩く。
勝利を確信したロディの前で、男は短い悲鳴を上げて飛び退いた。
「えっ?」
ロディの口から、思わず驚きの声が漏れた。
これを受けて動ける人など、見た事も聞いた事も無い。
即気絶するのが普通だが、飛び退いた奴は、ロッドの当たった腕を痛そうにさすっているだけ。
気絶はしなくても、叩かれた痛みや、感電の痺れ等はあるのだろう。
後ろの中年男が、若い男を指さして嘲る様に笑っている。
「あ! こいつら人に化けた怪物よっ! 気配も怪物の物だし間違いないわ!」
後ろから突然、ネロの、はっとした様な声が上がった。
姿消しを見破った精霊の言う事だ。
信じて良いかもしれない。
どんな怪物が化けているのか分からないが、この狭い棚の間を、闇の中で何かにぶつかることなく動き、スタンロッドが効かないのを見るに、オーク等より遙かに厄介なのは間違いない。
「ロディ君! 精霊が言うなら間違いないわ! 気を付けて!」
マーシアの声を聞いて、男達がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。
「へっ……バレたんだったら、もう良い。この姿はやりにくい……死ね!」
若い男が、急速に姿を変えていく。
後ろの男もそれに続いた。
奴等の声と態度から察するに、奴等には、姿を消している筈の自分達が、はっきり見えているようだ。
これが、アネモスとやらが、一瞬気配を感じたという怪物かもしれない。
なぜ、騎士団の警備が厳重な、この町に怪物が入り込めたのか気になるが、疑問は後回しだ。
ここは狭くて、愛用の剣を振り回しにくい。
素早くスタンロッドをホルダーに戻し、腰に下げた手斧を構えた。
その僅かな間に、奴等は変身を終えたようだ。
その姿は異様な猫背で、元々小柄なせいか、かなり背丈が低い。
口には鋭い牙が生え、服の裾から伸びる毛を見るに、全身漆黒の毛に覆われているようだ。
ロディは警備局員になって長いが、この怪物を見るのは初めて。
警備局員同士の話でも、聞いた事が無い奴だ。
手強そうな未知の敵を前に、緊張で口の中に嫌な唾がこみ上げる。
先に動いたのは、怪物だった。
変身も早かったが、動きも速い。
手に持つナイフを、ロディに投げつけたかと思うと、猿のように手を床に付け、四本足で素早く駆けて飛びかかってきた。
飛んできたナイフを盾で防いだロディに、鋭い爪を伸ばした左手を振り下ろす。
左手を使ったのは、盾を使わせないためだろう。
この斬撃は、右腕の義手で受け止めた。
金属を引っ掻く鋭い音と共に爪が止まり、怪物の顔に驚愕の色が浮かぶ。
この義手を、安物の薄い籠手とでも侮り、自慢の爪で腕ごと切断するつもりだったのだろうが、この義手は、大金を掛けて高価な武具に使われる希少金属を惜しみなく使った特別製。
並の剣で斬られた程度では、ヘコみどころか、かすり傷一つつかない。
思わぬ事態に驚いたのか、着地した怪物は、信じられない物を見るような目で、ロディを見上げる。
それを見たロディは、隙だらけの怪物の首に、即座に手斧を叩き込んだ。
悲鳴と鮮血が飛び散り、首が半分切れた怪物が、どうと床に倒れて藻掻く。
コイツは、もう終わりだ。
即座に、後ろの怪物に向けて駆け出した。
奴は、仲間の勝利を確信していたのか棒立ち。
狼狽える奴の首筋に、素早く斧を叩き込む。
断末魔の声を上げて目を見開き、切られた首筋を押さえてよろめく怪物に、再び斧を叩き込むと、ようやく奴は倒れた。
「終わったかな?」
敵を倒したことを確認したロディが、斧に付いた血糊を振り払おうとした時、焦りに満ちたネロの金切り声が響いた。
「まだよっ! 上っ! 梁の上にいるわっ!」




