第12話 倉庫
ロディ達は、小雨の中、水精霊ネロの案内で庭を静かに走った。
目指すのは、盗賊共が色々な品物を保管しているらしい倉庫だ。
この建物を建てた人物は、レンストン指折りの豪商だったと言うだけあって、目指す倉庫も、ちょっとした劇場並の大きさがある。
「ネロ! どこから倉庫に入ったら良い?」
「うーん……ゴメン。分かんないわ。窓や扉から入ったら良いって思ってたけど、周りの建物に見張りがいるみたいだし……」
マーシアの囁き声に、ネロが困り切ったように囁く。
精霊達は、こういう事に慣れていないのだろう。
盗まれた銀灰の在処は突き止めたが、そこへの潜入方法まで頭が回らなかったようだ。
敷地内を見回すと、商人の邸宅だったと思しき建物や、授業員の寮だったらしい建物の、上階の幾つかの窓から弱い光が漏れ、時折人影が動く。
ネロの言う通り、不寝番がいるのだろう。
姿消しを使っていても油断は出来ない。
「マーシアさん、見つからずに潜入出来そうな所が無いか、一回り見てみよう」
「そうね」
倉庫に辿り着いた二人は、様子を覗うように倉庫を一周し、周囲の建物から陰になる壁際に身を潜めた。
自分達の姿は見えない筈だが、つい、いつもの癖で、敵の目を警戒して隠れながら行動してしまう。
警戒するように周囲を見回したマーシアが、真剣な表情で囁いてきた。
「ロディ君、どこから入る?」
周囲から物陰になり、見つかる心配が無い壁に窓でもあれば良かったのだが、残念ながら、そう言った箇所は丁寧に塞いだ跡があり、侵入出来そうに無かった。
さすが盗賊団と言うべきか、他の盗賊への対策は抜かりが無い。
「窓を開ける所を見られたら、姿消しを使ってても怪しまれる。入口へ行こう。大きな庇があったから、見張りの連中からは見えないかも」
「了解よ」
頷いたマーシアと共に、足音を抑えながら倉庫の入口へ回った。
倉庫の扉の上には、この建物を作った商人が、雨天の商品の出し入れで商品が濡れないように作ったのか、大きな庇がある。
これだけ大きな庇なら、扉を開けても上からは見えない筈だ。
警備の邪魔になりそうな庇を残したのは、盗賊共も、姿を消した侵入者が現れ、ここまで見つからずに入られるとは思わなかったのだろう。
この庇ならば、雨にも濡れずに済んで助かる。
扉には、鍵穴が見える。
扉に少し力を入れても開かない所を見ると、鍵が掛かっているようだ。
「僕が鍵を開けるよ。マーシアさんは、作業しやすいように灯りを持ってて」
彼女が頷いたのを見て、ロディは屈んで背嚢を下げ、中からピッキングの道具とランタンを取り出した。
ランタンの底面の蓋以外を閉じ、照度ダイヤルを切から最小に回すと、ランタンの下から淡い光が漏れる。
このランタンも、警備局が開発した、任意の方向だけを照らせる魔法の道具だ。
マーシアにランタンを渡して、ロディは鍵の解錠に取りかかる。
マーシアが、ロディの指示に従ってランタンを動かした後、横を見て小さな声を上げた。
「ネロ、周囲の警戒をお願い。誰か近づいてきたら、すぐに教えて」
「分かったわ」
それから、かなり長い時間、ロディは扉の鍵を開けるべく奮闘したが、大盗賊団が自前で作ったらしき鍵の解錠が物凄く難しい。
警備局員になってから色々な鍵を開けたが、こんなに難しいのは初めてだ。
姿消しのお陰で見つかる心配は無いが、明々と明かりを点けられないので、少し夜目が利く狼人族の目でも手元が暗すぎるし、音を立てられないので気を使い、効率が悪い事この上ない。
鍵を開けている内に、雨粒の落ちる音が少しずつ増えていく。
横で作業を見守るマーシアが、底面から弱い光をこぼすランタンを持ちながら、時折、不安そうに周囲を見回す。
ロディが、過ぎた時間の長さと解錠の難しさに本格的に焦り始めた頃、ようやく鍵穴からカチと小さな音が響いた。
「はぁ……やっと開いた……」
思わずこぼした言葉に、マーシアからも、安堵したような小さな吐息が漏れる。
ロディは、少し扉を開いて慎重に中を見たが、真っ暗で何も分からない。
「ランタンを貸して」
マーシアからランタンを受け取り、罠や異常が無いか慎重に調べたが、おかしな物は見当たらない。
「行こう。足下には十分気を付けて」
「ええ」
二人で中に入り、静かに扉を閉めると、闇の中、ランタンの底から漏れる淡い光が二人の足下を頼りなく照らす。
ようやく鍵を開け、安心して気付いたが、いつの間にか雨は本降りになっていたようだ。
時折遠くから雷鳴が轟き、雨粒が激しく建物を叩く小さな音が響く中、古い木造の建物にありがちな、埃っぽくカビ臭い匂いが鼻をつく。
異常が無いか周囲を見回していると、無音の稲光が窓の鎧戸から差し込んだ。
閃光に照らされて、倉庫に整然と並べられた。簡素で大きな棚の列が不気味に浮かび上がる。
「こっちよ、ついてきて」
近くの空中から、ネロの小さな声が聞こえた。
「あたしが案内するわ。ランタンを貸して?」
マーシアが手を伸ばしながら囁く。
「ええ。頼みます」
ランタンを受け取った彼女が、真剣な表情で頷く。
スタンロッドと盾を構え、マーシアと共に近くの階段を静かに上ったが、困った事に建物の痛みが進んでいるらしい。
慎重に階段を上っても、時折、床からギイッと嫌な軋み音がする。
こんな所に誰もいないとは思うが、気持ちは焦る。
二階も、一階と同じ様な棚が並んでいるだけだ。
周囲を警戒しながら、マーシアの先導で、時折軋む床を慎重に歩いていく。
「ん?」
少し歩いた所で、違和感を感じた。
先導するマーシアの、五パスル(約百五十センチ)ほど先の床スレスレに、ランタンか雷光の光を浴びた細い何か、もしくはその影が一瞬見えた気がしたのだ。




