第11話 潜入開始
「……それは……確かに、もう待つのは限界だと思うけど、あたしも正確な場所は知らないのよ」
ロディを見るマーシアに、少し困った様な表情が浮かぶ。
「知ってるのは精霊だから、案内して貰わないといけないんだけど、この子がロディ君に見える? ネロ、出てきて」
マーシアの様子から、何かが現れたらしいが何も見えない。
彼女の視線の先を凝視して初めて、彼女の前に、幼児と同じ位の大きさの、透明な何かが浮かんでいるのが見えた。
よく見ると、弱い月明かりの下、水を通して何かを見た時のように向こう側が少し揺らめいて見えるせいで、それの存在が何となく分かる。
風精霊と違い、姿が非常に見えにくいが、彼女には、はっきり見えている様だ。
「何? マーシア」
ネロとやらが声を発した。声から察するに、この精霊も少女だろう。
「あなたを紹介したいの。ちょっと、そこにいてね」
マーシアが、精霊らしき存在を指さしてロディを見た。
「ロディ君、この水精霊の姿が分かる? 精霊使いのあたしには、よく見えるんだけど」
暗闇の中、目を凝らして水精霊を見たが、本当に姿が見えにくい。
何かで目を離した隙に、少しでも移動されたら、もう分からなくなるだろう。
ロディは、お手上げという風に軽く両手を上げた。
「分かった。降参。僕には見えない。でも案内はアネモスさん? に頼めば良いんじゃ? あの精霊さんなら僕にも見えるし」
「ロディ君に姿が見えるって事は、中の盗賊にも見えるって事よ。あの子、姿を現すと淡い光が出るから夜だと目立つわ。だから夕方、この子にも在処を見てきて貰ったのよ」
「あっ、そうか!」
言われるまで全く気付かなかった。
「分かってくれた? 本当に行くなら、あたしも行くわ。ロディ君の言う通り、もう待つのは限界だと思うし」
そう言ったマーシアが、笑みを浮かべる。
「それに、その姿を消す道具を貸してくれるんでしょ? あれ凄いじゃない! 姿を消す道具は時々見るけど、仲間同士は見える道具なんて知らなかったわ! 貼れば仲間以外から姿が見えなくなるんだもの。音や光を出さない様に気を付けたら、コソ泥のアジトなんて楽勝でしょ? 母さんは少し深刻に考えすぎね」
「でも……アリシアさんの許可無く、君を危険な所へ連れて行くのは……」
「あたしは傭兵。それに、もう大人よ?」
マーシアが苦笑いを浮かべる。
「危ない事なんていつもの事だし、命令で母さんと離れて、他人と行動なんて珍しくもないわ」
そう言われても、アリシアとの約束の事もある。
悩んだロディは、姿消しという言葉を思い出してピンときた。
待つのは限界だから奪還に向かうしかないが、彼女との潜入が危険そうなら一旦脱出すれば良い。
盗賊相手なら、姿消しを使えば、まず見つからないし脱出も簡単だろう。
それに、怪物の気配は一瞬だったという話だから、数は多くないと思う。
ひょっとしたら、脱出する頃には、アリシアも来ているかも知れない。
「うーん……まぁ、分かったよ。でも姿消しは万能じゃ無い。それが効かない怪物は多いから絶対に油断しないで……それと中では僕の指示に従って欲しいけど、それはいい?」
「……ロディ君は、六等警備局員だったわね。分かったわ」
頷いた彼女に、姿消しの札を二枚渡した。まずは二時間分で十分だろう。
札の裏には、既にロディとマーシア達の名前が自筆で書かれているので、この三人は互いの姿が見える。
「銀灰を奪還したら、僕の背嚢に入れて回収しよう。これは魔法の道具で背嚢より大きい品物も入るし重さも軽くなるから……そうだ、さっき教えたスタンロッドの使い方は覚えてる?」
「もちろんよ」
返事を聞いたロディは、背嚢から糊とスタンロッドを取り出して彼女に渡した。
魔力切れを起こしたスタンロッドは、先程、警備局で新品と交換している。
「じゃあ、札は一枚だけ貼って。二枚一度に貼っても効く時間が延びたりしないから」
「分かったわ」
二人は、鎧を脱いで札を内側に貼り付けていく。
札を貼り終えて、再び鎧を身につけたマーシアが、少し不安げに自分の手足を見まわした。
「何も変わってないような気がするけど……これ、本当に大丈夫なの?」
「自分じゃ分からないけど、大丈夫。札は一時間持つから五十分後に交換しよう。それと万一の時は、これが盗賊に渡らないように破いて欲しい。じゃあ行こうか」
「ええ。じゃあ、アネモス。光を抑えて出てきて」
その声と同時に、昼間見た、羽の生えた緑髪の少女が微かな光を纏って現れた。
彼女が発する淡い光を見て、マーシアの言葉を思い出したが、確かに彼女の姿は夜や暗闇だと目立つ。
彼女に道案内を頼むのは、無理だっただろう。
「アネモス、母さんが来たら伝えて。もう待てないから先に行ったって」
アネモスが不安そうに頷く。
それを見たマーシアは、先程から待機していた水精霊を見た。
「ネロ、夕方、アネモスと銀灰の場所を見てきたでしょ? そこへ案内して」
「……本当に良いの? 絶対に、アリシアが行くまで待てって言われたじゃない」
「いいの。もう待ってられないわ。この機会を逃したら、二度と取り戻せなくなるでしょ?」
「……うーん……それもそうだけど……後で怒られるわよ? 知らないからね?」
ネロの声は不満そうだったが、移動を始めたようだ。
マーシアが建物に向かったので、ロディとアネモスも後に続いたが、ふいにマーシアが不安そうに振り向いた。
「ロディ君、精霊達はあたしの方を見てたわ。この姿消し、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。さっきも言ったけど、これが効かない怪物は多いんだ。まぁ、精霊って存在に試した事は無いから、どう見えるか聞いてみたら?」
「そうね……ねぇアネモス、今のあたし達ってどう見えてる? 姿が消えるって道具を使ったんだけど、効いてるかどうか分かんないから……」
マーシアに問いかけられたアネモスが、不安げな彼女を凝視して言葉を発した。
「……うーん……今は、凄く変な感じに見えるわねぇ……透けてるし、ぼやけて見えるし……多分、本当に普通の人には姿が見えないんじゃない?」
「ホントに? ……良かった。ありがと」
アネモスは少し自信無さそうだったが、マーシアの不安を解消するには十分だった様だ。
その時、安堵の表情を浮かべる彼女の横から、ネロの小さな声がした。
「マーシア、中を見たけど人影はないわ。本当に行くんだったら今よ」
それを聞いたロディは、背嚢からフックの付いた縄を取り出した。
縄には、所々こぶを作る様に結び目を作り、登りやすくしてある。
フックを塀の向こうに放り投げた後、縄を引いてみたが、上手くフックが何かに引っ掛かったようだ。
フックが外れない事を確認してから縄を登り、塀の向こうを見ると、濃い雲の合間から時折差す弱い月明かりの下、広い芝生の庭が広がっているのが見えた。
庭に人影は無いが、悪い事に、段々顔に当たる雨粒が増えている気がする。
塀に跨がってマーシアを手招きすると、彼女は兜の面を下げて、するすると縄を登って来た。
縄を回収したロディが、塀の向こうに静かに飛び降りると、マーシアもそれに続き、真紅の髪をたなびかせながら、慣れたようにロディの横に音も無く着地する。
「どうしよう……本当に行っちゃった……すぐアリシアに知らせないと!」
不安げに呟いたアネモスが姿を消した直後、新レンストンへ向けて、一陣の風が吹いた。
もう零時を過ぎたので、日付が変わっている。
セオが銀灰を納品せねばならない期日まで、今日を含めて、あと七日だ。
マーシアと共に広い庭に降り立ったロディは、この時、簡単だと思っていたこの任務が、生涯忘れられない物になるとは予想もしていなかった。
ここまで読んで下さり、誠に有難うございます。
都合により、明日9月28日の投稿は12時20分頃にさせて頂きます。
よろしくお願い致します。




