24. 新しいサリアン邸
リオレットたちのお披露目会以来、久しぶりに訪れたサリアン邸。
つい最近までごたついていたとは思えない落ち着きで、エディウスたちを迎え入れた。
「お待ちしておりました、エディウス様。私がコリーヌ様の代理を務めております、ナディア・サリアンでございます。宮廷舞踏会の日以来ですわね」
代理人として現れたのは、ふくよかでおっとりとした雰囲気を纏う女性だった。大らかな人柄が滲み出ているように見える。
少なくともコリーヌよりは、ずっと信頼に値する人物に見えた。
「貴女がリオレットの教育をされると聞いて安心しておりました。よろしくお願いします」
そして彼女から最初に案内された部屋は、サリアン伯爵個人の応接室だった。
すぐにリオレットに会えると思っていたからがっかりしたけれど、この二人が何を話すのかも興味はある。
可愛いカップルを見るのは少しの我慢だ。あれからのサリアン家のことを聞けるかもしれないので、エディウスのそばを離れずに一緒についていくことにした。
「エディウス君、この度は我が家のことで大変なご迷惑をお掛けしてしまった」
応接室に置かれたソファーに座り、沈痛な面持ちでサリアン伯爵が彼に頭を下げる。
「本来ならば、君のお父様から婚約の解消を申し出されてもおかしくない立場だった。それなのに君がリオレットとの婚約継続を望んでくれたと聞いて、本当に助かりました」
「それは父から聞いたのですか?」
「ああ、そうです。本当は、サリアン家から距離を置こうと考えていたと釘を刺されました。本当にニールセン侯爵、そして君にも大変申し訳ないことをした」
まさか私の知らないところで婚約解消話が出ていたことを知って、今更ながら冷や汗をかいた。私がのんきに敷地内を散歩していた時に、父子で話し合っていたのだろうか。
「……サリアン伯爵。私への謝罪は必要ありません。辛い思いをして、長い間苦しんでいたのはリオレットなのですから」
「しかし――」
「むしろ謝るべきなのは私です。あれだけ幸せそうな笑顔を見せていた女の子が、新しい母が来てからそれが無くなったことを不審に思わなかった。愛想が悪くなったのも、ドレスが悪趣味なものに変わっていったのも、リオレットの我儘が悪い方に現れているのだと思い違いをした。気付ける機会はあったはずなのに、一方の話だけを信じてしまった」
「…………」
「継母と子の悲しい寓話など、よく聞く話だというのに。当時の私が経験と知識が乏しい子供だったとしても、どこかでその違和感を持てたはずだったのです」
「…………いや。本当は私が一番に気が付かないといけなかったんだ。リオレットには本当に申し訳ないことをした。もっと、娘や妻たちに目を向けるべきだった」
苦しそうにサリアン伯爵が呟いた。
エディウスの自責の言葉は、父親である伯爵にもそのまま当てはまる。むしろその元凶を作った本人なわけだから、その責任は重い。
エディウスにそこまで言われたら、伯爵も自分の不甲斐なさを認めるしかなかったのかもしれない。
初めて父親としてのリオレットへの思いを聞いて、僅かながらに胸のつかえが取れた気がした。
やっと父親が間違いを認めてくれた。反省して申し訳ないと思ってくれた。
たったそれだけのことなのに、私の中に沈んでいた澱のようなものが、ゆっくりと溶け出していくような気がした。
それから今後のサリアン家について話し合いをした後、やっとリオレットのところへ向かうことになった。
近衛府で会って以来だから約二週間ぶりの再会だけれど、面会そのものはもう一ヶ月以上前のことになる。
新生活になってから初の面会。
どんな交流になるのか、とても楽しみにしていた。
「エディウス様。再びこうしてお会いできる日を、心待ちにしていました」
通された部屋は、私が最初に訪れた温室だった。
あの時は滑稽なピエロのようないで立ちで、度肝を抜かされた思い出がある。
でも今日は、彼女によく似合うカスタード色のドレスを身にまとい、はにかむように微笑んでいた。華美でもなく地味でもなく、とても可愛い。
「元気そうで良かった。今日まで色々とあっただろうから心配していた」
「お気遣いありがとうございます。私も、近衛府でお会いして以来エディウス様のことが気になっておりました。事件は解決したようですが、社交界ではその影響を受けているのではないかと」
お互いに労いの言葉を掛けていると、ここまで案内をしてくれたナディアが彼らに声を掛けた。
「色々と積もる話もあるでしょう。二人とも席にお座りになって、私は少し離れた所で休んでいますわ」
そう言うと、侍女を置いて本当にその場から離れてしまった。リオレットに遠慮があるのか、それとも気を遣ってくれたのか。どちらにしろコリーヌのように場の主導権を握るつもりはないようだ。
「…………」
「…………」
あれ? 着席した二人は、先程とは打って変わってぎこちない素振りを見せる。
「……今の生活には慣れたか? ナディア夫人が今この家を取り仕切っているようだが」
「は、はい。叔母様はとても優しくて、いつも良くしていただいております」
「そうか。――環境が変わって不安なことや大変なこともあるだろう。そんな時は我慢せず、いつでも頼ってほしい。……今更俺を信頼することは難しいだろうが、何かあれば駆け付けるようにするから」
「信頼するのが難しい……なぜそのようなことを仰るのですか?」
意味が伝わらないのか、彼女は不思議そうな顔をしてエディウスに質問をする。
「それは……リオレットはずっと見てきただろう。俺は君が辛い状況にあることに気付かず、厳しい態度を取ってきた。だから――――」
「まさか、今までそのようにご自身を責めていらっしゃったのですか?」
心底驚いたというように、リオレットは目を見開く。
「そんなこと……私はエディウス様を恨めしく思ったり失望したことなど、これまで一度もございません。使用人として扱われる生活の中で、貴方だけが私を伯爵令嬢らしくあるように正そうとしてくださいました。それは私の中にある小さな誇りを守り、心の支えでもあったのです。
私はこれまで、自分の置かれた状況を誰に訴えるわけでもなく、ただ流されるままに生きてきました。今思えば、抗うよりも諦めて受け入れてしまった方が楽だったのかもしれません。私自身がそうしてしまった責を、エディウス様に押し付けようなどと思っておりません」
リオレットは勢いよく饒舌に語った。やや興奮したように話すのは、それだけ必死に伝えたかったのだろう。
これほどよく喋る彼女を見たのはエディウスも初めてだったのか、少しだけ驚いた様子を見せた後、穏やかに「そうか」とだけ言って頷いた。
彼はそれ以上何も言わず、リオレットの言葉を受け取った。それがなによりも胸を温かくさせた。
これ以上後悔の念を吐き続けても、きっと彼女の誇りを傷つけ重荷になってしまう。それを理解したのだと思ったから。
『お前との婚約を破棄する!』
小説の中でそう言い放ったエディウス。
背景を知れば、彼にとって重い一言だったと今ならわかる。だけどあまりに一方的な正義の暴走だった。
もしエディウスがあの頃のままだったなら、今も自分の信念に従い、自分の気が済むまで謝罪を繰り返していたかもしれない。だけど今ここにいる彼は、リオレットの想いを汲み言葉を飲み込んだ。
だから、きっと大丈夫。
この二人は互いを思い合える関係になれたのだと、そう感じることが出来た。




