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23. 解放の後



 

 サリアン一家が近衛府から解放されたのは、翌日の昼を過ぎてからだった。


 その決定が下されたのは、近衛府長官室で捏造の事実が正式に認められた後のこと。

 どうやら書類の不正部分に、文字を削り取った跡が見つかったらしい。気付きにくいけれど、よく見れば上書きされた文字に不自然な滲みがあるなど、証拠の綻びが浮かび上がってきたそうだ。

 その他にも、空白行に偽の記録が書き足されていたりと複数の不審点も見つけ、近衛府内は大慌てだったらしい。



 

 エディウスとクラードの激しい争いの後。 

 彼からの宣言を聞いたクラードが、大人しく投了したことで決着がついた。

 それまでの荒々しいやりとりは静まり、彼は生気のない表情で立ち上がると、司令官室へ戻ることを淡々と告げた。

 

 こうして二人の対決は、誰の目にも触れることなくひっそりと終わった。


  

 その後は粛々と物事が進み、クラードは司令官とともに宮殿へ向かった。エディウスもそこに同行する許可をもらい、そこから長官室での重苦しい話し合いが始まった。


 まず監察局に会計院の書類を送る前に、クラードは自分の罪を認めた。企てた計画とサリアン家の実情、そこから繋がる動機を詳らかに話し、それを裏付ける形でエディウスが証言する。


 これほど大胆な計画を企てたというのに、クラードはあっさりと全てを露わにした。

 その姿はまるで灯火が燃え尽きた空っぽな器のようで、彼の中から大切なものが失われたのだと見て分かった。

 

 もしかしたら、リオレットを救うことは彼自身をも救うことだったのかもしれない。

 司令官室を出ていく時、ここに匿われていたリオレットを見て「今までありがとう」と彼は言った。それはすべてを諦めた、最後の挨拶のようだった。



  

 そして会計院不正冤罪事件は、司法院に渡ることなく内々に処理されることになった。


 国王の庶子クラード・ロイズ公爵が起こした事件であること、その彼の計画に乗せられた近衛府の責任問題にもなることから、国王が公にしないよう命令したらしい。

 皮肉ではあるけれど、クラードが自分のテリトリーで有利に行動しようとした結果、騒動が大きく燃え広がらずに沈下した……という内容のことを、エディウスたちの会話から知ることになった。


 けれど事件に巻き込まれたモーリア侯爵、息子を犯罪者に仕立て上げられそうになったニールセン侯爵、当事者であるサリアン伯爵を敵に回したことには変わりなく、国王に泥を塗った形となったクラードは、お咎めなしでは済まないだろうとの話も出ている。



 また、無実となったサリアン伯爵の解放が一日遅れたのは、リオレットへの虐待が明らかになったことが理由だった。

 クラードが最後に落としていった爆弾は、エディウスの証言もあって事実とみなされた。


 ただこの国では虐待が罪となるわけではなく、その事実を知ったサリアン伯爵が家に帰ることを拒んだせいだという。冤罪を掛けられた心労と、虐待の話にショックを受けてコリーヌたちと顔を合わせたくなかったらしい。


 私はその話を聞いて、なんだか無性に苛立った。どうしてそんなに無神経で鈍くいられるのか。なんで被害者面ができるのか。

 いきなり他人を家に連れてきて、無理矢理『家族』を押し付けたのは自分自身のくせに。

 

 サリアン伯爵に自分の父親を重ねてしまって、苦い思いが胸に重くのしかかる。


 

 気持ちを落ち着かせようと大きく溜息を吐いたら、それがエディウスに聞こえたらしい。

 周囲を見渡して私を探した。



「女神様、ここにいらっしゃるのでしょうか?」

「なんだ、昨日お前が言っていたことか」



 エディウスが家に戻ってから三日後、それらの説明を受けるためにニールセン侯爵から呼び出されていたところだった。

 今回の事件が発覚したすぐ後に、どうしてクラードの企てに気付いたのかという話の中で、父親にだけ私の存在を明かしていた。



〈……はい。貴方が無事に帰ってこられてなによりです〉


 いきなり話を振られて、何も考えてなかった私はとりあえず思ったことを口にする。



「私をここまで見守り、導いてくださったことを心から感謝申し上げます」


 改めてエディウスから、かしこまったお礼を言われた。

 彼からは騒動の後すぐにも礼を言われたけれど、その時に気になることを言われた。私がクラードの剣から守ろうとした時、実は僅かに私の姿が見えたのだという。

 

 あの時は確かに不思議なことが立て続けに起きていた。なぜ扉を閉じることができたのか。クラードの剣を弾いたのか。

 それは今も分からずじまいだけれど、⋯⋯私の姿を見たということだけは、恥ずかしいので無かったことにしてほしい。


  

「女神様は何と申されたのだ?」

「無事で良かったとの御言葉を授かりました」


 エディウスがそう話すと、ニールセン侯爵にまでお祈りまで捧げられてしまった。

 そんなに何度もお礼を言われても、女神を自称しているだけだから、変にこそばゆさを感じてしまう。


 とにかく気持ちを受け取ったことを彼に伝え、親子の会話の邪魔にならないよう、そのまま口を閉じた。

 

 




 事件がひっそりと収束してから一週間。

 エディウスの生活はいつもの日常に戻り、その後も会計院の仕事も続けている。


 対してサリアン家は大ごとになっているらしい。コリーヌたちによる虐げを知った伯爵は、とにかく怒り心頭となっているようだ。

 長女を使用人扱いされた屈辱と、何よりも伯爵家の面子を潰したことへの怒りだろう、というのがニールセン侯爵の見方だ。



 それはそれで私の中ではモヤモヤしたけれど、結果的にコリーヌとミレイナは屋敷から追い出されたと知って一安心した。

 表向きは病気療養という理由で、彼女たちが以前暮らしていた別邸に送り返したのだという。


 そしてコリーヌの代わりにしばらく屋敷を取り仕切ることになったのは、晩餐会にも招かれていた伯爵の弟の奥さんだという。彼女が一時的にこの家に入り、リオレットの教育の面倒も見るらしい。


 まだ完全に安心したわけではないけれど、それを聞いてホッとした。

 もう、コリーヌによって虐げられることはない。誰にも邪魔されずにリオレットは幸せになれるのだと思うと、ここまで見届けきて良かったと心から思えた。




 そして更に一週間が経ち、エディウスは事件後に初めてサリアン家を訪れることになった。

 私がそれを知ったのは当日の朝で、レノがエディウスにスケジュール確認をした時のこと。

 最近は側に居ることも少なくなっていたから、離れていた間に約束を取り付けたのだろう。


 今はもう彼に注意を向けることも、アドバイスをする必要もなくなった。だから暇だと思えば一人で庭に散歩に出たり、仕事中は王宮をうろついたりして自由に動き回っている。

 その時にクラードの姿も探してみたけれど、結局王宮では見つからなかった。

 彼は今どうなっているのか。エディウスが無事になった今、クラードのことが気がかりだった。


 

◇ 



「レノ、以前リオレットの為に用意した贈答品の手袋を持ってきてくれ」


 早めの昼食を済ませた後、外出の準備をしながら彼にそう伝えた。


「手袋とは、もしかしてリオレット様の社交界デビューの祝いの品ですか?」

「ああ。今更だが彼女に渡したしたいと思っている」

「しかし……もちろんご用意しますが、よろしいのですか?」


 二人のやりとりを聞いて、そういえば以前にそんな話をしていたことを思い出す。あれは適当に作った品だから、別のプレゼントを渡したいということで宝石商を呼んだ時のことだ。


「ああ。そうだな……これを彼女に渡すつもりはなかったが、思い直した」


 なぜ今頃になって?と不思議に思ったけれど、きっと彼なりに考えがあるのだろう。




「では、行こうか」


 準備が整った後、エディウスはサリアン家へと向かった。









明日のお昼頃には完結できると思います。

あとわずかですが、お付き合いください⋯!



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