20. 自称女神の限界
「副司令官閣下、司令官がお呼びです」
クラードとリオレットの間に微妙な空気が流れ始めた時、近衛兵の一人が現れた。
「わかった、すぐに行く」
そう返事をすると、リオレットに向き直り再び柔らかな口調に戻る。
「少し言葉が強くなってしまって悪かった。でも本気で心配していたことだけは分かってほしい」
言い聞かせるようにゆっくりと伝えると、クラードは立ち上がり部屋を出ていった。
⋯⋯これはついていくしかない。
エディウスの元へ戻るのを後回しにしてでも、彼らの出方を探る方を優先させる。
自称女神の私には何の力もない。ならばせめて、情報を集めてエディウスに教えなくては。そんな思いでクラードの後を追った。
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〈……そういうわけで、サリアン伯爵とコリーヌ母子は横領犯としてこのフロアに軟禁されています。クラードは確実に、あなたとサリアン一家を吊るし上げ破滅へと追い込むつもりです」
二人の話し合いを盗み見た私は、すぐに引き返してエディウスに報告した。
彼は相変わらず、静まり返った部屋で待たされ続けていたようだ。
さて、あの場で感じた違和感をどう伝えようか。
何とも言えない独特な空気感を言葉で表そうと考える。
司令官室での話し合いは、クラードが饒舌に語り続けていた。対して司令官はどこか消極的な印象を受けた。
副司令官であるはずの彼が主導権を握っている。そんな風に思えたのだ。
実は、エディウスの職場でも近い光景を目にすることはある。彼は部下として上司の指示に従っていても、相手方が彼を敬っている節がある。
身分と役職の捻れた上下関係が、クラードと司令官の間では悪いように作用しているように見えた。
つまりクラードと司令官の間には、この事件に対する姿勢に温度差がある。
〈今回の強引な捜査は、クラードが国王に直訴して近衛府を動かしたようです。相手を崩すなら、そこが弱点とみて良いでしょう〉
耳にした事実と、そこから透けて見えた近衛府の現状を要約して伝えた。
エディウスは微動だにせずソファに腰かけ黙っている。室内のドア前で兵士が見張りをしているから反応ができないのだろう。
〈……それからリオレットのことですが、現在クラードの監視下にいます。以前にもお話しましたが、彼がこの冤罪事件を企てた理由は彼女を手に入れるため。リオレットは憶えていないようですが、子供の頃に二人は会ったことがあるようです〉
「…………」
やはりエディウスからの反応はない。状況的に仕方がないとはいえ、何かしらリアクションがないと私の声が聞こえているのか不安だ。
〈エディウス、この声は聞こえていますか? 話が理解できたなら、どこか身体を動かしてください〉
そう言うと、彼はすぐさま座り直して脚を組んだ。大丈夫、しっかり伝わっている。
〈安心しました。私の声は届いていますね。では続きを――〉
話そうとしたところで、ドアの向こうから重々しいノック音が響いた。
ドアの前にいた兵士が応対すると、今度はエディウスのもとへ歩いてくる。
「エディウス・ニールセン殿。司令官がお話を伺いたいそうです。ご案内しますので、どうかご同行を。それから申し訳ありませんが、従者の方はこちらでお待ちください」
丁寧だけど、態度には威圧感がある。
このヒリつく緊張感が怖くて、エディウスの顔を見た。彼は大丈夫だろうか。
「わかりました。私も色々と尋ねたいことがあるので」
私とは違い、彼は動じることなく立ち上がった。これから戦いに挑みにいくような、引き締まった表情をしている。
だけど、負けてしまわないだろうか。
相手は国王の息子で、彼より身分の高い公爵様だ。クラードがふっかけてきた一方的な喧嘩を、エディウスが跳ね返せるのか。
クラードの鶴の一声で問答無用で断罪されてしまわないか、それが一番怖かった。
逮捕されて社交界からの追放、小説の悪役にはお似合いの結末なのかもしれない。
だけどそれが嘘に塗れた結果なのだとしたら、それは正義でもないただの化かし合いだ。
布団の中で小説を読んでいた私は、間違いなくエディウスに痛い目を見て欲しいと思っていた。
でもこの二ヶ月間を彼と過ごして、変わっていく彼を見て私も考えが変わった。
今はもう、彼の悲惨な末路なんて見たくない。
どうかお願い。この世界に本物の神様がいるのなら、エディウスを助けてください。
そう祈りながら、彼の後ろ姿を眺めていた。




