19. ヒーローとヒロイン
騎馬兵に先導されて、エディウスは自宅の馬車で王宮に向かうことになった。
逮捕ではないためか、従者の同行も許され、レノも一緒に馬車に乗りこむことが出来た。
「思った以上に早かったですね」
車輪が音を立てて走り出すと同時に、レノは声を潜めて話しかける。
「ああ。昨日のうちに動いておいて正解だったな」
???
一体何の話だろう。会話の内容が見えず、私は疑問に思いながら耳を傾ける。
「今のうちに経緯と結果を教えてくれ」
「はい。まずエディウス様の仰っていた通り、会計院には多くの人が残っておりました。会計官長もまだ在室中でしたので、事情を話し協力を取り付けることに成功しました」
「そうか。まだ夜の浅い時間だったから助かった」
思い返せば宮廷舞踏会以降、レノの姿を見ていなかった。私はそれどころではなくて気に留めていなかったけれど、どうやら彼はエディウスの指示で会計院へ向かっていたらしい。
昨日は私もあちこち移動していたから、その間に上手く伝えていたようだ。
「エディウス様のご命令通り、会計官長に全てを打ち明けました。何者かが内部に侵入し、エディウス様とサリアン伯爵を貶める不正の証拠が捏造された可能性があること。その企てを知ったエディウス様から、内密に調査するよう遣わされたことを説明しました。官長は即座に事態を重く受け止めてくださり、現場の総力を挙げて緊急調査に踏み切ってくださいました」
不正という、かなり際どい内容だというのに、会計院はレノの話を信用してくれたらしい。
そして結果はどうだったのか。
「直近のものから記録を遡り、記帳や書類のサインに不審な点がないか一つずつ洗っていきました。その結果……」
王宮に着くまでの間、淡々としたレノの報告を聞きながら、彼らの鮮やかな手際と大変な労力にただ感心するばかりだった。
馬車は程なくして王宮まで辿り着いた。
見慣れた宮殿の横を通り過ぎ、その奥にある別棟へと進んでいく。
到着して馬車から降りると、物々しく帯刀した兵士達に出迎えられた。
「どうぞこちらへ」
案内されたのは、応接室と呼ぶには殺風景な狭い部屋だった。エディウスとレノ、そして一人の兵が残され、閉ざされた空間に張り詰めた緊張が漂う。
ドアの前に立ちはたがる見張り役らしき兵士に、エディウスが問いかけた。
「サリアン伯爵とそのご家族はどうしていますか」
「今はまだ、お答え出来ません」
「伯爵の娘であるリオレットは、私の婚約者だ。気に掛けるのは当然だろう」
これまで冷静だった彼の語気が、少し荒くなり始める。一見落ち着いて見えても、内心は穏やかではないようだ。
「彼女はすでに保護されています。心配には及びません」
「保護?」
聞き返しても、それ以上の言葉は返ってこなかった。
重苦しい沈黙が落ちる。とりあえずリオレットが無事なことはわかったけれど、サリアン伯爵もこの建物のどこかにいるのだろうか。
私は廊下まですり抜けて周囲を見渡した。まだ誰もこの部屋に来る気配はない。
だったら、この待ち時間に色々と探すことにしよう。サリアン伯爵、リオレット、そしてこの冤罪を企てたクラード。ここは宮殿ほど広くない。それほど時間もかからずに全部屋を見て回れるだろう。
そう思って一階の端から順に部屋を渡り歩くと、数分もしないうちに怒鳴り声が聞こえてきた。
「どうして私がこんな扱いをされねばならんのだ! やましいことなど何一つしておらん!」
見つけだしたサリアン伯爵は、険しい顔をして見張りの兵士に抗議をしていた。無実の罪で捕らわれて怒る気持ちもわかるけれど、はっきり言って今の私にはどうでもいい。
まずはサリアン伯爵は確認できた。では次に向かおうと再び移動すると、二つ先の部屋でコリーヌとミレイナが寄り添うようにソファに座っていた。
「お母様、私たちこれからどうなってしまうの?」
「どうして私たちまで……」
不安な表情を浮かべ、かなり困惑と憔悴しきっているようだ。この件に関しては完全に冤罪なのだから、二人が戸惑うのも無理はない。
はっきりいってこの二人がどうなろうと知ったこっとではないけれど、やはりここにもリオレットの姿はなかった。
ということは、すでにクラードの手元に置かれている可能性が高まってくる。
これで一階は全て見回った。それから二階から三階へと探索を続け、三階に上がるとそれまでの厳格な空気からガラリと変わり、貴族の私室のような豪華な部屋が並んでいた。
それを見てピンときた。リオレットはここに匿われていると。
その勘は当たっていた。
部屋から部屋への壁をすり抜けたその先で、リオレットを見つけた。
細やかな刺繍が入ったソファに座り、こわばった表情で身を固くしている。
「どうぞ、紅茶でも飲んで気を落ち着かせて」
そして、彼女の正面にクラードが座っていた。本来なら、私にとってヒーローとヒロインだったはずの二人。
そこから少し離れた部屋の隅で、アレクが黙って見守っている。
「いつも挨拶してくださっていたお方が、まさかクラード・ロイズ公爵様とは……これまでの数々のご無礼をお許しください」
「君に謝ってほしくてここへ呼んだわけじゃない。どうか顔を上げて」
優しく微笑み、そして美しく憂いた顔を見せる。
「ずっとこうして君と話したかった。やっと会えたね、リオレット」
「クラード様は、どうして私のことを……?」
リオレットの質問は、私自身の疑問でもあった。なぜ使用人姿の彼女の正体を知っていて、ここまで執着しているのか。
「昔、君に助けられたことがあったんだ」
「助け……?」
「君はまだ子供だったし、きっと憶えていないだろう。でも私はあの時の君に救われたんだ」
抽象的すぎて話が掴めないけれど、やはり過去に出会っていたらしい。
「王都を巡回していた時、伯爵邸の庭掃除をしている君を見て驚いたよ。なぜ令嬢の君がそんなことをしているのかと。それから、サリアン家のことを調べさせてもらった」
「それで、父が仕事で不正を働いたと……?」
まだ怯えた様子でおずおずと問いかける。
「残念なことだがその通りだ。すでに証拠は押さえている。言い逃れは出来ないだろう」
「…………」
「だが安心してほしい。君はサリアン一家の被害者であり、不正に一切関与していないことを知っている。国費を貪り豪遊していた家族は罪に問われるが、虐げられていた君だけは別だ。それは私が保証しよう」
そう話しても、リオレットの表情は晴れない。それはそうだ。罪に問われなかったとしても、サリアン家の危機であることには変わりないのだから。
「間違いなくサリアン伯爵は失脚し、家は取り潰されるだろう。しかし私は、君を守ると約束する」
甘く囁くように、最後の言葉を付け加えた。
彼女の立場からしたら確かに救世主かもしれない。苦しみを与える人達を排除して、未来を守ってくれる存在だ。
でも、それでエディウスを巻き込むというなら黙ってはいられない。
結局のところクラードだって、正義のためではなく私欲でリオレットを手に入れたいのではないの?
「そうなったら、エディウス様は……。彼はサリアン家に入り婿する予定でした。もしサリアン家が取り潰しとなれば、私との結婚は無くなってしまうのでしょうか⋯⋯」
リオレットの言葉を聞いて、クラードの眉が不快そうにピクリと動いた。
「残念ながら、君の婚約者もこの不正に関わっている可能性が高い。見習いとして実務を担っていたエディウス・ニールセンと共謀し、多額の横領をしたと考えられている」
「そんな……!」
リオレットの顔は更に青ざめ、大きなショックを受けたように言葉を失った。
「あの男が気になるか?」
一瞬だけ、クラードの顔に影が落ちる。
その表情がそこはかとなく怖くて、やはりこの男の心には病みが潜んでいると感じる。
「エディウス様が不正を行うなど、とても信じられません。あの方はとても実直で、曲がったことを何より嫌う人なのです。そのような事をするはずが――――」
「それでは、私の話を嘘だとでも言うつもりか?」
リオレットの発言を遮り、クラードが微笑みを消して牽制する。
「い、いえ。そういうわけでは」
「曲がったことが嫌いな男が、婚約者の君に対して辛く当たるだろうか? それに異母妹との関係も把握している。そんな男など信用に値しないだろう」
「……も、申し訳ございませんでした」
リオレットは頭を下げて謝罪した。圧倒的な身分差を考えれば、こうするしかないのかもしれない。
だけど私にはこのクラードの強引さが不快だった。
「証拠が揃い、罪が認められたら間違いなくサリアン伯爵とエディウス・ニールセンには重罪が下るだろう。しかし君だけは、けして不自由はさせないから」
「はい……」
どこか諦めたように、リオレットは虚ろに答えるだけだった。




