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18. 任意同行




 舞踏会が何事もなかったかのように優雅さを取り戻しても、最後まで警戒を解かなかった。

 まずアレク。あの騒動以降、会場で彼の姿を見ていない。

 そしてミレイナとコリーヌの二人は、再び戻って来た時に何を仕掛けてくるかわからない怖さがあったから。



 社交を疎かに出来ないエディウスに変わり、私が会場全体に目を光らせ彼にすぐ報告が出来るようにしていた。


 いつ波乱の第二幕が始まるかとハラハラしながら待ち構えていたけれど、一向にクラードたちは姿を現さなかった。

 これはもしかして、ワイン事件が不発に終わったから?


 ずっと気を張ってけれど、幸いなことに何事もなく時が過ぎていった。

 その間にニールセン侯爵や、会計院トップのモーリア侯爵、それからリオレットの伯父にあたるブルネ子爵の息子まで声を掛けてくれた。

 舞踏会が始まる前に挨拶を交わしていた彼らも、騒動を知って心配してくれたらしい。


  

 しばらくしてミレイナが着替えて戻ってきたけれど、しおらしい姿になってそれ以降リオレットに絡むことはなかった。

 そしてコリーヌは、周囲の人に言い訳をしてまわり、ミレイナが騒いだ尻拭いに奔走している。


 アレクには裏切られ、エディウスには嘘を吐かれて当てが外れ、打った弾が自分に返ってきただけなのだから同情もできない。

  


 結局その夜はクラードが姿を現すことはなく、長い宮中舞踏会は幕を閉じた。




 潮が引くように、徐々に会場から人が去っていく。皆が帰り際の挨拶を交わしている中、エディウスは輪から離れてリオレットだけを呼び寄せた。



「リオレット、このまま家に帰っても大丈夫か?」


 実はそれは私も気にしていたことだった。

 自爆とはいえミレイナが恥をかき、家に帰ってそれを彼女のせいにされるのではないかと心配している。


「もしよかったら、明日顔を見せに行こうか。今ここで伯爵に約束を取り付ければ問題ないだろう」

「心配してくださってありがとうございます。でも私は大丈夫です」


 リオレットは礼を言って柔らかく微笑む。


「以前にもお話しましたが、私はこれまでお継母様に言われるがまま、漠然と生きてきました」

「…………」

「継母に気に入られたくて、あの人の役に立てば私を認めてくれるかもしれない。母がいなくなった寂しさを埋めてくれるかもしれないと期待していたのです。だから『私の世話になるなら、使用人として働きなさい』と言われた時も、これは愛されるための試練なんだと受け入れてしまいました」

 

 話を聞きながら、私は実家の継母のことを思い浮かべた。あの人はコリーヌのように私を支配しようとはしなかった。ただ私に無関心で、何よりも自分が産んだ子を愛していただけ。


 それなのに長い間虚しく感じていたのは、私も継母から愛されたいと願っていたからなのだろうか。

 


 

「『私の世話になるなら』? そんな理屈があってたまるか」


 エディウスの怒りを滲ませたような声を聞いて、ハッと意識を引き戻される。


「でも安心してください。今はそれが普通でないと知っています。お継母様に逆らうことは今も抵抗がありますが、こうして成人を迎え、これからは大人として向き合わなければならないと思っています。

 ……そんな風に考える事ができたのは、私を信じてくださったエディウス様のおかげです」

「それは」 

「ですから、私は堂々と家に帰ります。あの家で生まれ育った伯爵の娘なのですから。それに明日はお父様もいらっしゃいます。だから安心してください」


 そう言って微笑むリオレットは、私が初めて見た頃よりも変わったようだ。


「……そうか、わかった。でもこれまで以上にサリアン家に顔を出すようにするから」

「エディウス様こそ、毎日がお忙しいのにご無理をなさらないでください。それだけが心配です」


 そんな二人のやり取りを見て安心した。

 心が通じ合って、彼女も少し強くなったらしい。




 それなら、私はもう一つの問題に集中出来る。

 

『会計院の横領』

 

 サリアン伯爵とエディウスへの冤罪を企む、クラードの話。すでに会計院に細工を仕込んでいると言う危険な状況だ。


 実はここで、エディウスと一緒に帰らないことを決めていた。自由に動けるようになったのだから、王宮に残ってクラードの動向を見守ろうと。

 つまり私がスパイになって、動きがあったらエディウスに知らせようと思っていた。


 でも結果から言うと、それは失敗に終わった。

 私が自由に動けると思ったのは勘違いで、移動距離が王宮の建物の大きさくらいに広がっただけだった。

 一メートルから十メートルに変わって、そして今度は数百メートルくらい?

 段々と距離が伸びていく理由がわからないけれど、まだ完全には開放されていない。

 

 エディウスを乗せた馬車を見送り、さてクラードのところへ行こうとしたら、身体が引っ張られてずるずるとニールセン邸まで帰ってきてしまった。

 結局いつものようにエディウスの部屋に戻り、私たちの長い一日が終わった。



 


 

 翌朝、いつもの時間にエディウスは目覚め、レノに朝支度をさせていた時だった。



「エディウス様。大旦那様より直ちにエントランスホールまでいらっしゃるようにとの仰せです」


 使用人が部屋にやってきて、顔をこわばらせながらそう話す。


「宮廷近衛府の方が参られています。ただいま大旦那様が直接応対しておりますが、エディウス様からお話を聞きたいと」

「……わかった、すぐに行く」


 近衛府と聞いて血の気が引いた。

 昨日の今日で?と焦ったけれど、この急展開を考えなかった訳ではない。


 クラードがこれまで行動を起こさなかった理由に、リオレットの成人を待っていた説を推していたから。

 彼女が社交界デビュー後に手に入れる。そういう計算ならば、いつ何があってもおかしくないと思っていた。でも翌日の早朝からとは油断した。

 

  

 エディウスの様子を窺うと、顔がやや青褪めてはいるものの、落ち着き払って冷静に応えている。


 私はエディウスに付いていき、エントランスホールへ足を踏み入れた。


 そこには数人の騎士と兵士が並び、物々しい空気を醸し出していた。

 それに相対するように、ニールセン侯爵が厳しい顔をして目の前に立ち塞がっている。

 



「近衛府がお前に話があると言っている。何か心当たりはあるか」


 姿を現したエディウスに、硬く低い声で侯爵が問いかけた。そして騎士達はエディウスを見て軽く頭を下げる。


「エディウス・ニールセン殿。先程サリアン伯爵とその家族を背信行為の疑いで近衛府へ召喚いたしました。関係が深い貴方にも、お話を伺いたいたく訪問した次第です。近衛府までご同行願いますか」


 前置きも何もなく、彼らはいきなり本題を告げた。

 言葉遣いは丁寧だけど、その眼光と声色は鋭い。


「サリアン伯爵が背信行為? それはどのような事でしょうか」


 エディウスは顔色を変えずに強気に応対する。


「……では今ここで申し上げます。サリアン伯爵は会計院で不正を働き、横領の罪を問われております。婿養子となられるあなたにもお話をお伺いしたく、こうして足を運ばせてもらいました」

「なぜ専門外である近衛府が会計院の調査を? 不正があれば、まずは監査で指摘されるはずですが」

「その監査が正常に働いていなかったから大ごとになっているのです。サリアン伯爵は私利私欲のために宮廷に唾を吐いたも同然。当然法務へ証拠を提出し、我々は国王への背信罪を追及します」


 僅かな沈黙が流れる。それを納得と受け取ったのか、騎士が再び口を開く。


「詳しくは近衛府でお話しします。……あまり(かたく)な態度を取られると、探られたくない腹があるのかと詮索いたしますが」

「分かりました。――父上、ご心配をお掛けしますが私の身は潔白です。どうか信じて待っていてください」


 険しい顔をしてやりとりを見ていたニールセン侯爵は、同行の意思を示した息子に溜息混じりに言葉を掛ける。


「わかった。もしお前が罪を犯したとなると、この家にも甚大な傷が残る。お前の言葉を信じてこちらも調べられることをしておこう」



 とうとう始まったエディウスの断罪劇。私は彼を守る決意を固めた。






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