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17. 嘘には嘘を




 エディウスの所へ急いで戻ると、リオレットもすでに彼の側に立ち、知らない貴婦人と話をしていた。


 もう間もなくミレイナも帰ってくるとなると、悠長にはしていられない。

 再び彼に近寄り、話し相手との会話がわずかに途切れた瞬間に口を挟んだ。


〈エディウス、ついにその時が来ました〉


 突然の私の声に驚いたのか、かすかに彼の肩が揺れた。


〈間もなく、ミレイナが汚れたドレスを着てあなた達の前に現れます〉


「エディウス様、どうかされましたか?」


 彼の様子の変化に気付いたのか、相手が様子を尋ねる。


「いえ、何も。それにしてもお話が弾んだせいか喉が渇きましたね」

「ああ、たしかに。少しばかりお話に夢中になってしまいました」

「では、飲み物でもいただいて喉を潤しましょうか」


 エディウスが機転を利かせて、私のために僅かに時間を作ってくれたようだ。ホールにいる給仕係を呼び、飲み物を手にする。その一連の流れの隙に、私は新たに判明したクラードの思惑を伝えた。


〈このワイン事件には裏が隠されています。実際にはミレイナが計画したものではなく、クラードの仲間がそうなるよう仕組んだもの〉


「……リオレット、君の分も貰ってこよう。奥様はいかがですか」


 さりげなく時間稼ぎをしてくれている。わざわざ離れた給仕人のところへ自ら出向き、一人になる時間を作ってくれた。今がチャンスだ。


〈リオレットと庭先で会っていたクラードという人物。彼はとんでもない計画を立てていました。まずアレクという男の協力のもと、サリアン家に人を送り込み内情を調べています。当然リオレットの置かれた環境も把握済みです〉


「…………」


〈クラードの目的は、あなたとサリアン家を排除し、リオレットを手中に収めること。このワイン事件はあくまでオマケ、彼らの本当の狙いは会計院の横領事件を作り出し、ええと……つまり偽の証拠で罪を捏造し、ありもしない罪であなた達を抹消するつもりです。すでに会計院の書類に細工をし、不正を摘発する準備に入っています〉


 短時間で全てを伝えなければと、とにかく早口で捲し立てたけれど理解してくれただろうか。


 そしてエディウスが二つのグラスを受け取ろうと手を伸ばした時、会場の奥から小走りに駆けてくるミレイナの姿を見つけた。


 ざわめく会場。ドレスの前部分を摘みながら、その間を通り抜けてやってきた。

 


「エディウス様、助けてください!」


 白いドレスを広げ、大きなワインの染みを見せる。何事かと様子を窺う人々に聞こえるように、ミレイナが声を上げる。


「私が純白のドレスを着ているのが生意気だと、お姉様から飲み物を掛けられました」


 顔を覆い、涙声を作っている。


「ミレイナどうしたんだ! コリーヌ、これはどういうことだ」


 近くにいたサリアン伯爵も騒ぎに驚き、慌てて駆け寄ってくる。


「お父様、お姉様は私のこの白いドレスをお気に召さなかったようです。それで……こんな惨めな私は退場した方がよろしいですか?」

「何だと!」


 サリアン伯爵が一緒に戻ってきたコリーヌに説明を求めると、うつむき加減で弱々しく語った。

 

「私がついていながら、リオレットの暴挙を止めることができず申し訳ありませんでした」



 悲劇のヒロインを装った二人は、視線の先にいるリオレットを悲しみに満ちたな表情で睨んでいる。

 しかし当の本人はもちろん意味が分かっていない。突然名指しされたことで戸惑っているようだ。


 

「エディウス様、どうか私の惨めな姿を見ないでください」


 さりげなく彼の隣に寄り添いながら、ミレイナが顔を背ける。

 その仕草が儚くて、守ってあげたくなるような演技だ。本性を知らなければ信じてしまうのも頷ける。

 

「それは災難だった。着替えはあるか?」

「え? あの、これはお姉さまが」

「サリアン伯爵。彼女をこのままにしておくのは可哀想です。一度控室に戻られてはどうでしょう。予備のドレスは用意されていますか?」

「あ、ああ。初の舞踏会ということで、二人分用意してある」


 まさか替えのドレスがあったとは。ということは、リオレットの冤罪さえなければすぐに収束する話だったらしい。


 

「エディウス様、こんな酷いことをするお姉様を何とも思われないのですか?」


 訴えても反応しない彼にしびれを切らしたのか、言葉に傲慢さが表れはじめる。


「リオレットはずっと私の側にいたよ。だからそれは君の勘違いだ」

「そんなことありません! 姉は本当に休憩室に来ていました。証人だっています!」


 確かにそれは嘘ではない。だからこそリオレットのせいに出来ると踏んだのだろうけれど。

 ミレイナは周囲を見渡した。証人になると言っていたアレクを探したのだろう。私も一緒になって見たけれど、その姿はどこにもなかった。

 


「どうしてそんな目で見るのですか。リオレットは『お母様に呼ばれた』と言って本当に私たちのところへ来たのです。ねぇ、お母様も何とか仰って!」

「……ミレイナ、いつまでもそのような姿でいるのは淑女として相応しくありません。今は控室に行きましょう。それについては後で私からも説明しますから。――――皆さま、お騒がせして申し訳ありませんでした。私も娘に付き添ってまいります」


 焦りのせいか、我の強さがちらつき始めた娘を見て、コリーヌが態度を翻した。

 若いミレイナには、まだコリーヌのような狡猾さは備わっていないらしい。騒ぎ出した娘を見て不利を悟ったのか、それ以上深入りせずに話を切り上げた。


 ⋯⋯こんなにあっさり終わるものだったの? 

 会場を去っていく母子を見ながら、身構えていた婚約破棄騒動に拍子抜けする。運命の分かれ道のはずだったのに、あまりに地味な終わり方だった。




「エディウス様、どうして私を庇われたのですか?私がここを離れたことを知っていらっしゃったのに⋯⋯」


 呆然と成り行きを見ていたリオレットが、我に返ったようにそう尋ねた。


「ああ言わなければ彼女の訴えを無視することが出来なかったからな。嘘で君を貶めるなら、こちらも同じ手を使わせてもらっただけだ」 

「どうして、そこまで私のことを……」


 そうリオレットが問いかけた時、サリアン伯爵が難しい顔をして話に割り込んできた。

 


「何だかよくわからんが、とにかくあれはリオレットがやったわけではないのだな?」

「はい。正真正銘、私はそのようなことをしておりません」

「それは私が保証します」


 リオレットとエディウスがそうきっぱりと言い切る。一体何があったのだとぶつぶつ言いながら、サリアン伯爵はどこか別の所へ行ってしまった。



 さて、あの婚約破棄劇場は不発に終わった。

 でもこれは、クラードたちにとっては即興の出来事。

 彼らがいつ本気の牙を剥いてくるのか、この先を知らない私はいつまでも落ち着くことが出来なかった。





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