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14. リオレットの言葉




 その日はよく晴れていた。

 程よくからりとした空気で、暑くも寒くもない最適な気候だ。


 そして今夜、とうとう宮廷舞踏会が開かれる。


 重要な日だと一人意気込んでいたけれど、いつもと変わらない朝を迎えて拍子抜けした。

 目の前にいるエディウスはいつもの時間に起きて、これまたいつもの服を着て出勤の準備を整える。


 舞踏会って今日だよね? と自分の記憶を疑ってしまった。てっきり大きなイベントがあるから休日なのかと思い込んでいたけれど、そんな甘い事はないらしい。

 スケジュール的には、仕事を終えて屋敷に戻り、夜会服に着替えてから再び王宮に向かうという。


 

 そして私はというと、あの場で起きることをエディウスに伝えるべきか迷っていた。

 小説の冒頭、ミレイナのドレスが汚されてリオレットが責められた事件。あれは自作自演だろうし、今更エディウスが安い演技に引っかかるとも思えない。


 だから心配をしているわけではないけれど、実際に事件が起きた時に、知っているのといないのとでは対応も変わってくると思ったから。


 それに今更運命が……なんて考える意味もない。

 既にがっつり女神として口出ししてしまっているし、もしかしたらエディウスに振りかかる『ざまぁ』を取り除けるかもしれない。

 そして何より、リオレット自身を助けることにも繋がる。

 

 そう結論を出して、私は朝の通勤時に話しかけることにした。



〈おはようございます、エディウス〉


「女神様。おはようございます。まさか朝からお声を掛けていただけるとは思いませんでした」


 エディウスは驚いたように姿勢を正して応える。


〈夜になってからでは遅いと思ったので、今のうちに知らせておきましょう。まず今日の舞踏会、あなたとリオレットに大きな運命の分岐点が訪れます。それを踏まえて心して聞くように〉


 わざと大げさに言って彼の注意を引きつつ、あの小説の展開を説明して聞かせた。


「ミレイナのドレスがワインで汚れ、濡れ衣をリオレットに……」


 眉を顰めて彼が呟く。不快そうではあるけれど、その表情からは何を思うのかは読み取れない。


〈今の話は、あなたが真実に辿り着けなかった時の未来の姿。以前のあなたならばコリーヌ夫人の言葉を信じ、ミレイナの言葉を鵜呑みにしてリオレットを糾弾したことでしょう。でも今は違いますね?〉


「俺は……」


 そう言いかけてエディウスは目を伏せて黙り込んだ。婚約破棄宣言のことまでしっかり話したから、本人としてはショックを受けているのかもしれない。動揺しているのか、素に戻り『俺』になっている。


 

〈恐れることはありません。私がこの話をしたのは、事が起きて動揺しないよう気構えしてもらうためなのですから〉


「……お話はわかりました。リオレットが疑いを掛けられるという話ですが、それならば初めからミレイナのドレスを汚されないようには出来ませんか」

 

 そう尋ねられて言葉に詰まった。

 確かに。そもそもの発端がなければ疑いが起きようもない。

 でもあれがミレイナによる自作自演だと仮定すれば、阻止することは難しい。



「エディウス様、もしかして女神様が?」

「ああ。レノにも話を共有しておきたい。実は……」



 そんな話をしているうちに王宮に到着すると、いつものように会計院の仕事に就いた。

 話は中途半端なところで終わってしまったけれど、私にはこれ以上助言できるネタは持っていない。

 舞踏会のあのシーン以降の話は、私自身も未知なる世界なのだから。

 



 


 

 それから半日が過ぎて夕刻が過ぎた頃、とうとうその時間はやって来た。

 目の前にいるエディウスは慣れたように冷静で、私の方がソワソワしてしまって落ち着かない。


 ニールセン家の一行は、侯爵夫妻とその長男、宿舎に住む次男を飛ばして、三男エディウスという四人で王宮へと向かった。

 


 やがて到着した夜の王宮は、昼の姿とはまた違う美しさがあった。

 内側から漏れ出る光が柔らかく建物を包み、幻想的に彩っている。


 その夜景に圧倒されてつい魅入っていたけれど、後から馬車が続々と入ってくるから浸ってはいられない。

 ニールセン一家もすぐにエントランスに入り、案内人から待合室に通されると、既に集まっていた知り合いたちと声を掛け合っていた。


 人も増えて雑然となってきた頃、サリアン一家も姿を現した。

 

 気付いたエディウスが歩み寄り、サリアン夫妻に声を掛けて挨拶を交わす。 

 両親の隣にはリオレットとミレイナが並び立ち、彼を見て一礼した。


  

「今宵はよろしくお願いいたします」


 少し緊張した面持ちで、彼を見上げるリオレット。エディウスから事前に聞いた話では、彼女は婚約者である彼と、ミレイナは父親とペアになってダンスを踊るらしい。

 社交界の初舞台への緊張が、その表情からも伝わってくる。


 けれど、何よりもこれまでの彼女とは見違えるような姿に溜息をついた。

 色鮮やかなスカーレットのドレスを着こなして、見惚れるくらい綺麗になっている。

 派手ではあるけれど、しっかりと上品に仕上がってとても美しい。


 周囲の女性達もゴールドや紫、ブルー、グリーンなど、彩り豊かで全く浮いていない。


  

「エディウス君、リオレットのエスコートを頼みましたぞ」


 サリアン伯爵がそう話しかけると、その横にいたミレイナもエディウスに近付いて話しかける。


「私も、エディウス様のお顔を拝見したら何だか安心しました。……お姉様はとても恵まれておいでです」

 

 微笑みを見せると、すっと目を伏せて寂しそうな表情を浮かべた。

 うわぁ、完全に狙ってるわ。と突っ込みたくなるくらいにはあざとい。でもそれが絵になってしまうほど、この()も可憐で綺麗なのが悔しい。


 ミレイナのドレスは、シルエットが映える純白のドレス。どうもあの母子は『清楚さ』を大切にしているらしい。


 華やかな赤と清楚な白――――やはりこれもコリーヌがさりげなく仕組んだのだろうか。

 もし自作自演でドレスを汚そうとするなら、これ以上はないキャンバスだ。まさかそこまで意識して?



 

 続々と会場入りしていく流れの中、サリアン伯爵とミレイナ、そしてエディウスとリオレットは家族たちと離れ中央へと向かう。


 まだ全員が揃わない待ち時間、エディウスは隣に並ぶリオレットに声を掛けた。

 

「……今日は舞踏会に相応しいドレスを選んでもらえたんだな」

「はい。父がいらっしゃる時はいつも綺麗な服を着せてもらっているのです。今日は特別な日ですから、力を入れて作っていただきました」

「そうか。とても似合っている」


 エディウスが微かに笑って伝えると、リオレットはあからさまに動揺したように顔を赤らめた。


「ありがとうございます……まさか褒めていただけるなんて思わなかったので、狼狽えて申し訳ありません」


 顔が火照っているのを自覚しているのか、少し顔を俯かせる。そしてエディウスも、何かに気付いたように気まずそうな表情を浮かべた。


 そんな様子に、今のあなたは変わったのだから大丈夫。そう心の中で応援する。

  


 ホールにはゆったりとした音楽が流れ、招待者の入場は続いている。ミレイナと伯爵は少し離れたところで待機し、親子で何か話をしている。


 それを見てから、エディウスは話を続けた。


「ミレイナとはドレスとは随分と違うんだな」


 どうやら姉妹の色の違いのことは彼も気になったらしい。


「ええ……実は最初に継母(はは)がドレスの提案をした時、父はミレイナのドレスに難色を示していたのです。ミレイナも華やかにすべきだと。しかし私がこの家を継ぐ長女なのだから、ミレイナは控えめで良いのだと継母が仰って」

「リオレットは、その言い分を信じているか?」

「いいえ。これまで継母は、ミレイナだけが自分の娘だといって大切にしていたのです。父が留守にしている日は、私は家族でないからと食事も一緒の席につくことも許されませんでした。だからなぜ今になってそのようなことを言うのか、私にはわかりません」

「……そうか」


 それからエディウスは伯爵邸での暮らしのことを色々と尋ねた。

 これまで二人きりで話す機会がなかったことが、これをみるだけでわかる。


 リオレットは質問に対して素直に答え、自分の置かれた環境を当然のように話すことに、彼は度々言葉を失くして黙って聞いていた。


 食事は使用人の残飯だったこと。コリーヌやミレイナの部屋の掃除から朝が始まること。

 でも父親が在宅の日だけは家族として認められるから、父親の帰りが待ち遠しかったことなどを無邪気に話した。


 

「私は継母の本当の子供ではないから仕方がないと思っていました。唯一血の繋がっている父といる時だけが、家族で居られる時間なのですから」

「まさか、本当にそんな風に思って過ごしてきたのか? そんなの誰が聞いたっておかしいだろう」


 苦々しい顔を浮かべるエディウスに、リオレットは笑顔を見せて答える。


「……あの日、エディウス様が私の食事を改善させるように仰った後から、少しずつ何かが変だと思うようになりました。もしかしたら、私は良くない扱いを受けていたのではないかと。

 だけど、エディウス様が私の婚約者でいてくださったことが私の誇りで、そんなことは気になりませんでした。先ほどミレイナも言っていた『お姉様は恵まれている』という言葉通り、私は幸せ者なのです」


 そう言って笑ったリオレットの健気さが、とても切なくて辛い。

 十歳で訳も分からないうちに、大人のコリーヌにいいように扱われてしまった。それが当たり前だと刷り込まれ、仕方のないことだと諦めるしかなかった子供時代。



 私にはその気持ちがわかる。家族なのに仲間外れのような疎外感。私はリオレットのように悲惨な生活を送っていたわけではないけれど、父が仕事でいない間は似たようなことを思っていた。

 血の繋がった子供じゃないから仕方がない。それが当たり前なんだと言い聞かせた毎日。それでも私には学校があったし、外での繋がりが増えたからそっちを大切にした。


 でも貴族のリオレットには逃げ場がない。あのお屋敷でどれだけ息苦しく、惨めな思いをしてきたのだろう。

 


 リオレットの話から実家のことを思い出して、少しだけセンチメンタルな気持ちになった。

 そして改めて、彼女には本当の幸せを掴んでもらいたいと強く願った。

 






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