13. ヤンデレ騎士の名は
従者レノは有能だった。
エディウスから託されていた情報収集の仕事は、思った以上の収穫だ。
会計院の仕事が終わり、ニールセン侯爵邸に戻った二人は夕食前にエディウスの部屋に籠って話しこんでいた。
「ランベール夫人とコリーヌ夫人についてですが、ちょっと予想外のことを知ることが出来ました」
「予想外?」
「はい。まずランベール夫人はリオレット様に悪意があるわけではないようです。むしろコリーヌ夫人に向ける目が厳しいというか……。どうやら社交界のご婦人方から遠巻きにされ、爪弾きにされていると耳にしました」
「爪弾き? ランベール夫人と交流があるわけではないのか」
エディウスが眉をひそめてそう聞き返す。私もそれは意外で驚いた。
「はい。元妾という立場が今でも尾を引いているらしく、特別に親しくされている方はいらっしゃらないようですね。もちろん表立って仲間外れにはしません。茶会などの集まりには呼ぶけれど、輪の中で誰も相手にしないのだとか」
よくそこまで探りを入れられたなと感心したけれど、取り敢えずコリーヌの置かれている状況は理解できた。
つまり女性たちの間ではハブられているということらしい。
以前誰かが、今では社交界に受け入れられていると言っていた。それはあくまで男性視点の話だったのだろうか。
社会経験が浅い私でも本性を嗅ぎ取れたくらいだから、社交界を渡り歩いてきた貴婦人たちの目は欺けなかったのかもしれない。
私がそんな事を思っていると、エディウスも予想外の答えだったらしく首をひねった。
「……ランベール夫人とコリーヌ夫人は、こちらが思うような交流がない。それはわかった。それならなぜ噂話がそこから流れたんだ?」
「そこなのですが、むしろ噂はコリーヌ夫人の陰口として面白半分に広がったようでして」
まさかの事実に驚く。噂の発端が彼女を貶めるものだったとは。
「コリーヌ夫人の陰口? それで何故リオレットが」
「つまり、元妾の分際で貴族の娘を教育できるわけがないといいたいわけです。女主人の役割がまともに務まるわけないだろうという嘲りが根底にあるようで」
「…………」
もしかして、それでコリーヌはリオレットを虐げていた?
自分が認められないストレスの発散に?
女社会で、その扱いは結構キツいだろうとは思う。でもだからといって、無抵抗の子供に当たるのはお門違いだと声を大にして言いたい。
「そもそも、なぜリオレット様を利用した陰口になったのかと言いますと、その発端は『男に色目を使う』という話から始まっておりました。ランベール夫人のご子息が宮廷近衛府にいらっしゃいますが、そこではリオレット様が騎馬隊の一人と逢い引きしているとの話が広まっていたようなのです」
「な……?」〈あっ〉
エディウスと私が声を上げたのは同時だった。
「女神様?」
エディウスが戸惑うように目を見開いているけれど、それはどっちに驚いているのか。
とにかく声を聞かれてしまったからには無視するわけにはいかない。
〈……はい、女神です〉
どんな話し方をしてたっけ?
久しぶりに口を開いたからか上手く喋れる気がしない。むしろよくここまで黙っていられたもんだと、今になって自分に感心する。
〈えー……どうやら重要な局面を迎えているようですね。あなたが再び間違った道を選ばないように、再び下界に降りてきました〉
何とか取り繕ったけれど、まさか男に色目を使うという噂がそこに繋がるとは。
『騎馬隊と逢引き』は、ヤンデレ騎士のことを指していると私にはわかる。
でもあれは顔見知りの挨拶程度のように書かれていた。小説ではヒーローとの出会いと交流として書かれたのだと思うけれど、本人視点では恋愛描写はなかったはず。……たぶん。
全くのデタラメでもなく、微妙に真実を突いているところがまた憎い。
とにかく彼が誤解をしないようにと、フォローの言葉で繋ぐ。
〈あなたがリオレットの為に、真実を探ろうとする姿を見守っていました。とうとうここまで辿り着いたのですね〉
「女神様から御声が届いた」
話を続けようとしていたレノを制して、エディウスが見上げる。
〈動揺をしてはいけません。冷静さを失えば、あなたの目は濁り真実が遠のくでしょう〉
「驚きはしましたが、動揺は……しているかもしれませんが、信じたわけではありません」
不安げな表情から、再び目に力が戻り始める。取り敢えず大丈夫そうだと安心して、続きを話した。
〈噂の元となった騎士は確かに存在します。あなたはリオレットが庭掃除をさせられていたことを知っていますね。実はあるハプニングで、リオレットと顔見知りになった騎士がいたのです。その後は顔を合わせば挨拶を交わす程度の関係でしかありません。それに悪意ある尾ひれが付けられ、よからぬ噂となったのでしょう」
思い出しながら答えると、エディウスの眉間にしわが寄る。
「近衛府の騎馬兵が、一介の使用人に挨拶……ですか?」
不審に思うのも無理はない。そんな事はあり得ないと、この世界を見てきた今の私ならわかる。
やはりヤンデレ騎士は、庭掃除をしていた彼女がリオレットだと知っていて挨拶をするようになった。となると、元々の二人の関係は何なのだろう?
〈……疑問に思う気持ちはわかります。しかしリオレットにやましい気持ちはありません。純粋に挨拶を返していただけなのです。むしろそれはヤン……騎士側の問題だと言っていいでしょう〉
「ということは、その騎馬兵は伯爵家の使用人を見初めたという話ですか。――――いや待てよ。『リオレットの噂』として近衛府内に流れているのだから、彼らの中に『あの使用人はリオレット』だと知っている人物がいるということ……」
ブツブツと独り言のように頭の中を整理しながら話している。
そして私は、その呟きを聞いて気付いてしまった。
これってもしかして、ヤンデレ騎士が噂を流しているのでは?
たしか彼の部下は、リオレットをただの使用人と思い叱りつけていた。それを止めたのがヤンデレ騎士。
つまりあの場で『使用人=リオレット』だと見抜いていたのは、彼だけだということ。
……やばい、頭が混乱してきた。ゆっくり整理しよう。
①まず、ヤンデレ騎士はリオレットの正体に気付いている。
②リオレットが『伯爵家で不当な扱いを受けている』という噂は流れていない。つまりリオレットが庭掃除をしていることを世間は知らない。
③なのに、騎馬兵とリオレットが逢引きしているという話が浮上する。
……これ、どう考えても発信源はヤンデレ騎士としか思えないんだけど。
もう一度深く考え直してみたけれど、一度思い込んでしまったせいか別の可能性が浮かばない。
ということで、まずはヤンデレ騎士が噂を流したと仮定することにした。ではその目的は?
まさか学生が黒板に相合い傘を書くノリで、浮かれて社交界に言いふらしちゃったとか?
さすがにそんな可愛らしい話とも思えない
それに、リオレットが我儘だとか傲慢だとかいう話。これはどこから生まれたのか。
コリーヌがこっそり流した可能性も捨てきれないけれど……どうなんだろう。
「エディウス様、もしよろしければ私にも女神様のお話をお聞かせ願います」
私とエディウスが考え込んでいると、レノがそう願い出た。聞き込みをしてきた本人も、かなり気になっているらしい。
「まさか、あの庭掃除に繋がっていた話だったとは……しかしなぜそれが、伯爵令嬢の色恋という話に飛躍したのか気になりますね」
「…………」
エディウスが顔を顰めて黙ってしまった。
せめて私が小説を最後まで読んでいたら、ヤンデレ騎士の名を教えてあげられたのに。
ここまで来たら、私もハッキリと動機が知りたい。
あの日の夜に寝落ちした自分を恨めしく思っていると、意外なことにレノからその答えが返ってきた。
「実はまだ話の続きがありまして。その騎士についてなんですが、そちらの名も密かに囁かれています。根拠のない噂でしかないのですが、お相手はクラード・ロイズ公爵だと」
「…………まさか」
クラード・ロイズ公爵。
そこでストンと腑に落ちる感覚があった。きっと間違いないという確信めいたもの。
この手の物語では、悪役の婚約破棄男よりもステータスの高いスパダリヒーローであることが多い。となると、侯爵家の息子よりも上となると該当人物は限られてくる。
「それは本当なのか? ロイズ公爵と言えば、国王の血を引く御方ではないか。十六で公爵位まで与えられたお人がなぜ」
「こちらはなかなか手間取りました。やはり王の御落胤ということもあり、皆軽々しく口に出来ないようで」
「王のご子息が……」
王の御落胤? ご子息? それは王子とは違うの?
よくわからないけれど、国王の息子ならばかなり高貴な生まれのようだ。
「ロイズ公爵は、ご存じの通り宮廷近衛府にご奉職されています。その公務中にサリアン伯爵邸で立ち止まられることがあるのだとか。噂が出回るようになってから、それを目撃された人もいるようです」
「だから余計に興味本位で噂が広まっているのか……。相手が相手だけに、そこまで聞き出すのは至難だったろう。良く調べてくれた」
「お褒めいただきありがとうございます」
レノの調査で、まさかヤンデレ騎士の素性まで分かるとは思わなかった。
そうなると、彼がどのような場面でリオレットの前に現れるのか気になってくる。
宮廷舞踏会はもう間もなく。そこで何が待ち受けているのか、ざわざわするような胸騒ぎがしていた。




