12. 心境の変化
「……お二人共こちらにいらっしゃったのですね。リオレットが気にしておりまして、お寒くはございませんか?」
振り返ると、コリーヌ夫人がバルコニーまで来ていた。
元娼婦と知った今でも、そんな過去があったようには思えない。おしとやかな、微笑みを絶やさない穏やかな淑女。日本風に言えば大和撫子のような、娼婦という印象とは程遠い。
だからこそ、この人が弱い立場を装うと皆騙されてしまうのかもしれないけれど。
「ブルネ子爵も、夜風がお体に障るといけませんわ」
「ええ、わざわざお気遣いありがとうございます」
さっきまでの怒りの表情は一瞬で消えて、子爵はにこやかに言葉を返す。互いの腹の裏を知る身としては、見ているだけでヒヤヒヤする。
結局、夫人の登場で密談は中断されてしまったけれど、私としては興味深い話が聞けた。
まずリオレットの家庭内の虐待と、社交界の悪評。これが別問題だった可能性が出てきた。噂の出所がコリーヌではなくランベール夫人だというけれど、なぜその人は社交界デビューもしていない女の子の悪評を立てる必要があるのか?
そしてどうしても引っかかるのは『王室近衛府』というワード。小説ではヤンデレ騎士と繋がる言葉でもある。
安直に結びつけるには根拠が薄いけれど、小説を読む癖なのか重要な伏線に思えてしまう。
エディウスもブルネ子爵も『なぜ無関係な人が?』と不思議に思っているようだけれど、彼らにはそこに繋がる糸が見えていない。
もし私の嫌な予感が当たっていたとしたら、私はそれをエディウスに知らせるべきなのか考えた。
だって私はこれまで、ヤンデレ騎士がリオレットを救うヒーローだと思っていたから。
私の勝手で運命を変えてはいけない、私情を挟んではいけないと自重して、見守ることに徹してきた。
だけど、もしランベール夫人の影にヤンデレ騎士がいたとしたら?
そうなると、私の中で様々なものが覆される。
疑念が生まれ、私の中でヤンデレ騎士を調べたいという気持ちが強くなる。でも実体の無い私では勝手に調べられるはずもなく。
今はエディウスの行動を頼りに情報を得ていくしかないのだと、浮つく気持ちをどうにか落ち着かせた。
深夜にまで及んだ晩餐会は、何事もなく穏やかに終了した。私から見ても良いパーティーだったと思う。
ミレイナとリオレットは仲のよい姉妹のように振る舞い、サリアン夫妻は主催者として多くの人に気を配っていた。
中でも、ブルネ子爵夫妻とリオレットの再会は特に印象に残るものだった。
初めはぎこちない他人行儀だった挨拶も、いつの間にか互いの目には涙が浮かんでいた。祖母である子爵夫人が手を伸ばし、ハンカチで彼女の涙を拭き取ろうとした仕草には、私まで泣きそうになってしまった。
こんなに思い合える肉親を、コリーヌが長い間引き離してきたのだから本当に罪深いと思う。
後妻に入ることを反対されたから?
その本心を知ることはできないけれど、何にしろリオレットから奪っていい理由にはならない。
「レノ、あれを」
帰りの挨拶で広間が雑然としている中、エディウスが近くにいた彼に声を掛けた。
差し出された小さな箱を受け取り、さりげなくリオレットの側に寄る。
「リオレット」
人目を憚るようにして声を掛けた。エディウスが気にしているのはコリーヌとミレイナ。彼女たちが他の招待客と話しているのを確認してから、リオレットに向き合う。
「君への祝いの品だ。侍女を通してではなく、直接渡したかった。今日はあまり話せなかったが、これを」
そう言って小箱を彼女に渡した。
「……エディウス様」
「君のお守りになるよう選んだ品だ。特別豪華ではないが、いつも身に付けられるものをと思って」
リオレットは大事そうに小箱を受け取った。それを胸に抱え込み、信じられないといった様子で言葉を詰まらせている。
「ありがとうございます。この気持ち、何とお伝えしたらいいのか……とても嬉しくて」
「ああ。……ずっと、気付いてやれなくてすまなかった」
「え?」
呟くような最後の言葉は、リオレットには上手く伝わらなかったようだ。
「いや、なんでもない。……王宮舞踏会の日を楽しみにしているよ。気負わず、それまで身体を大切にしてほしい」
「はい。私も当日を楽しみにしております」
そう言って微笑んだリオレット。そんな二人を眺めなら、私は何だかじれじれとした気分を味わっている。
エディウスが用意したプレゼントは、紫色の宝石を金で縁取ったペンダントだった。商人に守り石をと指定して、たくさん並べられた中から選んだもの。どうやら異世界にもパワーストーンのような概念があるらしい。
いつもは貴族然とした彼だけれど、どれにしようかと真剣に悩む姿が年相応の男の子のようで、微笑ましい気持ちで眺めていた。
だからこそ、私は小説の二人のことを思うとため息が出てしまう。
エディウスはとても真面目で、固いところはあるけれど冷たい男ではない。むしろ情に厚く正義感が強いからこそ、悲劇のヒロインぶるコリーヌに絡め取られてしまった。
小説につけられていた『ざまぁ』タグ。あれがエディウスに掛かっているのなら、その内容はどんなものなのだったのだろう。
婚約破棄を回避時点で消滅するのか、それとも避けようがないものなのか。
今の私は、リオレットだけでなく彼自身も幸せになってもらいたい。
そのくらいは願っても許してほしい。
*
翌日、エディウスはいつものように仕事に向かった。
私だったら前もって有給を取って休みたい状況だけれど、エディウスは疲れた様子も見せずに通勤する。
彼のすました顔を見てそんなことを思っていると、移動の馬車の中でレノに用件を言いつけた。
「昨日の話のことだが、しばらくの間はランベール夫人についてさりげなく聞き込みをしてほしい。コリーヌ夫人とはどの程度の関係性なのか知りたい」
「かしこまりました。昨日の話の裏取りということですね。なるべく多く収集してまいります」
夜会から戻った後、エディウスはブルネ子爵から聞いた事をレノに伝えていた。
どうやら、コリーヌとランベール夫人が繋がってきて噂を流していると疑っているらしい。
確かにその線も考えられる。だけど私はやはり『王室近衛府』というワードがどうしても気になっていた。
「もし、そのお二人の関係の裏を取れたらどうなさるおつもりですか? ご婦人方の交流に口を出すことは難しいように思えますが」
「今は事実を知ることが大事だと思っている。彼女らの関係や噂をどうにかするのはその後、いずれコリーヌ夫人に問い質す時に、言い逃れ出来ない材料を少しでも得ておきたいんだ」
私が一旦ストップさせた、リオレットへの虐めの追求。彼の気持ちとしては、問題をそのままにしておくつもりはなかったらしい。
私は初めこそ、何を調べたところで意味が無いと思っていた。所詮は家庭という閉じられた中の話だから。
だけどここまで眺めてきて、そうではないなと思い始めた。少しずつ着実に、真相に近づいている感覚がある。
だから今はもう、エディウスを止めるつもりはなかった。とことん思う存分に突き進めばいい。




