11. 情報交換
しんと静まり返った会場で、可愛らしい澄んだ声が響いた。
「皆様、今宵はお集まりいただきありがとうございます。近々私たち姉妹は王宮舞踏会の日に陛下に拝謁し、社交界デビューをいたします」
主催である伯爵の挨拶に次いで、リオレットとミレイナが感謝の言葉を述べる。
「まだまだ未熟で至らぬ点もあるかと存じますが、皆様のご指導ご鞭撻を賜りますよう、心よりお願い申し上げます」
リオレットが細い声ながらはっきりとした口調で挨拶をすると、ミレイナもそれに続いて口を開いた。
「私がこの家に来てから約六年。その間大変なこともございましたが、皆様に温かく見守られこの日を迎えることが出来ました。社交界への期待と不安に震える思いもありますが、皆様から一人の淑女として認めていただけるよう努める所存でございます」
今日は姉妹二人とも、美しいドレスに包まれている。
リオレットも今日はまともなメイクをしていて、本当に可愛らしい女の子なんだと改めて思った。
そしてミレイナも、いつもの地味服ではなく華やかで、こちらも相当な美人。
続いて主賓のニールセン侯爵が祝辞を述べ始めると、私はエディウスから離れリオレットのそばに寄った。
彼女の様子を観察する。
以前の青白かった肌は血色が良くなり、頬も少しふっくらした気がする。二回目の面会からそれほど時間は経っていないけれど、エディウスの言葉が効いたのだろうか。
テーブルにはたくさんの食事が並び振る舞われ、室内には弦楽器の生演奏が静かに流れる。
長いテーブルを囲んだ食卓は華やぎ、それぞれ隣り合う者同士で会話を弾ませた。
そしてエディウスの隣にはリオレットの祖父であるブルネ子爵が座っている。この席割りは、気にかけていた彼への配慮なのだろうか。
「こうして近くでお会いするのは久しぶりですね。お元気でいられましたか」
「ええ。すでに息子に仕事を任せて半ば隠居しておりましたが。娘の忘れ形見であるリオレットの晴れ姿を見て元気が戻りました」
二人は和やかに話しを始めた。おそらく今日の招待客の中では最高齢だろう。七十歳くらいに見える老紳士は、姿勢も良くピンと背筋が伸びていて品がある。
「エディウス様も、随分とご立派になられました。リオレットの祖父として嬉しい限りです」
「ありがとうございます。しかし私はまだまだ若輩者だと思い知る事も多く……学びは多くあるのだと実感しています」
エディウスの表情が僅かに翳り、重い口調になる。
リオレットの祖父を前にして、これまでの自分を振り返っているのだろうか。
「いえ、そのお若さで謙虚に省みられる方はそうは居られません。それに、私ども夫婦のことまで気に掛けてくださっていたとか。
サリアン家から少々離れていましたが、このような日を迎えられたことを感謝しております」
「たしか、新しいご夫人のために遠慮なされていたと」
場所が場所だけに、言葉を濁しながら会話を続ける。
「実は……先日エディウス様がメルトワ伯爵とお話されたことをお聞きしました。このような場で話すことは躊躇われますが、あの社交界で流れているという孫娘の噂話に胸を痛めておりました。これまでどのような教育を受け、わがままに成長してしまったのかと」
ブルネ子爵は声のトーンを落として小声で話した。
「しかし、今日のリオレットを見て安心しました。孫は何も変わってなどいない。ソフィアが生きていた時の可愛らしさが失われぬまま、今も美しく優しい心を持っていると」
私はこの言葉を、祖父の身内贔屓だとは思わなかった。私も初めて彼女を見た時に同じようなことを感じたから。
人はどんなに取り繕っても、根底にあるものを隠し切れないと思っている。私自身が複雑な家庭で育ったせいか、表面のその奥に潜むものに敏感だったせいもある。
「こうして再会してみると、なぜあのような噂が流れたのか不思議でなりません。もしや誰かから悪意を向けられているのではないか……それが彼女にとって社交界の陰とならければよいのですが」
ここでブルネ子爵は、何かを含ませるようにして言葉を濁しながら不穏なことを言う。これはもしかしたら、コリーヌのことを言っている?
「ブルネ子爵。実はリオレットのことでご相談させていただきたいことがあります。この後に少しだけお話をする機会を作っていただいてもよろしいですか?」
エディウスは大胆にもそう提案した。サリアン家の祝いの場ではあるけれど、このチャンスを逃したくないという気持ちがあるのだろう。
なかなかリスキーな会話だったけれど、周りも話を楽しんでいるようで誰も気に留めていない。
二人は穏やかな話に戻し、また別の人を交えて新たな話題に流れていった。
賑やかな食事の後は、大広間に移りダンスパーティが行われるらしい。
姉妹のお披露目ということもあり、ファーストダンスはリオレットとエディウス、そしてミレイナとサリアン伯爵。
こっちでは軽やかな音楽が流れ、エディウスはリオレットの手を取ると隣に寄り添った。
「以前よりも顔色が良くなったな。ドレスも似合っている」
「はい……!」
始まる直前にエディウスが小さな声でそう伝えると、リオレットの目がキラキラと輝いた。
まさに恋する乙女!といった様子に、本当にエディウスのことが好きだったんだなぁとしみじみと感じた。
これまで冷たい態度を取られていたというのに、何故ここまで思い続けられたのか不思議だ。
手を取りあって踊る二人は、まるで映画のワンシーンのように美しい。
ヤンデレ騎士には本当に申し訳ないけれど、リオレットの幸せそうな顔を見たら、『良かったね』という言葉しか浮かんでこなかった。
ファーストダンスが終わり、招待客たちは誘い誘われその後のパーティーを楽しんでいた。
今日の主役の令嬢二人の所へ入れ替わり立ち替わり人が押し寄せ、サリアン夫妻はもてなしに気を配っているようだ。
そんな中、エディウスはブルネ子爵のもとに寄って声を掛けた。
「先程はありがとうございました。少しお時間を頂いても?」
「ええ。……先ほどのお二人の若々しいダンスを眩しく拝見させてもらいました。では夜風に当たりながらお話をいたしましょう」
給仕から飲み物をもらい、さりげなくバルコニーの方へ移動する。
「ここならば、少々込み入った話をしても大丈夫でしょう。リオレットのことでご相談があると」
「ええ。実は……」
エディウスは大広間に時々目を向けながら、これまでのリオレットのことを話し始めた。
不快な内容だと前置きをして、リオレットが満足な食事をさせてもらえなかった可能性があること。自分が会うときは必ず奇抜な格好をしていたこと。そして使用人服で庭掃除をしていたこと。
それらを淡々と語り、最後にコリーヌを疑っていることを告白した。
「あれほどやせ細った彼女に気付いたのは最近でした。しかし変化はずっと前からあったのです。しかし私は、あの夫人の話を鵜呑みにしてしまった」
リオレットに手を焼いていることを打ち明けられ、後妻の立場に苦しんでいるという彼女に同情したこと。けれど庭掃除をする彼女を目の当たりにして、やっとおかしいことに気付いたのだと訴えた。
黙って聞いていたブルネ子爵は、それまでの穏やかさが消え失せ、怒りで顔を紅くしていた。
それはブチギレるに決まっている。大事な孫が虐げられていると知ったら冷静ではいられないだろう。
「……あの娼婦が!」
老紳士から飛び出た不釣り合いな罵る言葉。エディウスは動じずに続ける。
「お気持ちはわかります。ですが今は堪えてください」
「あの女が、リオレットをそんな目に……娼館通いをしていた男爵に、たまたま拾い上げられただけの女が。だから私は反対したんだ、娼館上がりの女を屋敷に入れてくれるなと」
吐き捨てるような口調。その反応は当然だ。
けれど私は、娼館上がりという言葉の方に驚いた。
人への取り入り方が上手いとは思っていたけれど、まさか元は娼婦だったとは。
ということは、男爵に気に入られ運良く男爵夫人になり、早々に死別して今度は伯爵の妾、そしてこれもまた運良く正妻になったということなのか。
ある意味すごい。身分ロンダリングの成功例みたいな話だ。
「一度は伯爵に伝えることも考えたのですが、それで環境が変わるか怪しく思えたので伏せていました。夫人を大切にしていることを知っていますし、屋敷に帰るのも週に一度。その間に彼女への待遇が悪化したら厄介だと思ったのです。――あの人の演技力は身をもって知っていますから」
「……エディウス様が婚約者でいてくださったことを、これほど感謝した日はございません。あなた様が側にいてくださって、リオレットも心強かったでしょう」
「いえ、それは……私は最近まで、彼女の置かれた状況に気付いてやれていませんでした」
エディウスが、きまり悪そうに視線を逸らす。しかしブルネ子爵は首を振る。
「あなた様が気に病むことではございません。私も薄々嫌な予感はしていたのです。私たち夫婦を遠ざけようとするのは、何か不都合があるからだろうと。しかしまさか、食事を与えず使用人の真似事までさせるとは!」
「……ご相談というのは、この状況を打ち破るお知恵を拝借したいということです。私はまだ王宮務めの見習いの身。結婚までもうしばらく時間がかかることを考えると、いつまでも放置するわけにもいきません。それに悪評が囁かれる中で社交界デビューとなると、ますますリオレットの分が悪くなります」
「たしかに。それにこのまま悪評を放置しておけば、エディウス様自身の評価にも繋がりかねません。……ただ噂の出所があの夫人なら話は早いのですが、我々に関りが薄い人なのが厄介でして」
思わず子爵を凝視した。このお爺さん、もしかして噂の出処を掴んでいる?
悪評を流しているのはコリーヌで間違いないと思っていたけれど。何かそうではなさそうな口振りだ。
「息子からの伝聞になりますが、どうも元はランベール伯爵夫人から広まったようで」
「ランベール……? たしか王室近衛府に代々務める家系ですよね。なぜそのような方々が」
初めて聞く名前だけれど、それよりも私は王室近衛府の方が気にかかる。たしかヤンデレ騎士が所属する名前だったような。
……これは偶然?
思いがけないところで耳にした言葉に、何か嫌な予感がした。




