9. 夜の集会
モーリア侯爵との昼食会があったその日の夜。
「メルトワ伯爵を次の夜会に呼んでほしい?」
ニールセン侯爵が不可解な顔をしながらエディウスに尋ねた。
ここは当主の執務室。彼は父親に頼み事をするために訪れていた。
「ええ。私もこの一年間、公務をこなしながら多くの関係を築いてきました。これまではサリアン伯爵と縁の深い方々を中心に足場を固めてきましたが、これから徐々に交流を広げたいと考えているのです」
「それは良い心掛けだ。ちょうど明後日、王宮の部屋で集まる予定がある。メルトワ伯爵も誘っているからお前も来るといい」
「ありがとうございます」
エディウスはほっとした様に頬を緩ませた。
「しかし急な話だな。――もしかして、リオレット嬢の噂を聞いたか?」
「……父上もご存じでしたか」
「ああ。最近になって私の耳にも入ってくるようになった。中には親切心のつもりか、お前の息子の婚約者は大丈夫かと言ってくる者もいる」
考え込むように腕を組み、じっとエディウスを見つめる。
「実は私もその辺りを探りたくてメルトワ伯爵に声を掛けていた。彼はリオレット嬢の母方親戚に当たるからな。本当は彼女の祖父であるブルネ子爵に直接声を掛けたかったが、年を召されて半ば隠居状態にある。その息子も現在王都から離れているため、傍系にあたる彼に声を掛けた」
実は、エディウスも同じルートで探りを入れようとしていたことを私は知っていた。
しかし目的は父親とは違い、今もリオレットと付き合いがあるかを知るためだ。
実母方の人間ならば、屋敷で孤立しているリオレットの味方になるのではないかとレノと話し合っていた。それでメルトワ伯爵に白羽の矢を立てたというわけだ。
目的は違うけれど、父親も近いようなことを考えていたらしい。
「知っているなら話は早い。お前が彼と直接話してみるといい」
「ありがとうございます」
エディウスは礼を言い、その後しばらく話をしてから父親の部屋を後にした。
実はモーリア侯爵との会食後、彼はレノに一つ頼み事をしていた。
自分が仕事をしている間に、情報収集をしてほしいと。どうやら貴族には社交界があるように、従者にも横の繋がりがあるらしい。
その伝手で、コリーヌの評判とその交友関係を調べてほしいと頼んでいた。
そんな彼を見ていたら、なんだか心がじんわりと温かくなる。最終的に彼らがどんな運命を辿るのか分からないけれど、今のエディウスが自分の意思でリオレットの為に動いているから。
小説でリオレットが語った『生きる希望だったエディウス』は、今こそ本当にその役目を果たそうとしている。それが単純に嬉しかった。
◇
それから二日が経ち、その日がやってきた。
王宮の個室で行われる小規模な夜会。舞踏会や晩餐会という派手なものはなく、親しい友人や仕事関係者で軽く飲食しながら歓談する感じだ。現代風に言えば、上流階級の男たちの飲み会といった感じだろうか。
エディウスは会場に着くなり目当ての人物を見つけたらしく、迷わず真っ直ぐに歩み寄った。
「お久しぶりです。メルトワ伯爵」
「おお、エディウス様。大変ご無沙汰しております。お会いするのは昨年ご成人された時以来ですね」
「伯爵もお変わりないようですね。お元気そうで何よりです」
軽く挨拶を済ませたあと、また別の知り合いに声をかけていく。
今はまだ夜会が始まっていないので、顔見せ程度だったのかもしれない。
間もなくニールセン侯爵の挨拶で会が始まり、皆慣れた様子で各々が好きなように話し始めた。
テーブルには軽食や飲み物が用意され、グラスを傾けながら会話を弾ませている。エディウスは父親と一緒に参加者たちの話に加わり、私には理解できない政治的な話を繰り広げているようだ。
三十分ほど過ぎただろうか、酒も入って緩い雰囲気になってきたところで、エディウスがその場を離れてメルトワ伯爵に声を掛けた。
「楽しんでおられますか、メルトワ伯爵」
「ええ。ニールセン侯爵に招待されるのは久方ぶりでして。懐かしい話などをしておりました」
メルトワ伯爵の話し相手が離れる隙を狙っていたのか、一人になった瞬間にさりげなく近付き話しかける。
「そういえば、もう間もなく宮廷舞踏会が開かれますね。今回は私の婚約者であるリオレットも参加するので少々緊張しています」
「そうですね。あの娘は私の従姉妹の娘でもありますから、楽しみにしておりますよ」
私はメルトワ伯爵のことを聞くまで、リオレットの親族なんて考えたこともなかった。
でも実母が貴族ならば、当然立派な実家があって親族だっているはずだ。母親は早くに亡くしたけれど、祖父母や伯父伯母がいてもおかしくないのだ気が付いた。
そしてニールセン侯爵の話では、今も祖父母は健在だという。それなのに幼いリオレットを後妻から守れなかったのだろうか。
「メルトワ伯爵は彼女の亡くなった母君……ソフィア夫人の従兄弟なのですよね」
「そうです。私の叔母がブルネ子爵家に嫁ぎ、そこでソフィアが生まれました。彼女が母になってから何度かリオレットにも会いましたが、従姉妹に似てとても可愛らしかったことを覚えています」
「最近は会ってはいないのですか?」
「ええ。親戚としてはやはり遠いですし、ソフィアが亡くなってからは会う機会もありません」
残念そうに話す姿を見ると、以前はそれなりに 親しく交流していた様子が窺える。
「そうでしたか。……ところでブルネ子爵はお元気ですか。あまり宮廷行事や夜会でお見かけしないようですが」
「体を悪くしてからは、隠居同然の生活を送っています。今は嫡男が仕事を引き継いでいますが、残念なことに今はご夫婦共に元気を無くされていまして」
「それは、ソフィア夫人……娘を早くに亡くされたことで?」
「そうですね。それに最近はまた別の……」
ここまで話して、メルトワ伯爵が急に言葉を濁した。どうしたのだろうと不思議に思っていると、エディウスが続ける。
「私に遠慮なさらないでください。私はサリアン伯爵家の婿としてではなく、リオレットの婚約者として祖父母であるご夫婦を心配しています」
そうハッキリ言い切ると、メルトワ伯爵はほっとしたように表情が柔らいだ。
「もしかして、彼女の噂を耳にしましたか?……ご存知か分かりませんが、ブルネ子爵は現在サリアン家と交流が途絶えています。孫娘であるリオレットに会いたいと何度申し入れても、後妻であるコリーヌ夫人の気が病むからと断られ……。なんでも子爵令嬢だったソフィアに負い目を感じているらしく、ブルネ家は元妾だった自分たちを受け入れてくれないなどと嘆いていたそうです。まあ、実際その通りではあったのですが。可愛がっていた娘を亡くし、孫娘にまで会えなくなったことで次第に気力を失われてしまわれたのです」
ああ、そういうことだったのかと腑に落ちた。長年リオレットが不遇な状態であり続けたのは、彼女の味方を排除してきたからだ。
コリーヌはずっと弱者のフリをしつつ、正妻の立場を最大限に利用していたことがこの話でもわかる。
被害者ぶって同情を誘い、周囲を都合よく操作する。コリーヌはそういうことに長けた人間なのだと改めて思い知った。
これはかなり厄介なタイプな人間だ。身近にいたら、全力で遠ざかりたい人ナンバーワンと言ってもいい。
「リオレットの噂については、我々もあまり触れたくないというのが正直なところなのです。ブルネ夫妻の目の届かない所で、どのような教育がなされたのか。傍若無人に振る舞う令嬢ということを聞いて、何とも言えない気持ちになりました。多くの貴族はサリアン伯爵を遠巻きにして噂をしております。しかしエディウス様の耳にまで届いているとなると、あの方はすでに噂についてご存じということですかな」
苦笑しながら問いかける伯爵に頷き、そしてリオレットの噂は間違っているとはっきり否定してから尋ねた。
「その噂というものが、どこから出たのか不思議で仕方がないのです。少なくとも私の前ではそのような姿を見たことがありません。どのあたりから流れた噂かお分かりになりますか?」
メルトワ伯爵はもっともだと言うように頷きながら聞いている。でもそれはエディウスの言葉を受け流しているようにも、同意しているようにもどちらにも取れた。
「それは私もわからんのです。気が付いたら広まっていたといったところでしょうか。ブルネ子爵もこの話を耳にしたらしく、かなり気にされていると聞いています。間もなく彼女も社交界入りしますが、嫌な噂を払拭してくれる姿を私も期待しているのですよ」
そんな風に話が締めくくられて、この話は終わりを迎えた。他の人が近付いてきたのを見て話題を変え、そのまま長い夜は更けていった。
◇
エディウスが希望したメルトワ伯爵との会話は、私に新しい視点を見せてくれた。これまでは登場人物という、限られた範囲でしか考えていなかった私には新鮮でもあった。
けれど救いになるはずの手は、コリーヌによって阻まれている。
エディウスはそれを聞いて得られたことはあったのだろうか?
おそらくサリアン家の真実を知り改善策を探っているのかもしれないけれど、そこから先をどうするのか見えてこない。
見た目だけは貞淑な伯爵夫人だ。決定的な証拠を突き付けないと、さらに被害者面をされかねない。
現代みたいに写真や動画、ボイスレコーダーがあれば手っ取り早いのに、きっとこの世界にはそんな物は無い。
いくら様々な情報を聞き出したとしても、それでリオレットの環境を変えられるかと言えば難しいような気もする。
それでも手掛かりを掴もうと動いているエディウスの姿を見ていたら、私も応援をしたくなってきた。
彼らの行く末に関わらず、これからも傍観者でい続けるつもりだけれど。
長くエディウスを見続けてきたせいて、情が湧いてしまっている。
リオレットのために翻弄する彼が、どこかで助けを必要とするなら、その時は少しだけ彼の助けになろうと思った。




