case37.忘れられないバレンタイン
高校一年生の一ノ瀬茉莉奈は、バレンタインにあやかって、ずっと好きだった岩瀬遥紀に告白しようと決意するが……。
拗らせ両片思いな二人の、バレンタインの告白の話です。
ぜひお読みください!
2月14日。
廊下に流れる、チョコレートと甘い空気と、どこかピリピリした緊張感。
一ノ瀬茉莉奈は、朝からずっと心臓が忙しく動き続けていた。
教室に持ち込んだ手提げの中には、昨晩遅くまでかけて作った、手作りのチョコレート。
何度もやり直して、最後の最後にこれなら大丈夫と思えたもの。
でも実際に渡すとなると、途端に手が震えてしまう。
(渡すだけ、なのに)
広瀬遥紀。
図書委員として一緒に活動するうちに、彼の静かな優しさに気づいた。何かを強く言うことはなくても、ちゃんと人を見てくれていて、ふとした瞬間に心を支えてくれる、そんな人。
だからこそ、想いを伝えて困らせてしまうのが怖かった。
でも。
遥紀が茉莉奈を助けてくれる度に。
ふっと優しく笑いかけてくれる度に。
この想いは大きく育っていった。
もうこれ以上、この気持ちを隠したくない、そう思わされるほどに。
今日は、バレンタイン。気持ちを伝えるには、これ以上ない日。
放課後、勇気を出して渡そうと、教室の廊下で遥紀を探して、角を曲がったそのときだった。
「……ごめん。俺、他に好きな人がいるから」
耳に入ってきたのは、あまりにもはっきりした声。
声の主は、遥紀。その正面にいるのは、他クラスの女の子。きっと、チョコを渡そうとしていたのだろう。その子は、困ったように笑いながら言った。
「そっか、わかった。気持ち聞いてくれて、ありがとうね」
そう呟いて、彼女は廊下を去っていく。
その場には、遥紀がぽつんと取り残されていた。
茉莉奈は、足元から崩れ落ちそうになるのを必死でこらえて、気づかれないように踵を返す。
自分が、振られたわけじゃない。
けれど、その言葉があまりにも突き刺さって。教室へ戻るのは無理だった。
誰にも見られない場所を探して、校舎の裏手、階段の下で、茉莉奈は静かに膝を抱えた。チョコレートは、まだ鞄の中にある。
重くて、苦しくて、喉が詰まりそうだった。
「……いいな、広瀬くんが好きな女の子……」
声に出した瞬間、目の奥が熱くなって、堰を切ったように涙があふれた。
ーーー
遥希は教室に戻ろうと廊下を歩いていた。
そして階段の下にしゃがみ込んで泣いている、茉莉奈の姿を見つけてしまった。
「一ノ瀬……?」
その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる痛みに襲われた。
普段は穏やかで、負の感情をあまり表に出す事のない彼女が泣いている。何か、見てはいけないものを見てしまった気がした。
けれど、見て見ぬ振りなんてできるはずがなかった。
遥紀はずっと前から茉莉奈に、『恋』なんて言葉では収まりきらないほどに拗らせた重い感情を抱いていたから。
急いで近づくと、茉莉奈に声をかける。
「どうしたんだ、何かあったのか?」
茉莉奈は、ハッとしたように顔を上げ、慌てて涙を拭った。
「……何でもないよ。大丈夫だから、今は、ほっといてほしい」
「放っておけるわけないだろ。一ノ瀬が泣いてるんだぞ。俺には、話せないことなのか?」
「……うん、話せない。言ったら遥紀くん、困るから」
否定の言葉に、遥紀の胸がチクリと傷んだ。
いつもなら、そう言われたら諦めていたかもしれない。
でも今日は。
泣いている茉莉奈を目の前にして、そのままにしておくなんて出来る訳がなかった。
「困らないから言ってほしい。一ノ瀬が泣いてる方が、ずっと困るから」
しばらく沈黙があって、茉莉奈がぽつりと呟いた。
「ふふ……優しいなぁ。でも、好きな人でもない人に、そんな事言っちゃだめだよ。私みたいに、泣かせる人を増やしちゃうから」
「え、なんで……」
「ごめん、さっきたまたま聞こえちゃって……。好きな子、いるんでしょ?」
彼女のその言葉に、一瞬思考が停止した。
(……え?)
自分の言葉が、彼女を泣かせていた?
いや、違う。もっと根本的に。
(そんな、まさか……、でも、もしかして……)
ありえないと思いながらも可能性を否定出来ず、回らない頭で遥紀は呟く。
「え、つまり……一ノ瀬は」
彼女は、目を伏せたまま、声を震わせて言った。
「うん……。好きなの。広瀬くんのこと」
茉莉奈の瞳から、ぽろぽろと涙が再び溢れる。
「言うつもり、なかったのになぁ……。ごめん、泣いちゃって」
その姿があまりにも愛しくて、遥紀はたまらず手を伸ばしかけ、宙でぐっと手を握った。
「一ノ瀬、勘違いしてる。俺が好きなのは、一ノ瀬だ」
「……え?」
茉莉奈の黒目がちの瞳が、ゆっくりと遥紀を見る。
「だから、泣くのはやめて欲しい」
遥紀は、顔を逸らしそうになるのを必死に堪えて、真正面から彼女を見つめた。
「ずっと好きだった。でも……、」
涙が止まった茉莉奈が、遥紀を見ている。
言ってしまうと、きっとこの関係は壊れてしまうんだろうな、そう思いながら伝える。
「……でも俺じゃ、ダメなんだ。俺の気持ちは重すぎて、ドロドロしすぎているから。……君を傷つけるかもしれない。汚してしまうかもしれない」
遥紀の声は、震えていた。
自分の気持ちが“純粋”じゃないこと、それを茉莉奈に知られてしまった。
もう、終わりだ。そう思って顔を晒す。
けれど、
「……やだ」
茉莉奈の口からでた言葉。
どこか拗ねた様な言い方に、茉莉奈の方をバッと見る。
「え……?」
「そういう理由だったら、やだ」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねたみたいな表情で遥希を見る茉莉奈。これまで見た事のない茉莉奈の表情に、ドキッと心臓が跳ねた。
(か、可愛い……。じゃ、無くて!)
「やだって、どういう……」
遥紀は戸惑って聞く。
「だって…… 広瀬くんも私のこと、好きって思ってくれてるんでしょ?」
そう聞いてくる茉莉奈に、恥ずかしさはあれど、しっかりと頷いた。
「好きだ」
茉莉奈が嬉しそうに微笑む。
「だったら、付き合ってみようよ」
茉莉奈が少しだけ顔をキリッとさせて続ける。
「広瀬くん、知らないかもだけど、私、意外と頑固なんだよ」
「え、」
「負けず嫌いだし、嫌なことははっきり言うし」
「……それは知ってる」
人一倍努力家で、意外と頑固で負けず嫌いで、やると決めたら多少無茶をしてでもやり切る性格であることも、知っている。
茉莉奈の事をずっと見てきた。だから当たり前の事の様に知っていた。
遙紀がそう言うと、茉莉奈はふふ、と笑う。
「広瀬くんが、重すぎてしんどいなって思った時は、それは無理だよ、ってちゃんと言うよ。その代わり、広瀬くんも私の行動が嫌だなって感じた時は、隠さずに教えて欲しい」
「え……そんな、こと……いいのか?」
「うん、もちろん!そうやって、一緒に、二人の関係を作っていこうよ」
そう言ってにっこりと微笑む茉莉奈に、遥紀は全部を救われた気がした。
泣きそうになるのをぐっと堪えて、遥紀は頷いた。
ーーー
「……チョコ、持ってきたんだ」
少し照れたように茉莉奈が言いながら、鞄から小さな箱を取り出した。
「これ……私の気持ち、いっぱい込めて作ったから」
遥紀は、それを宝物のように両手で受け取った。
「ありがとう。……。嬉しい。一生、大事にする」
「嬉しいけど……ちゃんと、腐る前に食べてね?」
ふふっと笑いながら言う茉莉奈に、遥紀は、一瞬本気でチョコをずっと保存しておこうと考えていた事を悟られないようにしようと、表現を強張らせた。
「……わ、分かってる」
「また来年も、作るからね」
その笑顔は、太陽みたいにあたたかくて。
遥紀の“重たすぎる”愛を、ふわりと包み込んでくれる優しさだった。
「重すぎたって大丈夫だよ。だって好きって気持ちは、絶対軽いものなんかじゃないでしょ?」
それが、彼女がくれた救いだった。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作はcase6. 両片思いな2人-side茉莉奈
case7. 両片思いな2人-side遙紀 の両片思いの2人の話です。
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