case36.体育祭の前に
高校三年生で生徒会長の九条里香は、生徒会長として行う最後のイベントである体育祭を前に、ある決意をする……。
生徒会長の女の子の、独白の話です。
ぜひお読みください。
(本作はcase3.後輩からの告白の生徒会ペアの、告白直前の話です。case3を読んでいなくても問題なく読めます。)
十月上旬。体育祭を間近に控えた放課後。
校舎の窓からは、時折吹く風に揺れる銀杏の葉が金色にきらきらと輝いて見える。
高校三年生で生徒会長の九条里香は、生徒会長としての最後のイベントである体育祭を前にして、校舎の屋上から校庭を眺めていた。
入学してからの日々を思い返す。
最初はただ興味本位で応募した生徒会だった。
けれど、活動を重ねるうちに、思いがけず、会長になりたいと強く思うようになっていた。
そして、実際に自分が会長の立場に立ち、時にはプレッシャーで押しつぶされそうになりながらも、どうにかやってこれた。
でもそれは、絶対に一人では成し得なかった。
他の生徒会メンバーが居たから。
そして何より、いつも一番そばにいて支えてくれた、ひとつ年下の副会長、桐生拓哉がいたから。
彼らの存在無しで、里香はここまでやってくることは出来なかったと断言出来た。
体育祭の準備期間の今も、そう。
体育委員と合同で行う会議の資料や手書きのタイムスケジュール、体育祭の競技案や、午前と午後の入れ替えプログラム。
それらを修正し書き直す度、眉間にしわを寄せていると、生徒会メンバーが一緒になって確認してくれる。
誰かが疲れた顔を見せた時には、別の誰かが支えになってくれる。
そんな生徒会が、里香はとても好きだった。
そしてその中心には、いつも拓哉の姿があった。
ひとうひとつの瞬間を思い返すたびに、心がぎゅっときつく締め付けられる。
屋上は地面よりも風が少し強く吹いていて。
首筋に当たる風が冷たくて、匂い立つような金木犀の香りが鼻先をくすぐる。
校庭では、授業を終えて部活動を始める部員たちが談笑しながらグラウンドへ出ていく音が聞こえる。
遠くでは、テニス部のラケットがコートに当たる軽やかな音。
里香は目を細めて、そんな音たちをひとつひとつ拾いながら、自分の胸中を整理しようとする。
「これが最後なんだよね」
小さく呟く。
一年生で生徒会役員になり、頑張ってきた三年間。
そして特に思い出深い、生徒会長として、みんなを引っ張ってきたこの一年間。
拓哉と肩を並べて仕事をしてきた、この日々も、もうすぐ終わる。
すっかり染みついた習慣の様に、拓哉の存在があることを、当たり前のように感じていた。
だが、その「当たり前」がもうすぐ終わるんだと思うと、また胸が痛くなる。
ふと、空を見上げる。
空に薄く浮かぶ雲が次第に流れ、風が吹くことでその形を少しずつ変えていく。
胸の奥で、感謝と切なさと緊張とが一緒くたになってぐるぐると渦巻く。
でも、その忙しい想いに呼ばれるように、里香の決意は固まっていった。
自分の手を、グッと握る。
拓哉に伝えたい。
感謝だけじゃなく、それ以上に育ってしまった、自分の気持ちも……。
でも、今はまだ言わない。
言ってしまえば、今この時の、“かけがえのなさ”が終わってしまうようで怖い。
軽く息を吐いた。
自分の前にあるのは、もうすぐ訪れる体育祭という大舞台。
全力で、生徒会長としての最後を飾る。拓哉と、そして、今の生徒会メンバーと、共に。
それが無事に終わったら。
自分の中で膨らんだ想いを、そのときこそ、伝えよう。
体育祭が終わったら。
そう心に誓い、里香は深く深呼吸をした。
校庭の向こうから聞こえる、楽しそうな生徒たちの声。
里香の中に、ほんのりとした勇気が芽生えた。
「よし、やるぞ」
そう自分に言い聞かせるように、もう一度強く、手を握った。
こうして里香の決意は固まった。
まだ言葉にはできない。
でも、その「言いたい」という想いが、消えてしまうことはない。
体育祭という生徒会最後の大仕事を、一生懸命に成功させる。
その先に、きっと、言葉にできる、自分だけの想いが待っている。
そう信じて、里香はまた、校舎の方へと歩き出した。
見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!
本作はcase3.後輩からの告白 の二人の話です。
里香×拓哉の話のバックナンバー
case3.後輩からの告白
case8.苦手な先輩のはずだった
case10.言えなかった本音
case15.そばで見てきたから
case20.遠くて近い電話越しの距離
case25.ペアキーホルダー
case32.一年の距離
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