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日常恋愛オムニバス  作者: 陽ノ下 咲


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case38.卒業しても、ずっと

高校三年生で元生徒会長の九条(くじょう)里香(りか)は今日、この高校を卒業する。舞台上では、里香の後をついで会長になった、ひとつ下の後輩の桐生(きりゅう)拓哉(たくや)が送辞を読んでいて……。


生徒会カップルの、卒業式の話です。

ぜひお読みください!

 卒業式。在校生代表として体育館の壇上に立つ桐生拓哉の声が、静かな空間に優しく響いていた。


「僕たちの前を歩いてくれた先輩たちへ。心から、ありがとうございました」


 その瞬間、九条里香の胸に溢れた感情が、視界をぼやけさせた。


(ああ、どうしよう……泣いちゃう)


 里香が生徒会長をしていた間、副会長だった拓哉は、今では堂々たる生徒会長となっていた。

 けれど、彼の話し方は変わらない。穏やかでまっすぐで、とても優しい。


 これまで拓哉と一緒に過ごしてきた日々が脳裏をよぎる。


 なかなか終わらない大量の仕事を、遅くまで生徒会室に残って二人で一緒に終わらせたこと。

 拓哉の修学旅行のお土産にもらった、ペアのイルカのキーホルダーのこと。

 文化祭で里香が失敗して落ち込んだ時、そばに寄り添って心ごと支えてくれたこと。

 ふざけ合いながら書類を片付けた放課後。

 そして体育祭前に、思いを伝え合ったこと。

 里香は、体育祭を終えてから告白しようと思っていたから、その前に拓哉から伝えられて驚いたし戸惑ったけれど、それ以上に、泣きたくなるほど嬉しかった。

 

 流れる涙を袖でぬぐいながら、深呼吸をした。


(次は私が、今度は答辞を読むんだ。しっかりしないと)


 壇上に立つと、視線の先には、真剣な顔でこちらを見つめる拓哉の姿があった。


 その瞳に映る自分を見て、背筋が伸びる。


「在校生の皆さん、そして、これまで支えてくださった先生方、保護者の皆様。本日は、私たち卒業生のために、ありがとうございます」


 話すうちに、自然と心がこもっていく。

 高校生活で得たかけがえのない仲間との時間、生徒会としての責任、失敗して泣いた日も、悩んだ夜もあった。

 でも、その全部が宝物だった。


「この場所を離れても、私は、ここで得たすべてを胸に、生きていきます。ありがとうございました」


 大きな拍手に包まれながら、目に映る人たちが涙をぬぐっているのがわかった。

 その中で、拓哉の瞳が静かに濡れているのを見て、胸が熱くなった。



 卒業式が終わり、記念写真を撮る生徒たちの輪の中をすり抜け、里香は静かに生徒会室へと向かった。


 もうすぐ、ここともお別れ。


 四月からは、学びたい分野の大学に通う為、住み慣れた土地からも離れて一人暮らしが始まる。

 もちろん、期待も大きいけれど、緊張や不安が一気に押し寄せる。


 ふと、机を見る。

 拓哉がこっそり描いたいたずら書きを見つけ、ふふ、と小さく微笑んだ。


 すると、


「あ……会長、ここにいたんですね」


 振り返ると、拓哉がいた。息を弾ませ、髪が少し乱れている。


「もう、“会長”は桐生くんでしょ?」


「でも、俺にとっては、ずっと会長ですから」


 ちょっとだけ照れくさそうに笑うその顔に、胸がきゅっとなる。


「桐生くんの送辞、すごく良かった。……泣いちゃったもん」


「見てましたよ。袖で涙拭いてるの、かわいかったです」


「えっ……なに、それ……もう……」


 顔が熱くなる。まさか、そんなことを言われるなんて。しかも、こんな真顔で。


「今日だけじゃない。……ずっと見てました。あなたのこと」


 その言葉に、時が止まった気がした。


「会長としてのあなたも、会長じゃないあなた自身も。泣きそうなのに頑張って笑ってた時も。頑張りすぎてるの、わかってたから。……だから、いつもそばにいたかった」


「桐生くん……」


 涙がまた、にじむ。


「里香先輩、……寂しいです」


「私も、寂しいよ……桐生くんがいないと、なんか、背中がスースーするっていうか……」


 ふと、二人の距離が近づく。


 そっと、拓哉が手を伸ばし、里香の髪に触れる。


「こうして話してるのに、もう“卒業”って、なんか信じられないです」


「ほんとだね……なんか夢みたい」


 自然と、お互いの距離が縮まった。


 そして、静かに抱きしめ合った。


「大好き」


 里香がそう呟けば、


「俺も、大好きです」


 拓哉の声が返ってきた。


 どちらからともなく、そっと目を閉じる。

 優しく唇が触れ合う。


 それは、長いようで、一瞬のような、不思議な時間だった。


 互いの体温を感じながら、鼓動が響く。


 優しく触れ合った唇に、互いの気持ちが溶けていった。


「ねえ、聞いてもいい?」


「はい」


「卒業して遠くに行っちゃっても、私のこと、ずっと好きでいてくれる?」


「……もちろんです。好きでいさせてください。俺、里香先輩とずっと一緒にいたいから……、先輩のこと、追いかけます。だから、先輩こそよそ見しないでくださいね」


 その言葉と表情があまりにも優しくて、決意に満ちたもので。

 私たちはきっと大丈夫だ、と思わせてくれた。


「じゃあ……ずっと離さないから、覚悟してね?拓哉くん」


 拓哉は目を見開いて、すぐに顔を赤くして、嬉しそうに笑った。


「そんなの……望むところですよ!」


 ぎゅっと、もう一度抱きしめ合った。

 互いの鼓動が、ひとつになる。


 春の風が、窓の外をやさしく吹き抜ける。


 別れの季節に交わされた約束。それは、甘くて、確かな“始まり”だった。





side拓哉


 壇上から見下ろす体育館の景色は、どこまでも静かで、そして、どこまでも温かかった。


 目の前の卒業生たち。

 その中央、誰よりも美しく、まっすぐに前を見ている里香がいた。


 生徒会長だった彼女。

 拓哉の、尊敬する人で、憧れで、そして、好きになってしまった人で、同じ気持ちをくれた、最愛の人。


「僕たちの前を歩いてくれた先輩たちへ。心から、ありがとうございました」


 声が震えそうになって、拓哉はそっと手を握った。

 本当はもっと。

 もっとずっと、一緒にいたかった。


 でも、それを言ってしまったら、きっと心が抑えられなくなる。


(……ダメだ、まだ先輩が答辞を読むんだ)


 そう思いながら彼女の方を見れば、袖で涙を拭う姿が目に映った。


(泣いてる……)


 その瞬間、拓哉の胸がぎゅっと締めつけられる。

 ずっと強くて、頼られてて、隙なんて見せなかった先輩が、今は泣いてる。

 そのことが凄く、愛おしかった。


 次に壇上に立ったのは、もちろん彼女だ。


 何度も聞いてきた声。でも今は、なんだか遠くて近い。


「在校生の皆さん、そして……」


 一言一言に、彼女の想いが込められていた。生徒会長として、そして一人の先輩として。


 最後の「ありがとうございました」という言葉には、どこか覚悟のような強さがあって、拓哉の目頭が熱くなった。


(やっぱり……好きだ)


 はっきりと、そう思った。



 式が終わった後、拓哉はすぐに辺りを探した。

 写真を撮る卒業生たちも、涙を拭く在校生たちも目に入らなかった。

 拓哉の瞳は、ただ一人だけを探していた。


 生徒会室。拓哉は、自然とその場所に足を運んでいた。


 扉を開けると、彼女がいた。


 窓から差し込む光の中で、机に手を置きながら微笑んでいる。


「あ……会長、ここにいたんですね」


「もう、“会長”は桐生くんでしょ?」


 その笑顔が、少し照れていて、懐かしくもあり、どうしようもなく好きだった。


「でも、俺にとっては、ずっと会長ですから」


 本心だった。ずっと、あの背中に憧れていた。


「桐生くんの送辞、すごく良かった。……泣いちゃったもん」


「見てましたよ。袖で涙拭いてるの、かわいかったです」


 すっと本音が出た。今までなら、ここでつい茶化してしまっていた。

 けれど、もう止める気もなかった。

 素直になると決めたから。


「今日だけじゃない。……ずっと見てました。あなたのこと」


 出てくる言葉に、熱が帯びる。


「会長としてのあなたも、会長じゃないあなた自身も。泣きそうなのに頑張って笑ってた時も。頑張りすぎてるの、わかってたから。……だから、いつもそばにいたかった」


「桐生くん……」


 里香は目を丸くして、それから……涙を浮かべた。

 その姿に胸が締め付けられた。

 これが終わったら、もう里香は遠くへ行ってしまう。応援したい気持ちだってもちろん強いけれど、その事実が、どうしようもなく辛い。


「里香先輩、……寂しいです」


「私も、寂しいよ……桐生くんがいないと、なんか、背中がスースーするっていうか……」


 自然と手が伸びていた。里香の柔らかい髪に、触れる。


「こうして話してるのに、もう“卒業”って、なんか信じられないです」


「ほんとだね……なんか夢みたい」


 彼女の細い肩を抱き寄せた。


「大好き」


 里香が震えるように言ったその言葉。


「俺も、大好きです」


 ちゃんと、言葉にできた。


 唇が触れ合った瞬間、世界が静かになった気がした。


 このまま時間が止まればいいのに、なんて。


 でも、止まらないのなら、進むしかない。

 彼女と一緒に。


「ねえ、聞いてもいい?」


 少し震えた、不安そうな里香の声。


「はい」


「卒業して、遠くに行っちゃっても、私のこと、好きでいてくれる?」


 不安そうに揺れる瞳。

 安心してほしい、その一心ではっきりと答える。


「……もちろんです。好きでいさせてください」


 里香の事は、もちろん信頼している。けれど、同時に、きっと周りが里香をほっておかないだろうとも思う。

 だから、自分の中で決めていた決意を、里香自身に伝えておきたいと思った。


「俺、里香先輩とずっと一緒にいたいから……、先輩のこと、追いかけます。だから、先輩こそよそ見しないでくださいね」


 里香は驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。


「じゃあ……ずっと離さないから、覚悟してね?拓哉くん」


 名前を呼ばれた。呼び方が変わった。それだけで、涙が出そうだった。


「そんなの……望むところですよ!」


 思わずもう一度、里香の身体を強く抱きしめた。


 

見つけてくださり、お読みいただき、ありがとうございました!


本作は、case3.後輩からの告白 の生徒会2人の話です。


里香×拓哉の話のバックナンバー

case3.後輩からの告白

case8.苦手な先輩のはずだった

case10.言えなかった本音

case15.そばで見てきたから

case20.遠くて近い電話越しの距離

case25.ペアキーホルダー

case32.一年の距離

case36.体育祭を前に


こちらも合わせてお読み頂けると嬉しいです。

ぜひお読みください!

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