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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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95/127

あと90分

第69章 あと90分

1 韓国戦の前夜


中国に2-0。


オーストラリアに2-1。


日本は最終予選二連勝で勝ち点6。


ロサンゼルスオリンピック出場へ、大きく前進していた。


だが、最終戦の相手は韓国。


二次予選でも、日本は最後まで苦しめられた。


前線からの圧力。


激しい球際。


そして何より、ボールを奪った瞬間に一気に前へ出るカウンター。


日本のミーティングルームでは、韓国の映像が何度も再生されていた。


原町監督が映像を止める。


「韓国の一番危険な時間は、守っているときじゃない」


早川莉奈が答える。


「奪った直後」


「そうだ」


スクリーン。


韓国が自陣でボールを奪う。


次の瞬間。


朴智秀から縦。


李彩媛が走る。


金素妍が外へ。


わずか三本ほどのパスで相手ゴール前。


柚月が腕を組む。


「考える前に走ってる感じだべな」


岩出コーチがうなずいた。


「奪った瞬間の役割がかなり整理されています」


誰が受ける。


誰が裏へ走る。


誰が外を使う。


迷いが少ない。


だから速い。


2 韓国の得意な形へ入らせない


原町監督はホワイトボードへ書いた。


奪われた直後。


「ここを消す」


宮野沙季が聞く。


「即時奪回ですか」


「それだけじゃない」


柚月が先に言った。


「奪われ方じゃねぇ?」


原町監督がうなずく。


「そうだ」


危険な場所で無理に縦へ入れない。


中央で前向きに奪われない。


パスがないなら戻す。


シュートを急がない。


クロスを入れるなら、後方の人数を残す。


「韓国のカウンターを止める最初の方法は、韓国がカウンターしやすいボールの失い方をしないことだ」


早川が静かにうなずく。


「奪われてから頑張るだけじゃ遅い」


「その通り」


3 日本のカウンターを最大化する


そして、もう一つ。


韓国のカウンターを消すだけではない。


逆に。


韓国が前へ出た瞬間を、日本が使う。


二次予選では韓国が柚月、早川、正木を徹底的にマークした。


今回はさらに森岡美里、長崎美琴まで警戒してくる可能性がある。


それだけ人を使うなら。


ボールを奪った直後。


韓国側にも空間ができる。


原町監督は言う。


「韓国が前へ出たところで奪ったら、一気に行く」


長崎美琴。


キープ。


早川莉奈。


前進。


正木静香。


裏への速度。


森岡美里。


二列目。


柚月。


最初の判断。


「韓国のカウンターを消して、日本のカウンターを出す」


森岡が少し笑う。


「同じ武器で上回る?」


柚月は首を振った。


「同じじゃねぇっちゃ」


全員が見る。


「向こうは奪った瞬間に速い。うちらは、奪ったあと速くするか、止めるかまで選ぶ」


原町監督がうなずく。


「その違いを使え」


4 奪っても急がない


練習。


韓国役の選手が前へ出る。


日本が奪う。


早川。


すぐ正木へ出そうとする。


原町監督の笛。


「待て!」


早川が止まる。


「今、何人戻ってた」


「三人」


「なら急ぐ必要は?」


早川が考える。


「ないです」


「もう一回」


次。


美琴が奪う。


身体を使って一人かわす。


正木が走る。


韓国役が二人戻る。


美琴は出さない。


柚月へ。


韓国役が一歩前へ。


そこから柚月が早川。


今度は縦。


速度を二段階にする。


「それだ!」


原町監督が声を出す。


速攻だから、最初から全部速くする必要はない。


相手が最も崩れる瞬間だけ速くする。


5 森岡をどう使うか


ミーティングの後半。


森岡美里の動きが重点的に確認された。


二次予選の韓国戦でも、森岡は何度も中央とサイドの間へ入り、韓国の守備を動かした。


今回も同じ。


ただし。


ボールを持たない動きも使う。


森岡が下がる。


韓国MFがついてくる。


正木がその背後へ。


森岡が外へ流れる。


中央が開く。


早川が入る。


「美里を追うか、ゾーン残るか、向こうに選ばせるべ」


柚月が言う。


森岡が笑う。


「また囮?」


「うちら、最近囮多いな」


「点も取ってるけどね」


6 韓国側の分析


一方、韓国代表。


金成鉉監督も日本の最終予選二試合を徹底的に分析していた。


中国戦。


サイドを使い、中国が修正したら中央へ。


オーストラリア戦。


前後の距離を見抜き、最後は柚月のミドル。


「日本は一つの戦術で戦わない」


朴智秀がうなずく。


「試合中に変えてきます」


「だから、最初のプランを崩されたあとが勝負だ」


そして。


「日本にカウンターさせるな」


韓国も、自分たちが前へ出た背後を使われる危険を理解していた。


だが。


勝たなければならない。


引いているだけでは足りない。


この矛盾が、韓国を難しくする。


7 試合開始


最終予選最終戦。


日本対韓国。


キックオフ。


韓国は序盤から前へ来た。


朴智秀。


李瑞妍。


前線の李彩媛。


日本の最終ラインへ圧力。


しかし日本は受けない。


藤森彩香。


宮野沙季。


柚月。


短くつなぐ。


無理なら戻す。


韓国が出る。


その背後。


早川。


しかし、すぐには出さない。


「焦んな!」


柚月が声を出す。


開始五分。


0-0。


まだ互角。


だが、韓国は少しずつ違和感を覚え始めていた。


8 カウンターへ行けない


前半八分。


韓国が中盤でボールを奪う。


朴智秀。


本来なら、その瞬間。


李彩媛。


金素妍。


二人が一気に走る。


しかし。


日本の森岡美里がすぐコースへ入る。


宮野沙季が中央を閉める。


藤森彩香は下がりすぎない。


朴智秀は縦へ出せない。


横。


日本が戻る。


カウンター終了。


前半十一分。


今度は李瑞妍が奪う。


また前。


しかし早川が追う。


柚月が進路を消す。


李瑞妍は後ろへ戻す。


韓国の得意な形にならない。


柚月が静かに言った。


「よし」


9 韓国の焦り


前半十五分。


韓国はボールを奪う。


だが、すぐ縦へ入れられない。


日本が中央を閉じる。


外へ。


また戻る。


攻撃を作り直す。


韓国は悪くない。


でも。


自分たちが最も得意な速い攻撃へ移れない。


金監督がベンチ前で腕を組む。


朴智秀も、少しずつ苛立っているように見える。


前半十八分。


朴が早川へ強く寄せる。


ファウル。


早川が倒れる。


主審が注意する。


森岡が早川へ近づく。


「大丈夫?」


「はい」


柚月は遠くから韓国側を見る。


「ちょっとイライラしてるな」


宮野も気づいていた。


「カウンター出せてないから?」


「たぶんな」


10 日本は逆に走らせる


前半二十一分。


韓国が押し上げる。


右サイド。


日本が奪う。


美琴。


一度身体を入れてキープ。


韓国が二人来る。


美琴は柚月へ。


その瞬間。


韓国の中盤は前へ出ている。


柚月がワンタッチ。


早川。


早川が前を向く。


正木が裏へ走る。


韓国のDFが慌てて下がる。


早川は正木へ出さず、森岡へ。


森岡が左へ。


國武真央。


クロス。


韓国DFがクリア。


日本のカウンター。


決定機にはならない。


それでも、韓国へさらに警戒を植えつける。


前へ出れば、背後を使われる。


11 前半24分


そして。


その直後だった。


日本が一度攻撃をやり直す。


藤森彩香がボールを持つ。


森岡美里はボールから離れた位置。


中央やや左。


次のパスコースを作るために動いていた。


ボールは森岡のところにはない。


韓国のMF、李瑞妍が森岡についていく。


森岡が方向を変える。


その瞬間。


李瑞妍が後方から強く足を出した。


ボールへではない。


森岡の脚。


低い位置。


勢いのあるタックル。


森岡の身体が崩れる。


芝へ倒れる。


大きな笛。


スタジアムがざわめく。


日本の選手たちが一斉に振り返る。


「美里!」


柚月が走る。


森岡は右脚を押さえている。


主審がすぐに李瑞妍を呼ぶ。


韓国側が寄ってくる。


朴智秀が何か訴える。


しかし。


主審は胸ポケットへ手を入れた。


赤。


レッドカード。


前半24分。


韓国、李瑞妍退場。


12 危険なタックル


森岡のところへメディカルスタッフが入る。


柚月も近くで見ている。


「美里、大丈夫?」


森岡が少し顔をしかめる。


「痛いけど……動く」


「無理すんな」


「分かってる」


脚を確認。


強い接触。


だが、すぐにプレー不能となるような異常はない。


森岡は立ち上がる。


スタンドから拍手。


韓国側は判定へ抗議する。


金監督も第四審判へ何か確認している。


だが、判定は変わらない。


ボールを保持していない相手への、脚から入った危険なタックル。


一発退場。


日本は数的優位を得た。


13 感情に乗らない


柚月は早川と宮野を呼ぶ。


「ここ大事だぞ」


早川がうなずく。


「相手、一人少ない」


「だからって急ぐな」


宮野も。


「韓国、もっと荒くなる可能性ある」


「んだ」


森岡も戻ってくる。


「大丈夫」


柚月が見る。


「ほんと?」


「ほんと」


「なら行くべ」


日本は感情的にならない。


やり返さない。


主審へ余計な要求もしない。


プレーへ戻る。


その姿勢を原町監督もベンチから確認していた。


14 セットプレー


ファウルの位置。


韓国陣内。


左寄り。


直接狙うには少し遠い。


日本のFK。


ボールの前。


柚月。


早川。


國武真央。


韓国は一人少ない。


当然、守備の人数配分が難しい。


柚月がボールを置く。


ゴールを見る。


森岡がペナルティーエリア内へ入る。


正木静香。


藤森彩香。


宮野沙季。


韓国は高さへ対応する。


だが。


日本は高く入れるとは限らない。


柚月が早川へ近づき、小さく言う。


「低く行く」


早川がうなずく。


15 作られた隙


主審の笛。


柚月が蹴る。


高くない。


速い。


ペナルティーエリア手前へ。


早川が走り込む。


韓国DFが一人出る。


早川は触らない。


そのボールを森岡が受ける。


韓国が森岡へ寄る。


森岡はすぐ右へ。


宮野沙季。


宮野もワンタッチ。


外。


宮原彩乃。


韓国の守備が横へ振られる。


宮原から低いクロス。


正木静香。


ニアへ走る。


韓国DFがつく。


正木は触らない。


ボールはその後ろへ。


森岡美里。


さっき倒された森岡が、もう一度ゴール前へ走っていた。


右足。


シュート。


GKが弾く。


こぼれ球。


藤森彩香。


押し込む。


ネット。


1-0。


日本、先制。


16 セットプレーからの先制


藤森が両拳を握る。


「よし!」


森岡が真っ先に抱きつく。


「彩香!」


宮原も。


正木も。


早川も。


柚月も。


一気に集まる。


藤森が笑う。


「またゴール前まで来ちゃいました!」


柚月が笑う。


「中国戦でもやったべ!」


森岡も。


「DFが点取るチームになってきたね」


早川が言う。


「でも、ほとんど全員触ってました」


その通り。


セットプレー。


柚月。


早川。


森岡。


宮野。


宮原。


正木。


最後に藤森。


数的優位。


相手の守備のズレ。


それを一つずつ使った。


前半26分。


日本が先制。


17 一人少ない韓国


スコアは1-0。


韓国はさらに難しくなった。


一人少ない。


一点を追う。


それでも勝たなければならない。


金監督はすぐに形を変える。


中盤を一枚減らし、前線を残す。


カウンターは捨てない。


しかし。


人数が少ない。


日本はボールを持つ。


韓国は追う。


横へ。


後ろへ。


また横へ。


柚月が声を出す。


「走らせるぞ!」


韓国の選手たちは、一人少ない分だけ移動距離が増える。


18 森岡の状態


前半30分。


森岡はまだプレーしている。


動ける。


ただし。


さっきのタックルを受けた右脚には少し痛みが残る。


原町監督は何度も様子を見る。


岩出コーチが言う。


「交代も考えますか」


「前半までは見る」


「本人は?」


「大丈夫と言うに決まってる」


ベンチで少し苦笑。


ただし。


無理はさせない。


ここまでの柚月の復帰過程で、代表全体にも一つの意識が根づき始めていた。


戦えることと、戦わせ続けることは別。


19 韓国の意地


一人少なくても、韓国は諦めない。


前半35分。


朴智秀。


中央。


一度横。


金素妍。


クロス。


李彩媛。


ヘディング。


伊達葵。


横っ飛び。


右手で弾く。


韓国側から大きな声。


日本はすぐクリア。


柚月が叫ぶ。


「気抜くな!」


人数差。


一点差。


それだけで勝てるわけではない。


むしろ、相手は失うものがなくなる。


20 前半終盤


前半40分。


日本はボールを保持する。


だが、無理に二点目を急がない。


韓国を走らせる。


早川。


美琴。


柚月。


宮野。


左右。


中央。


また左右。


森岡は少し低い位置。


正木は最終ラインを押し下げる。


韓国は追う。


一人少ない。


少しずつ消耗する。


原町監督は時計を見る。


この試合。


後半。


さらに差が出る可能性がある。


21 前半終了


アディショナルタイム。


韓国最後の攻撃。


朴智秀から李彩媛。


藤森彩香が対応。


縦を切る。


横へ。


宮原彩乃が戻る。


韓国はクロスを上げられない。


日本が奪う。


美琴がキープ。


主審が時計を見る。


笛。


前半終了。


日本1-0韓国。


前半24分。


韓国の危険なタックルによる一発退場。


その直後のセットプレー。


日本が数的優位を利用し、藤森彩香が押し込んだ。


しかし。


あと45分。


オリンピックまで。


本当にあと45分。


22 ハーフタイム


ロッカールーム。


原町監督は最初に森岡を見る。


「脚」


メディカルスタッフが確認する。


森岡は言う。


「大丈夫です」


柚月が横から言う。


「大丈夫って言うと思った」


森岡が苦笑する。


「柚月に言われたくない」


少し笑いが起こる。


診断。


強い打撲。


大きな損傷を疑う所見はない。


ただし、腫れが出始めている。


原町監督はすぐ決める。


「後半頭から交代」


森岡が一瞬だけ顔を曇らせる。


「でも」


「次がある」


その一言。


森岡は黙る。


そして。


「分かりました」


23 柚月が森岡へ


森岡が座る。


柚月が隣へ。


「よくやった」


「あと45分なのに」


「だからだべ」


「ロサンゼルス決まるかもしれないのに」


柚月は森岡を見る。


「決めるの、ピッチにいる11人だけじゃねぇっちゃ」


森岡が黙る。


「美里が前半やったこと、もう残ってる」


退場を生んだ場面。


セットプレー。


攻撃。


守備。


声。


「後半は任せればいい」


森岡は少し笑う。


「柚月、そういうこと言うようになったんだね」


「うるせぇ」


二人が笑う。


24 原町監督の最後の指示


ホワイトボード。


1-0。


相手は一人少ない。


原町監督が言う。


「数的優位を勘違いするな」


日本が一人多い。


だからこそ。


無理に前へ行かない。


ボールを動かす。


相手を走らせる。


隙が出たら二点目。


「韓国は必ず前へ出る」


その背後。


日本のカウンター。


美琴。


早川。


正木。


柚月。


「自分たちのカウンターを最大限使うぞ」


全員がうなずく。


25 あと45分


選手たちが立ち上がる。


森岡は後半からベンチ。


キャプテンマークを託す。


柚月がそれを受け取る。


森岡が言う。


「頼んだよ」


柚月は腕章を見る。


そして森岡を見る。


「任せろ」


早川。


宮野。


美琴。


正木。


藤森。


伊達。


全員がピッチへ。


あと45分。


でも。


柚月は時計を見なかった。


見るのは。


キックオフ。


最初の一本。


それだけ。


次回予告

第70章「最後の45分」


1-0。


日本リード。


韓国は一人少ない。


そして、オリンピックまで残り45分。


後半から森岡美里は大事を取って交代。


キャプテンマークは大船柚月へ。


韓国は人数的不利でも前へ出る。


勝たなければ、ロサンゼルスが遠ざかるからだ。


その前進を、日本は利用する。


長崎美琴がボールを失わない。


早川莉奈が前へ運ぶ。


正木静香が背後へ走る。


韓国の選手たちは一人少ないまま、日本の高速カウンターへ対応しなければならない。


しかし韓国にも意地がある。


後半序盤。


朴智秀のミドル。


李彩媛の決定機。


伊達葵が日本を救う。


原町監督は叫ぶ。


「一点を守るな!」


そして試合時間が進む。


60分。


70分。


80分。


ロサンゼルスが近づくほど、足は重くなる。


心は先へ行きたがる。


そのたび柚月は声を出す。


「まだ終わってねぇ!」


そして、後半終盤。


韓国が最後の人数を前へかけた瞬間。


日本に、オリンピック出場を決定的にする二点目のチャンスが訪れる。


次回、

第70章「最後の45分」


夢が目の前に見えたとき。


一番大切なのは、その夢へ走り出すことではない。


最後の笛が鳴るまで、今いる場所に立ち続けることだ

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