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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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最後の三枚

第63章 最後の三枚


1 残された道は三つ


二次予選を三戦全勝。


日本は勝ち点9で最終予選へ進んだ。


ここから先は、いよいよロサンゼルスオリンピック出場そのものを決める戦いになる。


最終予選の方式は明確だった。


2位以上なら、オリンピック出場決定。


3位なら、大陸間プレーオフ。


そこで勝てば、ロサンゼルス行きが決まる。


つまり三位でも道は残る。


だが、日本が狙う場所は最初から決まっていた。


原町監督はミーティングルームで言った。


「プレーオフを当てにするな」


選手たちが顔を上げる。


「ここで二位以内を取る」


森岡美里がうなずく。


「自分たちで決める」


「そうだ」


一試合。


一試合。


その積み重ねの先に、ロサンゼルスがある。


2 試合順


大型スクリーンへ最終予選の日程が表示された。


第1戦 中国


第2戦 オーストラリア


第3戦 韓国


早川莉奈が小さく息を吐いた。


「全部重いですね」


宮野沙季も苦笑する。


「楽な試合、一個もない」


長崎美琴は黙って画面を見ている。


二次予選のイラン戦。


代表初招集。


初出場。


途中投入から持ち味のキープ力を発揮し、日本の追加点につながるカウンターの起点となった。


その美琴も、もう「新人だから」という立場ではいられない。


最終予選に残れば、誰もが戦力だ。


柚月は画面を見ながら言った。


「中国からか」


原町監督が振り返る。


「そうだ」


「最初、大事だべな」


「最初だから大事なんじゃない」


原町は言った。


「三試合全部だ」


柚月が苦笑する。


「はいはい、分かってます」


森岡が横から言う。


「監督に先回りされたね」


3 二位以内という重さ


最終予選は、ただグループを抜ければいいわけではない。


二位以内。


そこへ入ればオリンピック。


三位なら、まだプレーオフ。


四位なら終わり。


この違いは大きい。


早川が順位シミュレーションを見ながら言う。


「初戦落としたら、一気にきつくなりますね」


宮野が答える。


「特に二戦目がオーストラリアだからね」


柚月も腕を組む。


「中国に勝てば、かなり楽になる。でも、中国戦で勝ち点落としたら、その次が重くなるっちゃ」


原町監督はうなずいた。


「だからこそ、中国戦だけを見ろ」


まだ韓国戦を考えない。


まだオーストラリア戦も考えすぎない。


まず中国。


4 中国は「まとまっている」


分析映像が始まる。


中国代表。


派手な個人技ばかりが目立つチームではない。


だが、全体の距離が良い。


守備では中盤と最終ラインの間が狭い。


攻撃では、ボールを持った選手を周囲が支える。


前線だけが孤立しない。


守備だけが下がりすぎない。


森岡が言う。


「全体的にまとまってる」


岩出コーチが答える。


「そこが一番の強みです」


ボールを奪われても、すぐ戻る。


誰か一人が飛び出せば、ほかが埋める。


セットプレーでも役割が明確。


原町監督が映像を止めた。


「中国は、崩れるチームじゃない」


早川が聞く。


「じゃあ、何が弱点ですか」


原町監督は別の映像へ切り替えた。


5 失点の多さ


映し出されたのは、中国の失点場面だった。


一つ目。


敵陣でボールを奪われる。


中国のサイドバックが高い。


相手がすぐ前へ蹴る。


中央。


二対二。


戻り切れない。


失点。


二つ目。


中国が押し込んでいる。


クロスを上げる。


クリアされる。


セカンドボールを拾えない。


相手の一発目の縦パス。


中国の中盤が置き去り。


失点。


三つ目。


CK。


中国が人数をかける。


跳ね返される。


逆サイドへ長いパス。


一気にカウンター。


GKと一対一。


失点。


映像が止まる。


原町監督が言った。


「最終予選へ残ったチームの中で、中国は失点が最も多い」


柚月の目が細くなる。


「特にカウンターだべな」


「そうだ」


守備組織自体はまとまっている。


しかし、攻撃へ人数をかけた瞬間。


その戻り。


そこに問題がある。


6 まとまっているからこその弱点


早川が少し考える。


「でも、まとまってるなら戻りも速そうです」


「普通はな」


柚月が答える。


「でも中国、攻撃するとき全体で押し上げるべ」


「はい」


「だから奪った瞬間に、前も後ろも高い」


宮野が映像を見る。


「中央で一枚外せたら、一気に最終ラインまで行ける」


森岡も。


「人数かけてる分、戻る距離が長い」


原町監督がうなずく。


「そこだ」


中国の強み。


全体で動く。


それが、ボールを失った瞬間だけ弱点へ変わる。


チーム全体が高い位置にいれば、その背後も広い。


「中国の弱点は、組織がないことじゃない」


原町監督は言った。


「組織が前へ出たあとだ」


7 日本の狙い


ホワイトボードへ簡単な配置が描かれる。


中国が押し込む。


日本が奪う。


最初のパス。


ここが重要。


「奪ったら、とりあえず前へ蹴るな」


原町監督が言う。


早川が少し意外そうにする。


「カウンターなのに?」


「だからこそだ」


柚月が答える。


「一発目雑にしたら、中国に戻る時間与えるべ」


「そうだ」


最初の一歩。


最初のパス。


そこだけは丁寧に。


宮野。


柚月。


早川。


あるいは美琴。


誰かが一度持つ。


相手を一枚引きつける。


そこから正木静香。


森岡美里。


サイド。


一気に前へ。


「速く攻める」と「慌てて攻める」は違う。


8 正木静香の役割


正木の映像が表示される。


原町監督が言う。


「中国戦、静香の走りは大きい」


正木が顔を上げる。


「はい」


「ただし、全部裏へ走るな」


「またですか」


少し笑いが起こる。


柚月が笑う。


「最近、静香ずっと『走るな』言われてるっちゃ」


「私、足速いのに」


「だからだべ」


原町監督も少しだけ口元を緩める。


「正木が走れば、中国の最終ラインは下がる」


「はい」


「下げるだけでもいい」


正木が理解する。


「私が下げたところを、早川さんたちが使う」


「そうだ」


また囮。


でも、囮だから消えるわけではない。


相手が警戒を弱めた瞬間には、自分が仕留める。


9 長崎美琴という新しい選択肢


次にスクリーンへ映ったのは長崎美琴。


イラン戦。


背後から寄せられても失わない。


二人来ても身体を使ってキープ。


そして一気に前へ運ぶ。


原町監督が美琴を見る。


「中国戦、お前のタイプは合う可能性がある」


美琴が少し驚く。


「私ですか」


「中国はボールを失った直後、奪い返そうと最初の一歩を前へ出すことが多い」


そこで、美琴。


一人目を外す。


ボールを失わない。


その瞬間。


中国の守備の後ろへ一気にスペースができる。


柚月が美琴へ言う。


「また出番あるかもな」


美琴は少し笑う。


「柚月さんのポジション、狙っていいんですよね」


「おう」


「じゃあ遠慮しません」


「そうこなくっちゃ」


早川が横から入る。


「私もいるんですけど」


宮野も。


「私も」


柚月が三人を見る。


「中盤、だいぶうるさくなってきたなぁ」


10 競争は激しくなる


大船柚月。


早川莉奈。


宮野沙季。


長崎美琴。


特徴は全員違う。


柚月。


視野。


試合を読む。


テンポを変える。


早川。


前進。


突破。


運動量。


宮野。


守備。


セカンドボール。


危険察知。


美琴。


キープ。


相手を背負う。


カウンター。


原町監督は言った。


「誰が一番優れているかを決める必要はない」


四人が見る。


「相手によって必要な選手が変わる」


ただし。


「だから競争しなくていい、という意味でもない」


早川がうなずく。


美琴も。


宮野も。


柚月は少し笑う。


「めっちゃ競争させる気だべ」


「当然だ」


11 柚月の右ふくらはぎ


一方。


柚月の状態も確認された。


イラン戦。


右ふくらはぎに疲労が出て、後半十五分で交代。


しかし、その判断が功を奏した。


翌日。


痛みなし。


強い張りなし。


筋力低下なし。


トレーナーが言う。


「やっぱり早めに下がって正解でしたね」


柚月はベッドに座ったまま答える。


「もう何回言うんだべ」


「本人に覚えてもらうためです」


「覚えてるっちゃ」


「本当に?」


「みんな疑いすぎだろ」


トレーナーが笑う。


しかし、状態は良い。


中国戦へ向けて、十分調整できる。


ただし全試合フル出場を前提にはしない。


柚月自身も、それをもう理解していた。


12 中国側も日本を見る


中国代表側。


監督の周偉は、日本の試合映像を見せていた。


韓国戦。


七十五分まで我慢。


そこから柚月のゴール。


サウジアラビア戦。


相手が前へ出たところを高速カウンター。


イラン戦。


長崎美琴の途中投入。


カウンターから追加点。


周監督は選手たちへ言う。


「日本にボールを奪われた直後が一番危険だ」


中国も、自分たちの失点傾向を理解していた。


日本に分析されていることも分かっている。


「攻撃へ出るとき、必ず後ろを三枚残せ」


中盤も一人残す。


正木静香を走らせない。


早川莉奈に前を向かせない。


森岡美里の二列目からの走り込みにも注意。


そして。


「大船柚月」


画面に柚月。


「この選手に、カウンターの最初のパスを自由に出させるな」


中国も準備していた。


13 「対策されてる前提でやる」


翌日。


原町監督は中国側がそう来ることも想定していた。


「中国も自分たちの弱点は知っている」


森岡がうなずく。


「当然ですよね」


「だから、映像どおりに簡単にカウンターが出ると思うな」


中国は後ろを残す。


無理にサイドバックを両方上げない。


柚月へのファーストパスを切る。


早川への出口も消す。


「なら、どうする」


原町監督が問う。


少し沈黙。


美琴が先に答えた。


「一回キープする」


原町が見る。


「続けろ」


「相手が戻る前に無理に出すんじゃなくて、寄せてきた一人を引きつけて、そこから空いた方へ出す」


柚月が笑う。


「いいべ」


早川も。


「カウンターをカウンターっぽく始めない」


宮野が続ける。


「一回遅く見せて、そのあと速くする」


原町監督がうなずいた。


「それだ」


14 速度差


練習では、その形を何度も確認する。


相手役が攻める。


日本が奪う。


すぐ前へ蹴らない。


美琴が持つ。


一人引きつける。


早川へ。


そこで速度を上げる。


正木が裏。


次。


柚月が奪う。


一度横。


中国役の守備が戻ろうとする。


その途中。


森岡が内側へ。


縦。


一気に加速。


次。


宮野が拾う。


後ろへ戻すように見せる。


反転。


逆サイドへ。


國武真央が走る。


原町監督が言う。


「最初から速ければ、相手も速さに合わせる」


柚月がうなずく。


「遅く見せてから速く」


「そうだ」


その速度差が、中国の戻りをさらに難しくする。


15 森岡の言葉


練習後。


森岡美里が選手たちを集める。


「最終予選、始まるね」


誰もふざけない。


「二位以内ならロサンゼルス」


早川がうなずく。


「三位なら大陸間プレーオフ」


美琴も。


「でも、狙うのは二位以内」


森岡は答える。


「そう」


ただし。


「二位を狙って試合するんじゃない」


一試合ずつ勝つ。


それだけ。


柚月が少し笑う。


「結局そこに戻るっちゃ」


森岡も笑う。


「そういうこと」


16 ユリと見る順位表


夜。


柚月は宿舎の部屋で、最終予選の日程表を見ていた。


中国。


オーストラリア。


韓国。


その横。


「二位以内 オリンピック出場」


「三位 大陸間プレーオフ」


名取百合子の写真を机に置く。


「ユリ」


胸の中で声が返る。


「ん?」


「ほんとにあと三試合になった」


「長かったな」


「まだ終わってねぇっちゃ」


「知ってる」


柚月は少し笑う。


「二位以内ならロサンゼルス」


「三位なら?」


「プレーオフ」


「それでも行ける可能性あるべ」


柚月は首を振る。


「そこ当てにしたくねぇ」


「じゃあ二位以内取れ」


「簡単に言うなぁ」


「またそれ?」


柚月が笑う。


「でも、取るよ」


17 初戦前日


最後のミーティング。


原町監督は一言だけ大きく書いた。


中国。


「オーストラリアを見るな」


次。


「韓国も見るな」


さらに。


「順位表も今は見るな」


見るのは中国だけ。


中国の組織。


中国の戻り。


中国の失点傾向。


中国の修正。


相手も日本を分析している。


だからこそ、試合が始まってからまた見る。


「カウンターが出ないなら、別の方法で崩す」


柚月がうなずく。


「一個の作戦に固執しない」


「そうだ」


ここまで何度もやってきた。


正しい答えが、次の瞬間には古くなる。


相手が変われば、自分たちも変わる。


18 ロサンゼルスまで、あと三つ


スタジアム。


前日練習。


選手たちが芝を踏む。


柚月。


早川。


宮野。


美琴。


森岡。


正木。


藤森。


伊達。


全員がゴールを見る。


この大会で、あと三試合。


その三試合で二位以内。


そうすれば。


ロサンゼルス。


柚月は右ふくらはぎを軽く動かす。


問題ない。


身体も戻っている。


気持ちも。


そして何より。


今の日本は、自分一人で戦うチームではない。


早川がいる。


宮野がいる。


美琴がいる。


森岡がいる。


若い選手もいる。


競争しながら。


支え合いながら。


ここまで来た。


柚月は小さくつぶやいた。


「あと三つ」


森岡が隣で聞く。


「何?」


「ロサンゼルスまで」


森岡が笑う。


「じゃあ、まず一つ目」


柚月もうなずいた。


「中国だべ」


次回予告


第64章「最初の90分」


最終予選初戦。


日本対中国。


中国は、日本がカウンターを狙ってくることを把握している。


攻撃時にも後方へ人数を残す。


大船柚月からの最初の縦パスを警戒。


早川莉奈の前進も封じようとする。


序盤。


日本がボールを奪っても、想定していた広大なスペースがない。


早川が言う。


「対策されてる……」


柚月は答える。


「そりゃ、されるべ」


ならば、カウンターを急がない。


長崎美琴が身体を使ってキープ。


宮野沙季が相手の一人目を動かす。


森岡美里が別のスペースへ入る。


正木静香は裏へ走ると見せて、あえて止まる。


日本は速度を一度落とし、中国を前へ引き出してから再び加速する。


一方、中国も全体の連係で日本の攻撃を封じ、鋭いサイド攻撃から伊達葵のゴールへ迫る。


前半。


互いに一歩も譲らない。


そして日本が初めて中国の最終ラインを完全に崩す瞬間。


正木が走る。


しかし、ボールは正木へ出ない。


その背後から入ってきたのは――。


次回、

第64章「最初の90分」


オリンピック出場まで、あと三試合。


だからこそ、一試合目から未来を見すぎてはいけない。


目の前の九十分を勝つことだけが、次の九十分へ進む条件になる。

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