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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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84/112

勝って当然という罠

 第58章 勝って当然という罠

 1 勝ち点3の次に待つもの


 韓国との二次予選初戦を1-0で制した日本。


 大船柚月の後半76分の決勝ゴール。


 七十五分まで相手を動かし、走らせ、最後の十五分に勝負をかける。


 原町監督のゲームプランが形になった一戦だった。


 しかし、試合翌日のミーティングで、その勝利を振り返る時間は長くなかった。


 原町監督はホワイトボードに次の相手を書いた。


 サウジアラビア。


「韓国戦は終わった」


 選手たちの表情が引き締まる。


「勝ち点3は取った。でも、まだロサンゼルスへ行けるわけじゃない」


 現在、日本は勝ち点3。


 次も勝てば6。


 二次予選突破へ大きく前進できる。


 だからこそ危ない。


 原町監督は全員を見渡した。


「一番危ないのは、勝てると思った瞬間だ」


 柚月が静かにうなずいた。


 サウジアラビアを侮ってはいけない。


 世界ランキング。


 過去の実績。


 メディアの予想。


 そんなものはキックオフした瞬間、何の役にも立たない。


 試合は0-0から始まる。


 2 柚月はベンチから見る


 韓国戦で長時間プレーした柚月は、サウジアラビア戦ではベンチスタートとなった。


 右ふくらはぎに問題が出たわけではない。


 むしろ状態は良好だった。


 だからこそ、原町監督は無理をさせなかった。


「次にイラン戦がある」


 前日の個別ミーティングで、監督は柚月へそう告げていた。


「韓国戦でかなり負荷をかけた。今日は必要になるまで待機だ」


「分かりました」


 昔の柚月なら、少し不満を見せたかもしれない。


 今は違う。


 試合に出ることより、大会を最後まで戦うこと。


 その意味を知っている。


 先発中盤には宮野沙季と早川莉奈。


 前線には正木静香と井上梓。


 森岡美里は引き続きキャプテンとしてチームを率いる。


 試合前、柚月は早川へ声をかけた。


「莉奈」


「はい」


「今日はうちいねぇぞ」


「分かってます」


「試合落ち着かせるの、頼んだべ」


 早川は少し笑った。


「そのための合宿だったんですよね」


「そういうことだっちゃ」


「柚月さんが入らなくても勝ちます」


 柚月の顔に笑みが浮かぶ。


「言うようになったなぁ」


 3 サウジアラビアの壁


 キックオフ。


 予想どおり、日本がボールを持った。


 開始五分。


 ボール支配率は明らかに日本が上。


 宮野沙季を中心に後方からつなぐ。


 右。


 左。


 中央。


 再び後ろ。


 サウジアラビアは無理に前から追わない。


 中盤から後方へコンパクトな守備ブロックを形成する。


 特に中央。


 人が多い。


 早川莉奈が中央で受ける。


 前を向く。


 一人。


 二人。


 すぐにコースを閉じられる。


 早川は右へ逃がす。


 そこからクロス。


 正木静香。


 ヘディング。


 DFに当たる。


 前半九分。


 今度は井上梓が左から仕掛ける。


 一人かわす。


 ペナルティーエリアへ。


 しかし、二人目が身体を入れる。


 シュートまで行けない。


 ボールは日本が持つ。


 だが、ゴールが遠い。


 ベンチの柚月は腕を組んで見ていた。


「固いなぁ」


 岩出コーチが隣で答える。


「中央にかなり人数を集めてます」


「でも、ずっとこれやるつもりでもねぇと思う」


 柚月はサウジアラビアの前線を見る。


 ボールを奪った瞬間だけ、二人のFWが一気に前へ走る。


「狙ってんな」


 4 60%という数字


 前半十五分。


 日本のボール支配率は約60%。


 数字だけを見れば、日本が試合を支配しているように見える。


 だが、原町監督はベンチでまったく安心していなかった。


 支配率は得点ではない。


 ボールを持っている時間が長くても、相手ゴールへ入らなければ意味はない。


 宮野から早川。


 早川が前へ運ぶ。


 正木への縦パス。


 カット。


 また日本が拾う。


 森岡。


 井上。


 クロス。


 クリア。


 二次攻撃。


 シュート。


 ブロック。


 サウジアラビアは最後の部分で崩れない。


 前半二十分。


 0-0。


 二十五分。


 0-0。


 三十分。


 まだ0-0。


 スタンドにも、少しずつ焦りが生まれ始める。


 柚月はその空気を感じ取った。


「こういうときが危ないんだべ」


 ベンチの若手が尋ねる。


「何がですか?」


「みんな『そろそろ入るだろ』って思い始める」


 実際、ピッチ上でも少しずつ変化があった。


 縦パスが増える。


 少し強引なシュート。


 無理なクロス。


 相手の守備を動かす前に、ゴールへ急ぎ始める。


 柚月が立ち上がった。


「焦んな!」


 ピッチへ声を送る。


 早川が振り向く。


「まだ前半だべ!」


 早川が手を上げた。


 5 勝って当然という空気


 実況席でも、メディアでも、日本優勢という言葉が繰り返されていた。


 だが、ピッチの中では違う。


 サウジアラビアは苦しんでいない。


 むしろ、日本が焦れるのを待っている。


 原町監督は森岡へ指示を出した。


「一回落ち着かせろ!」


 森岡が中盤へ下がる。


「莉奈、戻そう!」


「はい!」


 一度後方へ。


 藤森彩香。


 宮野沙季。


 森岡美里。


 パスをつなぐ。


 相手を動かす。


 もう一度右へ。


 攻撃をやり直す。


 ベンチの柚月は少し安心した。


「そう。それでいいっちゃ」


 しかし。


 試合は、ほんの一度の油断で変わる。


 6 前半最大のピンチ


 前半三十七分。


 日本が右サイドで攻撃。


 早川莉奈が中央へパス。


 宮野沙季が受ける。


 その瞬間。


 宮野の横パスがわずかにずれた。


 サウジアラビアのMF、ラナ・アルハルビが反応する。


 カット。


 すぐに前を見る。


 日本は攻撃へ人数をかけている。


 サイドバックも上がっていた。


 最終ラインの前に広大なスペース。


 ラナがワンタッチで縦へ送る。


 FWのヌーラ・アルサイード。


 一気に走る。


 藤森彩香が追う。


 しかし、ヌーラの方が先にボールへ触る。


 伊達葵がゴールを飛び出した。


 完全な一対一。


 ベンチの全員が立ち上がる。


 柚月も。


「葵!」


 ヌーラが右足でボールを少し外へ運ぶ。


 伊達がついていく。


 シュートコースを狭める。


 ヌーラが右足を振る。


 伊達。


 倒れながら右手を伸ばす。


 ボールが手に当たる。


 軌道が変わる。


 ゴールポストの外へ。


 サウジアラビア側から大きな声。


 日本側から安堵のどよめき。


 伊達はすぐ立ち上がった。


「集中!」


 森岡が宮野へ近づく。


「大丈夫。次!」


 宮野は悔しそうにうなずいた。


「ごめん」


「謝るのはあと!」


 柚月はベンチで大きく息を吐いた。


「これ、簡単な試合じゃねぇぞ」


 原町監督も同じことを考えていた。


 サウジアラビアは、日本が前へ人数をかける瞬間をずっと待っていた。


 一本。


 たった一本のパスミスで、失点していてもおかしくなかった。


 7 ピンチの直後


 サウジアラビアのCK。


 ボールが入る。


 藤森彩香が頭で弾く。


 森岡美里がセカンドボールへ反応する。


 競り合い。


 こぼれる。


 早川莉奈が拾った。


 その瞬間だった。


 サウジアラビアは、セットプレーのためにほとんどの選手を日本陣内へ上げていた。


 戻る選手が少ない。


 早川が顔を上げる。


 前方。


 右サイド。


 正木静香が走り始めている。


 オフサイドラインぎりぎり。


 早川はすぐには蹴らなかった。


 相手DFの位置を見る。


 正木もラインを見る。


 半歩。


 一歩。


 オフサイドにならない位置を維持する。


 森岡が早川へ声をかける。


「前!」


 早川がボールを運ぶ。


 一人が寄る。


 そこで縦へ。


 右サイドの正木。


 完璧なタイミング。


 オンサイド。


 正木が一気に前へ。


 サウジアラビアの選手たちは必死に戻る。


 だが、間に合わない。


 8 電光石火の逆襲


 正木静香が右サイドを駆け上がる。


 前にはGKのマハ・アルカフタニ。


 中央には早川莉奈。


 早川も全速力で追い上げている。


 正木がペナルティーエリア右へ入る。


 GKが正木へ少し寄る。


 シュートもある。


 正木は一度ゴールを見る。


 そして中央。


 早川が来ている。


 正木は右足で折り返した。


 速いボール。


 早川。


 身体を前へ投げ出す。


 ヘディング。


 ボールが斜めに飛ぶ。


 GKマハが手を伸ばす。


 しかし届かない。


 ゴール右隅。


 そこへ落ちる。


 ネットが揺れた。


 1-0。


 日本、先制。


 最大のピンチから、わずか十数秒。


 守から攻。


 サウジアラビアがゴールを狙った直後、その背後を日本が一気に突いた。


 早川は芝の上に倒れたまま、拳を握った。


「よし!」


 正木が走ってくる。


「莉奈!」


 早川が立ち上がる。


 二人が抱き合う。


 森岡も。


 宮野も。


 藤森も。


 ベンチの柚月は思いきり拍手した。


「ナイスだっちゃ!」


 原町監督も強く拳を握る。


 しかしすぐに叫ぶ。


「まだ終わってない! 戻れ!」


 9 柚月が見た成長


 試合が再開する。


 柚月はベンチから早川を見ていた。


 今の場面。


 自分がいなくても、早川は判断した。


 ピンチの直後。


 慌ててロングボールを蹴るのではなく、正木の位置とオフサイドラインを見た。


 相手が戻れないと判断してから、縦へ送った。


 そして自分自身もゴール前へ走り続けた。


「やるじゃん」


 柚月が小さくつぶやく。


 岩出コーチが聞く。


「早川?」


「はい」


 柚月は笑った。


「うちがいなくても、ちゃんと試合作れてる」


 そこに寂しさはなかった。


 むしろ嬉しかった。


 自分がいないと成立しない代表では駄目だ。


 そう言い続けてきた。


 ならば、早川が成長することは日本が強くなることそのものだった。


 もちろん。


 ポジションを譲るつもりはない。


 それとこれとは別だった。


 10 一点取った後の日本


 1-0。


 日本は先制した。


 ここで一気に二点目を狙いたくなる。


 だが、前半の残り時間は少ない。


 原町監督が指示する。


「まず落ち着け!」


 早川も声を出す。


「一回持とう!」


 宮野がボールを受ける。


 後ろへ。


 藤森。


 左へ。


 國武真央。


 日本が再びボールを保持する。


 サウジアラビアは失点したことで、少し前へ出ざるを得なくなった。


 それまで中央を閉じていた中盤にも、小さな隙間が生まれ始める。


 柚月はその変化を見ていた。


「一点入ったら、向こうも待ってられねぇもんな」


 サウジアラビアは同点を狙う。


 日本はその前進を利用できる。


 残り時間。


 もう一つチャンスが来る可能性がある。


 11 前半四十五分


 時計は前半四十五分へ近づく。


 サウジアラビアが後方から組み立てる。


 CBのサラ・アルガムディ。


 中盤のラナ・アルハルビへ出そうとする。


 しかし、パスが少し弱い。


 藤森彩香が読んでいた。


 一気に前へ出る。


 インターセプト。


 目の前。


 大きなスペース。


 サウジアラビアの最終ラインは、同点を狙って少し高い位置を取っていた。


 藤森がそのまま前へ運ぶ。


 一人。


 かわす。


 さらに前。


 森岡が叫ぶ。


「彩香、そのまま!」


 藤森は普段、最終ラインからチームを支える選手。


 自分でゴール前まで運ぶ場面は多くない。


 だからこそ、サウジアラビアも一瞬対応が遅れた。


 藤森が一気にペナルティーエリアへ入る。


 GKマハ・アルカフタニが前へ出る。


 一対一。


 スタンドが大きく沸く。


 藤森は慌てなかった。


 GKの動きを見る。


 マハが右へ重心を寄せる。


 その逆。


 藤森が右足のインサイドで流す。


 ボールはゴール左端へ。


 ゆっくり。


 しかし確実に。


 ネットへ吸い込まれた。


 2-0。


 藤森は数秒、立ち尽くした。


 自分で決めたことが信じられないような表情。


 そのあと、両腕を広げた。


「入ったー!」


 森岡が真っ先に走ってくる。


「彩香!」


 早川も正木も飛びつく。


 ベンチの柚月は立ち上がって大笑いした。


「彩香がそこまで行くとは思わなかったっちゃ!」


 藤森も笑いながら叫ぶ。


「私もです!」


 12 DFが奪い、DFが決める


 藤森のゴール。


 それは偶然の飛び出しだけではなかった。


 試合前から原町監督は言っていた。


 相手が日本の中盤を警戒するなら、後ろの選手が運んでいい。


 サウジアラビアは早川と宮野へのパスを警戒していた。


 その瞬間、藤森自身の前に道が開いた。


 パスミスを読む。


 奪う。


 そして、誰も来ないなら自分で行く。


 柚月はベンチからそのプレーを見ながら、嬉しそうにうなずいていた。


「こういうのだべ」


 隣の選手が尋ねる。


「何がですか?」


「誰が主役になるか分かんねぇのが、強いチームだっちゃ」


 柚月。


 早川。


 森岡。


 正木。


 相手が名前のある選手だけを警戒しても、それだけでは日本は止まらない。


 今日は藤森彩香。


 DFが自ら奪い、そのままゴールまで行った。


 それこそ、日本が目指してきた形だった。


 13 2-0で前半終了


 サウジアラビアのキックオフ。


 残された時間はほとんどない。


 日本は無理に奪いへ行かない。


 中央を閉じる。


 サウジアラビアが横へ回す。


 縦へ。


 森岡がコースを消す。


 また後ろへ。


 主審が時計を見る。


 笛。


 前半終了。


 日本2-0サウジアラビア。


 ボール支配率は日本が約60%。


 しかし、数字ほど簡単な前半ではなかった。


 むしろ、一度は完全な一対一を作られている。


 伊達葵のセーブがなければ、0-1になっていた可能性すらある。


 そこから日本は高速カウンター。


 早川のヘディング。


 そして藤森彩香のインターセプトからの独走。


 わずかな時間で二点を奪った。


 ロッカールームへ戻る選手たちに、原町監督はまだ何も言わなかった。


 表情も緩めない。


 試合は半分しか終わっていない。


 14 「2-0だからこそ危ない」


 ロッカールーム。


 選手たちが水分を取る。


 早川はタオルで汗を拭う。


 正木が隣へ座る。


「莉奈、ヘディング珍しいね」


「自分でもびっくりしました」


 森岡が笑う。


「ちゃんと狙ってたでしょ」


「一応」


 藤森はまだ少し興奮している。


「私、ゴール決めたんだけど」


 宮野が笑う。


「知ってるよ。三回目」


「だって代表でこんなの滅多にないから!」


 そこへ原町監督が前へ出る。


 空気が締まる。


「2-0」


 ホワイトボードへ数字を書く。


「だからこそ危ない」


 選手たちが顔を上げる。


「二点差は、安全ではない」


 一点返されれば、空気は変わる。


 サウジアラビアは失うものがなくなる。


 さらに前へ来る。


 日本側には、無意識に守ろうとする気持ちが生まれる。


「後半開始十五分。ここを絶対に雑にするな」


 原町監督は続けた。


「三点目を取りに行く。ただし、三点目欲しさに一点返されるな」


 15 柚月が早川へ


 ハーフタイム。


 柚月が早川の隣へ座った。


「ナイスゴール」


「ありがとうございます」


「静香もナイス折り返しだったな」


 正木が少し離れたところから答える。


「ありがとうございます!」


 柚月は早川へ視線を戻す。


「最大のピンチのあと、よく冷静に正木見たべ」


 早川は少し考えた。


「相手、ほとんど戻れてなかったので」


「それが見えたのがいい」


「でも、最初は自分で運ぼうと思いました」


「それでもよかったかもしれねぇ」


「でも正木さんの方が速かった」


 柚月が笑う。


「正解は一個じゃないっちゃ」


 あの瞬間。


 何が一番得点へ近いか。


 早川は自分で選んだ。


 柚月の答えではない。


 早川の答え。


 それでいい。


「後半も自分で見て決めろ」


「はい」


 柚月は少し意地悪そうに付け加える。


「うちが入るまでに三点目取ってもいいぞ」


 早川も笑う。


「じゃあ柚月さん、出番なくしますね」


「それは困るっちゃ!」


 周囲に笑いが起きた。


 16 伊達葵の一本が流れを変えた


 原町監督は最後に、伊達葵のセーブ映像を映した。


 サウジアラビアとの一対一。


 右手一本。


 防いだ場面。


「今日の前半で、一番重要なのはこのプレーだ」


 早川も藤森も画面を見る。


「ここで失点していたら、その後の展開は全く違った」


 伊達は少し照れたように言う。


「GKなので、止めるのが仕事です」


 原町監督はうなずく。


「その一本が、早川の先制点につながった」


 サッカーは、ゴールを決めた選手だけで勝つ競技ではない。


 伊達が止める。


 森岡が拾う。


 早川が持つ。


 正木が走る。


 折り返す。


 早川が決める。


 すべてがつながっている。


「誰か一人で勝っていると思うな」


 原町の言葉に、柚月は静かにうなずいた。


 自分が後輩たちへずっと伝えてきたこと。


 信頼。


 カバー。


 ミスのあと。


 仲間がいること。


 その意味が、また一つピッチで形になっていた。


 17 後半へ


 選手たちが立ち上がる。


 早川。


 宮野。


 正木。


 井上。


 森岡。


 藤森。


 國武。


 伊達。


 全員が再びピッチへ向かう。


 柚月はベンチへ戻る前、藤森の肩をたたいた。


「彩香」


「はい?」


「後半またゴール前まで行ったらびっくりするぞ」


 藤森が笑う。


「行けそうなら行きます」


「言うようになったなぁ」


 早川も横から言う。


「柚月さんが、空いてたら使えって教えてるからですよ」


 柚月は苦笑する。


「全部うちのせいになってきたべ」


 後半。


 サウジアラビアは必ず前へ出てくる。


 日本は二点のリードを持っている。


 だが、まだ勝ち点3は手にしていない。


 世界王者という肩書。


 日本が有利という予想。


 そんなものは関係ない。


 あと四十五分。


 自分たちで勝ち点3を取り切らなければならない。


 次回予告

 第59章「三点目を急ぐな」


 2-0で迎えた後半。


 サウジアラビアは、前半とはまったく違う姿を見せる。


 最終ラインを押し上げ、中盤から激しくプレス。


 失うもののない攻撃で日本陣内へ押し込んでくる。


 原町監督の予想どおり、後半開始十五分が最初の山場となる。


 そして後半八分。


 日本は自陣でFKを与える。


 ゴール前へ高いボール。


 競り合い。


 こぼれ球。


 サウジアラビアのシュート。


 伊達葵の前をすり抜ける。


 一点を返されるのか。


 一方、ベンチの柚月にもアップの指示が出る。


「大船、準備しろ」


 二点差だから守るためではない。


 試合を落ち着かせ、三点目を取るため。


 ピッチでは早川莉奈が、自分で試合を整えようと奮闘する。


 柚月はタッチラインからその姿を見つめる。


「焦んな、莉奈。三点目は逃げねぇっちゃ」


 そして後半。


 日本は「追加点を欲しがる自分たち」と「前へ出るサウジアラビア」の両方を制御しながら、勝ち点3を取りに行く。


 次回、

 第59章「三点目を急ぐな」


 二点差で最も危険なのは、相手だけではない。


 もう一点欲しいという、自分たち自身の焦りなのだ。

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