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あの日の春風は今も  作者: リンダ


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82/108

最初の壁・韓国

 第56章 最初の壁・韓国

 1 世界一になった日本を、韓国は知っている


 ロサンゼルスオリンピック・アジア二次予選。


 初戦。


 日本対韓国。


 一次予選とは、試合前から空気が違っていた。


 韓国は、ワールドカップでも日本と戦っている。


 つまり、日本の強さを映像だけで知っている相手ではない。


 実際にピッチでぶつかり、何が危険なのかを身体で知っている。


 試合前日の韓国代表ミーティング。


 監督の金成鉉は、大型モニターに日本代表の映像を映していた。


 最初に表示されたのは、大船柚月。


「日本の攻撃を完全に止めようとするな」


 選手たちが監督を見る。


「止めるべき選手を限定する」


 画面に三人の名前が並んだ。


 大船柚月。


 早川莉奈。


 正木静香。


 金監督は柚月の映像を流す。


 北朝鮮戦。


 ボールを受ける前に周囲を見る。


 ワンタッチで逃がす。


 逆サイドへ展開する。


 自分がマークされれば、その状況すら利用して味方を使う。


「大船に時間を与えれば、こちらの守備全体を動かされる」


 次に早川。


 ドリブル。


 前を向いて一気に持ち運ぶ。


 中盤のラインを一人で越える力。


「早川は前を向かせない。受けた瞬間に身体を寄せろ」


 そして正木静香。


 インドネシア戦の二得点。


 北朝鮮戦の先制ゴール。


 DFの死角へ入り、最後の一歩で前へ出る。


「正木への縦のパスコースを消せ」


 韓国のキャプテン、MFの朴智秀が尋ねる。


「三人を重点的に見ますか」


「そうだ」


 しかし金監督は、すぐに付け加えた。


「当然、代償もある」


 三人を警戒すれば、ほかが空く。


 森岡美里。


 國武真央。


 宮原彩乃。


 ほかの選手たちへの守備密度は下がる。


「だが、日本の攻撃の中心を自由にさせるよりはいい」


 韓国は、明確なリスクを承知したうえで勝負に出ていた。


 2 日本側も分かっていた


 日本代表のミーティングでも、原町監督はほぼ同じことを予想していた。


「韓国は大船を消しに来る」


 柚月は腕を組んだ。


「北朝鮮戦でもやられたべ」


「今回は、それ以上だと思え」


「はい」


「早川もだ」


 莉奈が顔を上げる。


「はい」


「お前が前を向けば、ほぼ確実に一人目が来る。その外側から二人目も来る」


「なら、早く離します」


 原町は首を振った。


「それだけではない」


 早川は考える。


 柚月が横から言った。


「来るの分かってるなら、来させるのもありだべ」


 原町監督がうなずく。


「そうだ」


 相手が早川へ二人使えば、その背後が空く。


 柚月に二人使えば、別の場所で数的優位ができる。


 正木を二人で見るなら、森岡が入る空間が生まれる。


「マークされることを嫌がるな」


 原町は言う。


「マークさせろ」


 森岡が笑った。


「それ、かなり嫌な考え方ですね」


 柚月も笑う。


「相手からしたらな」


 3 キックオフ直後から身体がぶつかる


 試合開始。


 韓国は、予想どおり強く来た。


 開始一分。


 早川莉奈が中央で受ける。


 すぐに朴智秀。


 さらにMFの李瑞妍が横から寄せる。


 早川は身体を入れられる。


 ボールを右へ逃がす。


 日本ボール。


 しかし、簡単には前を向かせてもらえない。


 三分。


 柚月が藤森彩香からボールを受ける。


 背後から朴智秀。


 正面には李瑞妍。


 柚月は前を向かない。


 ワンタッチで森岡美里へ。


 その森岡にも、韓国の崔有娜がすぐに寄せる。


「徹底してんなぁ」


 柚月がつぶやく。


 五分。


 正木静香へ縦パス。


 CBの金恩智が身体を寄せる。


 もう一人のCB、鄭秀彬が後方をカバー。


 正木が反転できない。


 韓国の狙いは明確だった。


 柚月。


 早川。


 正木。


 この三人には自由を与えない。


 4 韓国の代償


 前半八分。


 柚月が低い位置へ下がる。


 朴智秀がついてくる。


 柚月はさらに右へ動いた。


 朴も動く。


 すると中央。


 森岡美里の周囲に空間ができる。


 藤森彩香は柚月を見た。


 だが、出さない。


 森岡へ。


 森岡が前を向く。


 韓国の中盤が慌てて戻る。


 森岡から左へ。


 國武真央。


 國武が一気に前へ運ぶ。


 韓国の右SB、韓多恩が対応。


 クロス。


 正木。


 金恩智がクリア。


 シュートにはならなかった。


 だが柚月は、すぐに気づいた。


「やっぱり空くべ」


 早川も寄ってくる。


「三人を警戒してる分?」


「んだ」


 韓国の作戦は効いている。


 ただし、完全ではない。


 三人を封じるために人数を割けば、当然ほかの場所が薄くなる。


 柚月はピッチ全体を見渡した。


「今日は、うちらが無理に前行かなくていいかもしれねぇ」


 早川が聞く。


「じゃあ、誰を使うんですか」


 柚月は左を見る。


 國武真央。


 右を見る。


 宮原彩乃。


「外だべ」


 5 外側を使う


 前半十二分。


 日本が後方でボールを回す。


 藤森彩香。


 柚月。


 朴智秀が来る。


 柚月はすぐ戻す。


 藤森から右の宮原彩乃。


 韓国の中盤は、中央を意識している。


 宮原への寄せが少し遅い。


 宮原が前へ運ぶ。


 十メートル。


 さらに五メートル。


 韓国の左SB、趙敏智がようやく出てくる。


 その内側へ早川。


 宮原から早川。


 李瑞妍が寄る。


 早川はワンタッチで宮原へ戻す。


 宮原がそのまま縦へ。


 日本が一気に高い位置へ入る。


 クロス。


 森岡。


 ヘディング。


 GKの尹河琳がキャッチ。


 韓国側がざわつく。


 柚月は早川を見る。


「今の形、覚えとくべ」


「はい」


「韓国の中盤、うちらに寄りすぎてる」


「ならサイドバックが前へ出られる」


「んだ」


 6 韓国のカウンター


 だが、日本が外を使い始めれば、そこにも危険が生まれる。


 サイドバックが高い位置へ出る。


 つまり、その背後が空く。


 前半十五分。


 宮原彩乃が高い位置でボールを失った。


 韓国の朴智秀。


 すぐに前を見る。


 左WGの金素妍へ長いパス。


 宮原の背後。


 金素妍が走る。


 藤森彩香が横へずれる。


 韓国FWの李彩媛が中央へ走る。


 金素妍がペナルティーエリアへ侵入。


 藤森が寄せる。


 中央へ折り返す。


 李彩媛。


 一対一。


 伊達葵が前へ出る。


 シュート。


 伊達が右足を伸ばす。


 当たった。


 ボールがゴール脇へそれる。


「葵!」


 森岡が叫ぶ。


 伊達はすぐ立ち上がった。


「まだ!」


 韓国CK。


 柚月は自陣へ戻りながら、宮原へ声をかけた。


「彩乃、次はうちがカバー見るから上がっていい!」


 宮原が答える。


「はい!」


 サイドを使う。


 ただし、背後を誰が埋めるかまでセットで考える。


 攻撃だけを見れば、韓国のカウンターに刺される。


 7 十五分、0-0


 試合開始十五分。


 0-0。


 日本はボールを持っている。


 しかし、韓国の守備は崩れない。


 柚月は自由を与えられない。


 早川も前を向けばすぐ囲まれる。


 正木もCB二人に挟まれている。


 一方、日本が外を使えば韓国のカウンターが飛んでくる。


 双方の狙いがぶつかっていた。


 原町監督はベンチで腕時計を見る。


 まだ十五分。


 慌てない。


 岩出コーチが言う。


「韓国の入りはかなり強いですね」


「ああ」


「この強度が九十分続けば厄介です」


 原町監督は静かに答えた。


「続けばな」


 岩出が監督を見る。


 原町は、韓国の中盤を見ていた。


 柚月を追う朴智秀。


 早川へ寄せる李瑞妍。


 正木の動きへ反応するCB。


 毎回走る。


 毎回身体を寄せる。


 毎回パスコースを限定する。


 その作業には、当然エネルギーが必要だった。


「七十五分」


 原町監督がつぶやいた。


「この試合、そこからだ」


 8 原町監督の読み


 韓国のゲームプランは合理的だった。


 柚月に時間を与えない。


 早川の突破を封じる。


 正木へ決定的なボールを入れさせない。


 日本の危険な三人を消す。


 しかし、一つの問題がある。


 体力。


 柚月が位置を変えれば追う。


 早川が下がればついていく。


 正木が左右へ流れれば、CBもずれる。


 守備側は常に相手の動きへ反応しなければならない。


 しかも日本は、ボールを動かす。


 右。


 左。


 後ろ。


 また右。


 マークしている選手の移動距離が少しずつ増える。


「前半は無理にこじ開けなくていい」


 原町監督がタッチラインから叫んだ。


「動かせ!」


 柚月がその声を聞く。


 監督の狙いを理解した。


 点を急がない。


 相手を走らせる。


 身体をぶつけさせる。


 判断させる。


 守備にエネルギーを使わせる。


「莉奈!」


「はい!」


「今日は長いぞ!」


 早川がすぐに意味を理解する。


「七十五分からですか?」


 柚月が少し笑う。


「たぶんな」


 9 相手を走らせる


 前半二十二分。


 柚月が中央で受ける。


 朴智秀が寄る。


 すぐ戻す。


 今度は左へ。


 國武真央。


 韓多恩が出る。


 國武は森岡へ。


 森岡へ崔有娜が寄る。


 森岡はまた後方へ。


 藤森。


 右へ。


 宮原。


 今度は趙敏智が出る。


 宮原は早川へ。


 早川には李瑞妍。


 戻す。


 柚月。


 朴智秀。


 また左。


 韓国の選手たちは、日本のボール移動に合わせて何度も左右へ動く。


 早川が小声で言う。


「これ、相当走らせてますね」


 柚月が答える。


「だから失うなよ」


「はい」


「うちらが簡単に失ったら、走らせた意味なくなる」


 ボールを持つ。


 相手を動かす。


 危険なパスは無理に入れない。


 これまでの日本なら、0-0の時間が長くなれば焦っていたかもしれない。


 だが、この日の日本には明確な狙いがあった。


 10 正木の仕事はゴールだけではない


 前半二十八分。


 正木静香は、まだシュートを一本も打てていなかった。


 金恩智。


 鄭秀彬。


 二人のCBが常に近くにいる。


 正木が左へ流れる。


 金恩智がつく。


 中央が空く。


 そこへ森岡美里が入る。


 早川から森岡。


 森岡が前を向く。


 韓国の守備が慌てて中央へ戻る。


 正木はボールに触らない。


 だが、自分が動くことで守備を引っ張った。


 次は右。


 鄭秀彬がついてくる。


 今度は國武真央が中央へ入る。


 柚月が縦へ入れる。


 國武のシュート。


 DFがブロック。


 正木が戻りながら言う。


「全然ボール来ません」


 柚月が笑う。


「今日はそれでいいっちゃ」


「私、FWなんですけど」


「二人連れて歩くだけでも仕事してるべ」


 正木も少し笑った。


「じゃあ、もっと連れ回します」


「それだっちゃ」


 11 前半最大のピンチ


 前半三十四分。


 日本が中央でボールを失う。


 早川が李瑞妍の寄せを受けた瞬間、トラップが少し大きくなった。


 朴智秀が奪う。


 即座に縦。


 李彩媛。


 藤森彩香が出る。


 李彩媛はワンタッチで右へ。


 右WGの崔娜英が抜ける。


 國武真央が戻る。


 森岡も追う。


 崔娜英がペナルティーエリア手前から中央へパス。


 李彩媛。


 今度こそ完全な一対一。


 伊達葵が前へ出る。


 李彩媛が右へかわそうとする。


 伊達は倒れずについていく。


 シュートコースを狭める。


 李彩媛が打つ。


 伊達の左手。


 ボールが弾かれる。


 藤森がクリア。


 日本ベンチから大きな声が上がった。


 柚月が早川のところへ行く。


「莉奈」


「すみません」


「謝る前に、次」


「はい」


「今、受けた瞬間に後ろから来たべ」


「見えてませんでした」


「なら次は受ける前に一回見る」


 早川がうなずく。


「はい」


 ミスを責めない。


 でも、原因はその場で共有する。


 予選では、一度のミスがロサンゼルスを消すことがある。


 だからこそ、引きずらない。


 12 韓国も日本を崩せない


 日本が苦しんでいるように、韓国も簡単ではなかった。


 日本はボールを失った瞬間、すぐに中央を閉じる。


 森岡。


 柚月。


 早川。


 三人が近い距離を保つ。


 韓国が縦へ入れようとすれば、そのコースへ誰かが立つ。


 サイドへ逃がせば、日本のサイドバックが対応する。


 前半四十分。


 朴智秀から李彩媛への縦パス。


 森岡がカット。


 前へ出ようとする。


 しかし韓国もすぐに戻る。


 双方が互いの武器を消し合う。


 0-0。


 スコアは動かない。


 だが、原町監督は焦っていなかった。


 むしろ時計を見るたび、表情は落ち着いていた。


 韓国の選手たちの戻りが、開始直後よりほんの少し遅くなっている。


 まだ小さな変化。


 しかし、確実に負荷は積み上がっていた。


 13 前半終了


 前半アディショナルタイム。


 韓国が最後のCKを得る。


 李瑞妍が蹴る。


 ファー。


 金恩智が競る。


 森岡美里が身体を入れる。


 ボールがこぼれる。


 柚月が拾う。


 前を見る。


 正木が走り出す。


 だが、柚月は無理にロングボールを蹴らなかった。


 横へ。


 時間を使う。


 主審の笛。


 前半終了。


 日本0-0韓国。


 柚月は大きく息を吐いた。


 早川も汗を拭う。


「全然、簡単じゃないですね」


「だから最終予選だべ」


 森岡が二人の背中を押す。


「ロッカー行くよ。後半考えよう」


 14 原町監督のハーフタイム


 ロッカールーム。


 誰も慌ててはいなかった。


 0-0。


 点は取れていない。


 それでも原町監督は、最初にこう言った。


「予定どおりだ」


 何人かの若手が顔を上げる。


 原町はホワイトボードへ「75」と書いた。


「後半三十分。つまり七十五分」


 早川がその数字を見る。


「そこが勝負?」


「そう見ている」


 監督は韓国の前半の守備映像を示した。


 柚月への朴智秀。


 早川への李瑞妍。


 正木へ対応する金恩智と鄭秀彬。


「この強度を維持するために、韓国は相当走っている」


 柚月がうなずく。


「うちらについてくるために、ずっと横移動もしてる」


「そうだ」


 原町は続ける。


「後半も最初から無理に勝負へ行くな」


 ボールを動かす。


 相手を走らせる。


 できるだけ0-0のままでも構わない。


 もちろん得点機があれば狙う。


 しかし、焦って守備バランスを壊さない。


「こちらが先にしびれを切らしたら、韓国の狙いどおりだ」


 森岡が尋ねる。


「七十五分まで、相手を削る?」


「言い方は悪いが、そういうことだ」


 15 柚月が後輩へ伝える


 原町監督の説明が終わったあと。


 柚月が早川と正木へ声をかけた。


「莉奈、静香」


 二人が振り向く。


「後半、ボール来なくても焦んなよ」


 正木が聞く。


「私、まだシュートゼロです」


「分かってる」


「ちょっと焦ってます」


 柚月は笑った。


「正直でよろしい」


 早川も少し笑う。


 柚月は続ける。


「でも、今韓国は静香を二人で見てる。静香が動けば、その二人も動く」


 正木がうなずく。


「それだけでも相手の脚を使わせる」


「そう」


 次に早川。


「莉奈も無理に一人抜こうとしなくていい」


「でも、私の武器は突破です」


「だから後半の最後に取っとけ」


 早川の目が変わる。


 柚月は少し笑う。


「相手の脚止まったところで、元気な莉奈が突っ込んできたら嫌だべ」


「なるほど」


「前半から全部見せる必要ねぇっちゃ」


 16 後半も我慢比べ


 後半開始。


 韓国は変わらず強く来た。


 朴智秀が柚月へ。


 李瑞妍が早川へ。


 金恩智と鄭秀彬が正木を挟む。


 だが、前半と比べてほんの少し違った。


 最初の一歩は速い。


 しかし二本目、三本目の横移動がわずかに遅い。


 柚月は気づいた。


「始まってるべ」


 早川が聞く。


「何が?」


「ちょっとずつ遅くなってる」


 後半十分。


 まだ0-0。


 日本は右。


 左。


 中央。


 また右。


 韓国を走らせる。


 柚月が受ける。


 朴智秀が寄る。


 柚月はすぐ離す。


 朴はまた戻る。


 早川が下がる。


 李瑞妍がつく。


 早川はワンタッチ。


 また李は戻る。


 その繰り返し。


 17 五十五分、まだ待つ


 後半十分钟。


 試合時間五十五分。


 早川が中央で一人をかわした。


 目の前にスペース。


 そのまま行けそうだった。


 早川が加速する。


 だが韓国の二人目が来る。


 早川は無理をせず横へ。


 柚月が受ける。


「今のよく止めたっちゃ」


「行きたかったです」


「分かる」


「でもまだ?」


 柚月が時計を見る。


「まだだべ」


 早川が少し笑う。


「七十五分」


「そこまで韓国が持てば話は別だけどな」


 18 六十五分、変化が見え始める


 後半二十分。


 試合時間六十五分。


 韓国の左SB、趙敏智が宮原彩乃へ寄せる。


 前半なら一気に距離を詰めていた。


 今は、一歩遅い。


 宮原が余裕を持って受ける。


 柚月が見逃さない。


「彩乃、今!」


 宮原が前へ運ぶ。


 趙敏智が追う。


 早川が内側へ。


 宮原から早川。


 早川が前を向く。


 李瑞妍の寄せも遅れる。


 早川が一人かわす。


 シュート。


 GK尹河琳がセーブ。


 日本、この試合で最も明確な決定機。


 スタンドが沸く。


 早川は悔しそうに頭を抱えた。


 柚月が走ってくる。


「見えただろ?」


「はい」


「脚、落ちてきた」


 早川の表情に、闘志が宿る。


 19 七十分、韓国も交代する


 韓国ベンチも危険を感じていた。


 金監督が二人を交代。


 疲労した中盤へ新しい選手を入れる。


 朴智秀は残る。


 早川を見る李瑞妍が下がり、新たに徐敏京が入る。


 さらに右WGも交代。


 日本側も原町監督が動きを見る。


 岩出コーチが尋ねる。


「こちらも変えますか」


「まだ」


「七十五分まで?」


「あと少し」


 原町監督はピッチを見る。


 柚月。


 早川。


 正木。


 森岡。


 全員まだ動けている。


 特に早川は、前半に突破を抑えた分、脚が残っている。


 韓国が新しい中盤を入れても、守備全体の疲労までは消えない。


 20 七十五分


 後半三十分。


 試合時間、七十五分。


 スコアは0-0。


 原町監督が立ち上がった。


「ここからだ!」


 その声がピッチへ届く。


 柚月が森岡を見る。


 森岡もうなずく。


 早川が柚月へ近づく。


「行きます?」


 柚月は笑った。


「行くべ」


 正木静香にも声をかける。


「静香!」


「はい!」


「今から裏、何回でも走れ!」


「はい!」


 日本のギアが上がる。


 それまで横へ回していたボール。


 そこへ突然、縦が入る。


 柚月から早川。


 早川が一気に前へ。


 徐敏京が寄る。


 早川はかわす。


 正木が裏。


 早川から縦。


 金恩智が追う。


 正木が先に触る。


 クロス。


 森岡。


 シュート。


 DFに当たる。


 CK。


 韓国の選手たちが肩で息をし始める。


 原町監督の読みは、当たり始めていた。


 21 待っていた十五分


 残り十五分。


 ここまで日本は、ただ耐えていたわけではない。


 韓国を走らせた。


 マークさせた。


 横へ動かした。


 身体を当てさせた。


 そして、自分たちの武器を温存した。


 柚月が中央で受ける。


 朴智秀が寄る。


 だが遅い。


 柚月は初めて前を向いた。


 前半ならできなかった。


 早川が走る。


 正木が二人を引っ張る。


 森岡が中央へ入る。


 國武が左。


 宮原が右。


 選択肢が一気に増える。


 柚月は思わず笑った。


「やっと空いてきたべ」


 その瞬間から、試合は別の顔になった。


 九十分のうち、最初の七十五分を使って作った十五分。


 日本が本当に勝負へ出る時間が、始まった。


 次回予告

 第57章「残り十五分」


 七十五分。


 0-0。


 原町監督が待ち続けた時間が、ついに訪れる。


 大船柚月へのマーク。


 早川莉奈の突破への対応。


 正木静香を追い続けた最終ライン。


 韓国は、日本の三人を封じるために多くのスタミナを使っていた。


 そして、日本はここから一気にギアを上げる。


 柚月が初めて前を向く。


 早川がドリブルで一人を置き去りにする。


 正木が最終ラインの裏へ走る。


 森岡美里、國武真央、宮原彩乃も次々に攻撃へ参加。


 しかし韓国も、ロサンゼルスを諦めない。


 疲労した身体でゴール前を守り、奪えば最後のカウンターへ出る。


 後半八十二分。


 日本に最大の決定機。


 そして八十七分。


 早川がペナルティーエリア手前で倒され、FKを獲得する。


 ボールの前に立つ柚月。


 壁を作る韓国。


 残り時間はわずか。


 柚月はゴールを見る。


 そして早川へ小さく何かを伝える。


 単純な直接FKではない。


 七十五分間積み上げてきた観察が、最後の一手へ変わる。


 次回、

 第57章「残り十五分」


 試合は九十分ある。


 だが、その九十分すべてを同じ強さで戦う必要はない。


 勝負するべき瞬間を見極め、その一瞬へ力を残す。


 それもまた、世界で勝つための経験だった。

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