ユリと掲げるトロフィー
第32章 ユリと掲げるトロフィー
試合終了の笛が鳴ってからも、スタジアムの熱は冷めなかった。
日本三対一アメリカ。
なでしこジャパンは、二〇一一年以来となる二度目のワールドカップ優勝を果たした。
青いユニフォームの選手たちは、芝の上で抱き合っていた。
泣きながら笑う者がいる。
天を仰ぐ者がいる。
その場に座り込み、何度も拳を握る者がいる。
世界一になった。
その事実を、すぐには受け止めきれない選手もいた。
黒川真緒は、最後のミドルシュートを決めた右足を見つめていた。
「本当に入ったんだ……」
藤森彩香が隣で笑う。
「入ったよ。あれで完全に決まった」
「試合中は夢中だったから、まだ分からなくて」
「じゃあ、あとで十回くらい映像を見ればいいよ」
「十回で足りますかね」
「百回でもどうぞ」
二人は笑いながら、もう一度抱き合った。
少し離れたところでは、葵と菜月が肩を組んでいた。
準決勝と決勝の前半を守った菜月。
決勝の終盤を託された葵。
二人で一つのゴールを守り抜いた。
葵が菜月の頭を軽くなでる。
「世界一のキーパーだね」
菜月は首を振った。
「二人で、です」
「そうだね。二人で世界一」
美里はチームメートたちを見渡していた。
キャプテンとして、この大会のすべてを背負ってきた。
苦しい時間もあった。
ブラジル戦では四失点し、一度は同点に追いつかれた。
イングランド戦では高さに押し込まれた。
決勝ではアメリカに先制された。
それでも、このチームは一度も自分たちを見失わなかった。
美里の目から、静かに涙がこぼれた。
「本当に、勝ったんだね」
その隣へ原町監督が立つ。
「まだ実感がないか」
「少しだけあります。でも、全部はまだ」
「俺もだ」
「監督もですか」
「ああ。試合が終わったのに、まだ次の指示を考えている」
美里は吹き出した。
「もう終わりましたよ」
「そうだったな」
原町も、ようやく笑った。
ユリとともに
柚月は、ベンチ脇へ向かっていた。
右ふくらはぎには強い張りが残っている。
足を引きずらないように歩いているつもりだったが、徹にはすぐに分かった。
「ゆっくりでいい」
徹が柚月の腕を支える。
「大丈夫だべ」
「その言葉、今日は何回目だ」
「もう数えてねぇっちゃ」
「俺は数えるのを諦めた」
二人は小さく笑いながら、ユリの遺影の前まで歩いた。
写真の中のユリは、なでしこジャパンのユニフォームを着て笑っている。
柚月はその前へゆっくりと膝をついた。
右ふくらはぎに痛みが走る。
それでも、写真から目をそらさなかった。
「ユリ」
声が震えた。
「ユリとともに、世界一取ったよ」
涙が頬を伝う。
「二回目の優勝だっちゃ。ユリがずっと夢見てた、なでしこジャパンの世界一だよ」
柚月は遺影を両手で抱く。
「ありがとう」
風が吹いた。
試合中から何度も感じていた、柔らかな風だった。
スタジアムの歓声とは違う、静かな声が聞こえたような気がした。
「うちは何もしてねぇべ。みんなが走って、守って、蹴ったんだっちゃ」
柚月は涙をぬぐいながら笑った。
「でも、ずっとそばにいてくれたべ」
「親友だからな」
「うん。ずっと親友だっちゃ」
徹は少し離れたところに立ち、二人の時間を邪魔しなかった。
やがて美里たちが集まってくる。
黒川。
渡瀬。
藤森。
葵。
菜月。
宮原。
宮坂。
西野。
國武。
相沢。
日比谷。
選手たちはユリの遺影を囲んだ。
美里が写真へ語りかける。
「ユリ、一緒に表彰台へ行こう」
柚月が顔を上げる。
「いいの?」
「当たり前でしょ。ここまで一緒に戦ったんだから」
金色のメダル
表彰式が始まった。
敗れたアメリカ代表の選手たちが、銀メダルを受け取る。
悔しさを隠せない選手もいた。
その中には、二〇一一年のアメリカ代表選手の娘もいた。
彼女は涙をこらえながら、日本の選手たちへ拍手を送った。
母親が敗れた相手。
そして今度は、自分が決勝で敗れた相手。
それでも、試合終了後には美里と握手を交わし、こう言った。
「次は、私たちが勝つ」
美里も真っすぐに答えた。
「また決勝で会いましょう」
やがて、なでしこジャパンの名前が呼ばれる。
選手たちは一人ずつ表彰台へ向かった。
日比谷がメダルを掛けられる。
相沢が続く。
國武はメダルに触れた瞬間、こらえていた涙を流した。
西野は両手でメダルを握り、空を見上げた。
宮坂は菜月と抱き合う。
宮原は藤森と手を取り合って表彰台へ上がる。
渡瀬は、決勝の勝ち越しPKを思い出したのか、メダルを見ながら大きく息を吐いた。
黒川が呼ばれると、スタンドからひときわ大きな歓声が上がった。
決勝で二得点。
準決勝でも二得点。
それでも黒川は、自分一人の力ではないと何度も首を振った。
「みんながつないでくれたゴールです」
葵と菜月は、ほとんど同時に表彰台へ上がった。
「離れないね、私たち」
葵が笑う。
菜月も答える。
「最後までセットです」
柚月の名前が呼ばれる。
徹が遺影を柚月へ渡す。
「一緒に行ってこい」
「徹も来ればいいべ」
「俺はスタッフだから、ここで見てる」
「あとで絶対、写真撮るからな」
「ああ」
柚月はユリの遺影を胸に抱き、表彰台へ向かった。
右脚には痛みがある。
それでも、一歩ずつ進む。
美里が手を差し出す。
「ゆっくりでいいよ」
柚月はその手を握る。
「ありがとう」
金色のメダルが、柚月の首へ掛けられた。
柚月はメダルを一度見たあと、ユリの遺影へそっと重ねた。
「ユリの分だっちゃ」
そして最後に、原町監督が表彰台へ上がった。
選手たちから大きな拍手が送られる。
原町は照れくさそうに片手を上げた。
「俺より選手に拍手しろ」
美里が笑う。
「監督もチームです」
ユリも一緒に
いよいよ、優勝トロフィーが運ばれてきた。
金色に輝くワールドカップトロフィー。
世界中の選手が夢見る頂点の証し。
キャプテンの美里が、その前へ呼ばれる。
しかし、美里はすぐには手を伸ばさなかった。
柚月の方を見る。
柚月は、ユリの遺影を抱いている。
少し迷ったあと、柚月が美里へ声をかける。
「美里」
「うん?」
「ユリも一緒に上げていいべか」
美里は一瞬も迷わなかった。
「もちろん」
美里は柚月の手を取る。
二人で前へ出る。
柚月が遺影を胸の前に抱える。
美里がトロフィーを受け取る。
その周りを、選手たち全員が囲む。
「行くよ!」
美里の声。
全員が両手を伸ばす。
「三、二、一!」
トロフィーが夜空へ掲げられた。
同時に、青と白の紙吹雪がスタジアムを埋め尽くした。
歓声が爆発する。
音楽が流れる。
選手たちは跳び上がり、叫び、泣き、抱き合う。
柚月はユリの遺影を高く掲げた。
「ユリ! 世界一だっちゃ!」
風が紙吹雪を巻き上げる。
写真の中のユリが、誰よりも嬉しそうに笑っているように見えた。
少し離れた場所で、徹はその光景を見つめていた。
目には涙が浮かんでいる。
夫として。
特別コーチとして。
そして、ユリの夢を知る一人として。
この瞬間を胸に刻んでいた。
限界を迎えた脚
表彰式を終え、選手たちがピッチへ降り始める。
柚月も遺影を抱えたまま、階段を下りようとした。
一段目。
右脚へ体重をかける。
その瞬間、ふくらはぎに強い痛みが走った。
「っ……」
柚月の身体が傾く。
すぐ隣にいた美里が腕をつかむ。
「柚月!」
柚月は何とか転倒を免れたが、その場から動けなくなった。
「脚、つけねぇ……」
徹がすぐに駆け寄る。
「柚月、座れ」
「大丈夫だべ」
「今はそれを言うな」
徹と美里に支えられ、柚月はその場へ座り込んだ。
メディカルスタッフも急いで集まる。
右ふくらはぎを確認する。
「力を抜いてください」
「痛みはどこですか?」
「真ん中より少し下。急に強くなったっちゃ」
スタッフが慎重に触れる。
柚月の表情がゆがむ。
「強い筋疲労と、軽度の筋損傷の可能性があります。今は歩かせないでください」
車椅子が用意される。
柚月は悔しそうに右脚を見る。
「最後まで歩きたかったな」
徹が隣へしゃがむ。
「最後まで戦っただろ」
「でも、表彰式で座り込むとか格好悪いべ」
「世界一になった直後に、そこを気にする人はいない」
美里も笑う。
「むしろ柚月らしいよ」
「それ、褒めてんの?」
「かなり褒めてる」
柚月は苦笑した。
ユリの遺影は、まだ胸に抱いている。
「ユリ。最後に脚、動かなくなったっちゃ」
風の中から、呆れたような声が聞こえた気がした。
「だから無理すんなって言ったべ」
「途中で交代したんだから、無理してねぇべ」
「表彰式ではしゃぎすぎだっちゃ」
「世界一になったんだから、はしゃぐべ普通」
柚月は涙を浮かべながら笑った。
優勝インタビュー
表彰式のあと、ピッチ脇に特設のインタビュースペースが設けられた。
監督と選手全員に、順番にインタビューが行われる。
柚月は右脚を固定され、椅子に座ったまま参加することになった。
ユリの遺影は、膝の上に置かれている。
最初に呼ばれたのは、原町監督だった。
原町監督
「原町監督、二〇一一年以来となる世界一です。今のお気持ちはいかがですか」
原町は一度、選手たちの方を見た。
「選手たちが、自分たちの力を最後まで信じてくれました。私は方向を示しただけです。実際に走って、身体を張って、ゴールを決めたのは選手たちです」
「大会を通じて、もっとも大きかったことは何でしょうか」
「誰か一人に頼らなかったことです。先発も控えもありませんでした。葵を休ませれば菜月が守り、柚月を休ませれば黒川や藤森が前へ出た。全員が自分の役割を果たした。それが勝因です」
「決勝で先制されたときは?」
「慌てる必要はないと思っていました。このチームは、失点したあとに何をするかを知っていますから」
最後に原町は、少しだけ表情を緩めた。
「選手たちを誇りに思います」
森岡美里
キャプテンの美里は、トロフィーを抱えてインタビューへ臨んだ。
「世界一のトロフィーを掲げた瞬間、何を感じましたか」
「重かったです。でも、トロフィーそのものの重さではなくて、ここまで支えてくれた人たちの思いが全部乗っているように感じました」
「ユリさんの遺影も一緒に掲げました」
美里はうなずく。
「ユリはこのチームの登録選手ではありません。でも、柚月や私たちの中で、ずっと一緒に戦っていました。だから、あの場にいるのは自然なことでした」
「キャプテンとして苦しかったことは?」
「全部です。でも、全部楽しかったです。苦しいときに仲間が声をかけてくれました。私一人では、絶対にここまで来られませんでした」
伊達葵
「決勝終盤でゴールを任されました」
葵は笑顔で答える。
「菜月がずっと守ってくれていたので、最後だけ私が持っていったみたいで、ちょっと申し訳ないです」
少し離れたところから、菜月が声を上げる。
「そんなことないです!」
葵は笑う。
「ほら、本人が否定してくれました」
「交代の際、菜月選手からお尻を軽くたたかれていましたね」
「あれでスイッチが入りました。あとは頼んだと言われたので、任せとけと思いました」
「実際に『任せとけ〜』と答えていました」
「ちょっと軽すぎましたね。でも、本気でした」
周囲から笑いが起こった。
桐生菜月
菜月は、準決勝と決勝での活躍について聞かれた。
「準決勝ではPKを止め、決勝でも前半から好セーブを続けました」
「怖かったです。正直に言えば、ずっと怖かったです。でも、怖いから出ないという選択はできませんでした」
「葵選手へ交代するときは、どんな気持ちでしたか」
「安心しました。私が守った時間を、葵さんが最後までつないでくれると分かっていましたから」
「二人で世界一のGKですね」
菜月は葵を見る。
「はい。二人だけではなく、DFも中盤も含めて、みんなで守った世界一です」
黒川真緒
決勝で二得点を挙げた黒川には、多くの質問が集中した。
「同点ゴールのミドルシュートについて教えてください」
「美里さんが身体を張って、ボールを残してくれました。私は思い切って打っただけです」
「試合終了直前の三点目は?」
「あの場面も、藤森と宮原が走ってつないでくれました。私の前が一瞬だけ開いたので、迷わず打ちました」
「今大会、重要なゴールを何度も決めました」
黒川は少し困ったように笑う。
「自分でも驚いています。でも、ゴールだけで評価されたくはありません。守備も、走ることも、全部含めてチームの役に立てたなら嬉しいです」
「決勝の最優秀選手に選ばれる可能性もあります」
「それより、世界一になれたことの方が嬉しいです」
渡瀬
「勝ち越しのPKは、どのような気持ちで蹴りましたか」
渡瀬は少し考えて答える。
「緊張はしていました。でも、緊張を消そうとはしませんでした。そのまま連れていって、自分が蹴る場所だけを見ました」
「GKとの駆け引きは?」
「最後まで動きを見ました。相手がわずかに重心を動かしたので、逆へ蹴りました」
「世界一を決める勝ち越しゴールです」
「私一人のゴールではありません。藤森が走って、倒されて取ったPKです。あのゴールは藤森と二人のものです」
藤森彩香
「PKを獲得した場面を振り返ってください」
「相手のパスが少し弱くなったので、行けると思いました。あとは前だけを見て走りました」
「倒された瞬間は?」
「痛いより先に、PKだと思いました」
「試合終了間際には、三点目の起点にもなりました」
「最後まで走ることしか考えていませんでした。柚月さんがベンチからずっと声をかけてくれていたので、脚が重くても進めました」
宮原彩乃
「途中出場で、試合の流れを変えました」
「柚月さんから、相手の右側の戻りが遅いことと、黒川が中央で空くことを教えてもらいました」
「最後のゴールでは、その言葉どおり黒川選手へつなぎました」
「はい。見えた瞬間に出しました。真緒なら決めると思っていました」
「途中出場の難しさはありましたか」
「ありました。でも、ベンチでずっと試合を見ていたので、入る前から自分が何をするかは決まっていました」
宮坂玲奈
「体格の大きなアメリカFWとの対戦でした」
「正面から全部勝とうとは思いませんでした。自由に跳ばせないことと、次の選手が拾いやすい場所へ落とさせることを考えていました」
「先制点を許した場面については?」
「私の背後を使われました。悔しかったです。でも、試合中に引きずる時間はありませんでした」
「最後まで立て直せた理由は?」
「隣に西野がいて、後ろから菜月と葵の声が聞こえていたからです」
西野
「決勝でも身体を張った守備が光りました」
「入れられたら終わる場面が何度もありました。きれいに守ろうとは思っていませんでした。足でも身体でも、止められるものは全部止めるつもりでした」
「優勝が決まった瞬間は?」
「最初は何も聞こえませんでした。笛が鳴って、みんなが倒れたのを見て、終わったんだと分かりました」
國武
「ブラジル戦から激しい競り合いが続きました」
「身体はかなりきつかったです。でも、私だけではありません。全員が痛みや疲労を抱えていました」
「決勝は先発ではありませんでした」
「悔しさはありました。でも、宮坂がしっかり守ってくれました。ベンチから声を出すことも、自分の役割でした」
相沢紗英
「ブラジル戦では二得点を挙げました」
「あの試合がなければ、決勝には来られませんでした。でも、私の二点だけでは勝てませんでした。九点が動いた試合で、最後まで全員が走った結果です」
「決勝をベンチから見る時間もありました」
「出ている選手より緊張しました。自分では何もできない時間が、一番苦しかったです」
日比谷
「大会を通じて、多くのチャンスを作りました」
「ゴールやアシストだけでなく、囮になる動きや、相手を引きつける走りも大事にしてきました」
「決勝の勝因は?」
「誰かが走れば、その空いた場所へ誰かが入ったことです。私たちは、ボールを持っている人だけで攻撃していませんでした」
柚月の優勝インタビュー
最後に、柚月の名前が呼ばれた。
右脚を固定されたまま、柚月は椅子に座っている。
膝の上にはユリの遺影。
隣には徹が立っていた。
「大船柚月選手、世界一になった今のお気持ちを教えてください」
柚月は一度、ユリの写真を見た。
「夢みたいです。まだ、本当に勝ったのか分からない感じもあります」
「今大会の勝因は、何だったと思いますか」
柚月は少し考えたあと、ゆっくりと答えた。
「一番は、チーム全員が自分たちのやってきたことを信じたことです。でも、うち個人としては、東日本大震災で命を奪われてしまった親友のユリの存在が大きかったです」
スタジアムが静かになる。
柚月は遺影を両手で抱いた。
「ユリは、なでしこジャパンに入ることを夢見ていました。いつか代表のユニフォームを着て、ワールドカップでゴールを決めたいって、ずっと話していました」
声が震える。
「でも、その夢をかなえる前に、震災で命を奪われました」
柚月は涙を拭う。
「今大会は、ユリと一緒に戦っているつもりでした。苦しいときも、ユリなら何て言うかなって考えました。きっと『同じ人間がやるんだから大丈夫だべ。自分たちがやってきたことを信じて蹴ればいいっちゃ』って言うと思っていました」
遺影の中のユリは、優しく笑っている。
「だから今日、ユリとともに世界一を取れたと思っています」
「そして、もう一人、大きな支えとなった方がいらっしゃいますね」
柚月は隣の徹を見る。
「はい。うちの旦那が、ずっとはっぱをかけてくれました」
徹が少し照れたように笑う。
「試合中もですか」
「試合中も、試合の前も、ハーフタイムもです。脚に張りがあるのを、うちより先に見つけました」
「さすが現役選手ですね」
「でも、ちょっと心配しすぎだっちゃ」
徹がすぐに返す。
「大丈夫って隠すからだろ」
周囲から笑いが起きる。
柚月も笑った。
「こうやって、言いにくいこともちゃんと言ってくれました。準決勝で休むことも、決勝で途中交代することも、うちは悔しかったです。でも、徹が『優勝するために休むことも必要だ』って言ってくれました」
柚月は徹へ手を伸ばす。
徹がその手を握る。
「徹が背中を押してくれたから、ここまで来られました。ありがとう」
徹は短く答える。
「おめでとう」
「それだけ?」
「帰ったら、もっと言う」
「今言ってけろ」
再び笑いが広がった。
インタビュアーが尋ねる。
「ユリさんへ、最後に伝えたいことはありますか」
柚月は、遺影を胸へ抱きしめた。
「ユリ。ユリとともに世界一取ったよ。ありがとう」
涙を流しながら、それでも笑っていた。
「今度は天国で、思いっきりサッカーしてけろな。うちがそっちへ行くのはまだまだ先だけど、そのときはまた一緒にボール蹴ろう」
風が、柚月の髪を揺らした。
その風の中に、ユリの声が重なる。
「待ってるべ。でも、ゆっくり来ればいいっちゃ。まだそっちで、やることいっぱいあっぺ」
柚月は小さくうなずいた。
「んだな。まだまだ、こっちで頑張るっちゃ」
世界一の夜。
喜びと痛み。
涙と笑顔。
支えてくれた人たちへの感謝。
そして、夢をかなえる前に旅立った親友への報告。
なでしこジャパンの二度目の優勝は、ピッチに立った選手たちだけでつかんだものではなかった。
家族。
仲間。
指導者。
スタッフ。
応援してくれた人々。
そして、もう姿を見ることのできない大切な人。
そのすべての思いが重なり、世界一のトロフィーは夜空へ掲げられた。
次回予告
第33章「世界一の朝」
優勝から一夜。
ホテルの部屋で目を覚ました選手たちは、枕元に置かれた金メダルを見て、ようやく世界一になったことを実感する。
だが、柚月の右ふくらはぎには強い痛みが残っていた。
検査の結果、軽度の筋損傷が判明。
しばらくの休養が必要になる。
徹は柚月へ告げる。
「今度は、休むことが仕事だ」
一方、日本では早朝から優勝のニュースが流れ、仙台でも歓喜の声が広がる。
ユリの家族も、遺影とともにトロフィーを掲げた映像を見つめていた。
そして、柚月のもとへ一通のメッセージが届く。
「ユリを表彰台へ連れていってくれて、ありがとう」
次回、
第33章「世界一の朝」
夢がかなった翌朝も、人生は続く。
世界一になった選手たちは、
もう一度、自分の足で日常へ帰っていく。




