前半アディショナルタイム――もうひとつの青い刃
前半アディショナルタイム――もうひとつの青い刃
前半45分。
第4審判が掲げたボードには、「+1」。
わずか1分。
しかし、ブラジルにとっては、前半のうちに追いつくための最後の1分だった。
スタンドの熱はさらに高まる。黄色と緑の旗が揺れ、太鼓が速くなる。
実況
「前半アディショナルタイムは1分。ブラジルとしては、なんとか前半のうちに追いつきたい!」
解説
「日本はここ、絶対に失点したくないですね。先ほど葵のスーパーセーブでしのぎましたが、ブラジルはまだ圧をかけてきます」
ブラジルはすぐに攻める。
ルアナ・フェレイラが中盤で受け、右へ、また中央へ。
ベアトリス・シルヴァが内へ絞り、マリアナ・コスタが最終ラインの間へ入り込む。
だが、焦りがあった。
前半のうちに。
追いつきたい。
このままロッカーに戻りたくない。
その思いが、パスの一つをほんの少しだけ強くした。
ルアナからアナ・クララへの縦。
足元ではなく、半歩先。
受け手が伸ばした足の先を、ボールがすり抜ける。
実況
「あっと、少しずれた! 日本が拾う!」
美里が反応した。
身体を前に入れ、ボールを奪う。
次の瞬間、もう顔は上がっていた。
「行ける!」
彼女の声が、日本のスイッチになる。
ボールは一気に前線へ。
強く、低く、鋭い縦パス。
ブラジルのDFラインは前がかりになっていた。
そこを、青い影が二つ突き抜ける。
中央やや左から國武。
右サイドから西野。
普段は守備で身体を張る二人が、まるで解き放たれたように前へ出る。
実況
「國武が上がる! さらに右に西野! 日本、守備陣が一気にカウンターへ!」
解説
「これはブラジルの戻りが遅れています! 日本、チャンスです!」
國武がDFを引きつける。
ブラジルのCBが慌てて中央を閉じようとする。
その瞬間、ボールは右へ流れた。
西野。
ペナルティエリア右へ侵入する。
ファーストタッチでボールを前へ出し、相手DFの外側を取る。
ブラジルDFは焦った。
このまま行かれれば、GKとほぼ一対一。
止めるしかない。
伸ばした足が、ボールではなく、西野の足にかかる。
西野が倒れる。
主審の笛。
ピィィィッ!
一瞬、スタジアムが止まった。
主審は迷わずペナルティスポットを指す。
実況
「PK!! 日本、PK獲得です!!」
ブラジルの選手たちが抗議に向かう。
だが主審は冷静にポケットへ手を伸ばす。
黄色いカード。
ブラジルDFにイエローカード。
解説
「これはPKでしょう。西野が先に入っていました。DFは完全に遅れています」
西野はゆっくり立ち上がる。
仲間たちが近寄る。
美里が肩を叩く。
「大丈夫?」
西野は短くうなずいた。
「蹴る。」
その言葉に、誰も驚かなかった。
自分で取ったPK。
ここで決める覚悟が、もう顔に出ていた。
柚月が少し離れた位置から声をかける。
「西野、いつも通りだべ。右隅、置くだけ。」
西野は小さく笑う。
「言わなくても、そこ狙ってた。」
ボールがペナルティスポットに置かれる。
ブラジルGKカミーラ・ロシャが両腕を広げる。
背後のスタンドは大歓声。
いや、もはや騒音だった。
だが、西野の耳には届いていないようだった。
深呼吸。
一歩、二歩、三歩。
主審の笛。
西野が助走に入る。
右足で、冷静にインサイド。
ボールは低く、速く、ゴール右隅へ。
カミーラは逆へ飛ぶ。
ネットが揺れる。
日本 2-0 ブラジル。
実況
「決めたぁぁぁ!! 西野、冷静にゴール右隅!
日本、前半アディショナルタイムに貴重な追加点!!」
解説
「これは大きいですね。前半の最後、ブラジルが追いつきに来たところを、日本が逆に仕留めました。しかも守備陣がカウンターでPKを取って、最後は西野が決める。チーム全体の意思が出たゴールです」
西野は大きく叫ぶことなく、拳を握る。
そこへ國武が抱きつく。
美里、柚月、日比谷、渡瀬が集まる。
「ナイス西野!」
「冷静すぎ!」
「守って、走って、決めるとか最高だべ!」
西野は少し息を乱しながら、短く言った。
「まだ前半。浮かない。」
その言葉に、美里が笑う。
「それ、私のセリフ。」
ブラジルはセンターへ戻る。
だがキックオフ直後、主審が時計を見る。
そして、前半終了の笛。
ピィィィィッ――。
前半終了。
日本 2-0 ブラジル。
開催国の猛攻を浴びながら、
日本は二度のカウンターで突き刺した。
一度目は柚月の低いミドル。
二度目は西野の冷静なPK。
スタジアムの熱は、まだ消えていない。
しかし、その熱の中に、確かな焦りが混じっていた。
日本はロッカールームへ向かう。
スコアは2点リード。
だが、誰も浮かない。
葵が最後にゴールを振り返り、グローブを軽く叩く。
「ここからが本番。」
柚月はベンチ脇のユリの遺影を一瞬見た。
(ユリ。前半、2点取ったよ。
でも、まだ終わってねぇ。見でてけろな。)
風が、少しだけピッチを渡った。




