第七話 殿、イージス艦ごと来ました!
「殿、これ凄いですよ」
秀吉が血相を変えて安土城の執務室に駆け込んできた。手にはいつもの仕分け用バインダーを抱えている。
「え? なになに?」
「マジで戦国ではチートです」
「ドキドキ」
棒読みで返しながら、俺は冷めた茶をすする。どうせまた自称勇者の高校生が聖剣(笑)でも持ってきたか、トラックに撥ねられたサラリーマンが『内政チート』と称して簿記の知識をドヤ顔で披露しに来たかの二択だろう。
「イージス艦ごと来ました!」
「……ふーん」
「あれ? あまり反応しませんね」
「だって燃料切れたら終わりじゃん。どうやって動かすの? 重油なんかないもん」
「殿、ガスタービンエンジンなので軽油では……」
「どっちでもいいんだよ! 補給ができないっつってんの! そんなもん琵琶湖に浮かべといて何に使うんだよ。観光船か?」
「あ、外海に来たようなのですが……若狭湾のあたりにドカンと」
「どうせ使えないんだから分解したら? 鉄くずとしては上質だしさ。そもそも戦闘力もオーバーキルすぎるんだよね。毛利の水軍相手にハープーン撃ってどうすんの? 木っ端微塵で船板すら残らないじゃん」
「……ハープーン積んでましたかね?」
「だから細かいとこに引っ掛かるなって。不必要に巨大過ぎる火力だっつってんのよ」
ため息が出る。未来人はすぐ「圧倒的火力で無双」とか夢を見るが、維持費という概念が頭からすっぽ抜けている。
「それにさ、いくら強くったって再現性のない武力に魅力を感じないんだよね。一発撃ったらおしまいのミサイルなんて、ただの線香花火だよ」
「自衛隊が小隊ごとタイムスリップしてきたときも、殿、まったく同じこと仰ってましたよね」
「言ったよ。だって弾薬の補給どうすんのさ。火薬はともかく薬莢の精密加工なんて鍛冶屋にできるわけないじゃん」
「でしたねえ。『燃える水じゃー!』とか言って越国から原油持ってきた奴もいましたけど」
「ま、石油なんだけどさ。あれ精製しないとエンジンに使えないって、いつぞやの工学部生が言ってたでしょ」
「確か原油精製プラントってのがいるんでしたっけ?」
「なんかそんなん。じゃあ作れって言っても、現代の技術ツリーの前提条件が多すぎて誰も作れねえし」
「宮大工のゲンさんも『設計図見せられても木の組み方が載ってねえ』って頭抱えてましたもんね」
「ゲンさん、大抵の城なら一晩で作れるのにな。専門外にも程があるよ」
「そのプラントってやつが丸ごとタイムスリップして来たらいいんすかねー?」
「そういうことになるんじゃない? それかガソリンスタンド?」
「殿、ガソスタ来ても地下タンクの中身がなくなったら終わりじゃないですか」
「そりゃそうだ」
俺と秀吉は顔を見合わせて、ゲラゲラ笑った。天下は今日も平和である。
「結局さ、燃料切れたらどうしようもないんだよね。総員配置につかせて、足軽にオール持たせて漕がせる?」
「ぶはっ、めちゃくちゃシュールな絵面ですねそれ。何千トンあると思ってんですか」
「でも面白いからさ、燃料残ってるうちにチャフだけ撒きに行こうぜ」
「殿、チャフ好きですねえ……」
「レーダーのない十六世紀の空に向けて電波妨害のアルミ片を大量散布するって、その虚無感がたまらなくゾクゾクすんのよ」
「相変わらず変わった性癖ですねえ。風流なんだか悪趣味なんだか分かりませんよ」
呆れる秀吉に肩をすくめて見せる。無駄を愛でるのが数寄モノの心ってやつだ。
「で、肝心の海自の人たちは暴れてないの? 将官クラスは来てる?」
「えーと、艦長は1等海佐ですかね。全然暴れていませんよ。いつものように、温かい飯と雨風しのげる住まいを提供するって通達したら、みんな『了解しました』つって大人しく陸に上がりました。身元の登録も済んでます」
「だよねえ。転生者が暴れる原因って、結局のところ生活インフラだからね」
「ほんとそれです。コンビニもない、スマホも繋がらない、風呂も沸かせないとなると、みんな一瞬でメンタルやられますから」
「そうそう。健康で文化的な最低限度の生活を保障してやれば、未来の人たちは基本的にめっちゃおとなしいよ」
結局のところ、彼らにとってイージス艦とは、戦国時代を制覇するための最終兵器などではなく、この見知らぬ開の地で衣食住を勝ち取るための『特大の退職金』兼『交渉材料』に過ぎないのだ。
最初からドンパチやる気なんて毛頭ない連中に対し、
「大丈夫っす! 歴史改変とかもう手遅れなんで! 好きに生きていいよ!」
とメガホンで優しく呼びかけてやれば、拍子抜けするほど簡単に投降するのであった。




