第十九話 坂本城、転生者受入業務
遠く、琵琶湖の向こうで比叡山が光った。
真昼間からご苦労なことである。
信長は脇息に肘を乗せ、手のひらに顎を置いてそれを見ていた。
「また転生してきてるね。今度はどんなのかな。偉人かギャルがいいんだけど」
「殿、ギャル好きですねえ。偉人と並べられたらギャルも本望でしょう」
比叡山の麓、坂本城で当番のミカがスポーン・フラッシュ(と名付けられた)を確認していた。
ミカは令和出身の女子大生で、現在は坂本城で転生者受付業務に就いている。
転生者が比叡山のどこにスポーンするかはまちまちなので、それっぽいところに令和語(日本語・英語・中国語・韓国語)の立て札を置いている。
『ここは16世紀の京都府です。時空間を超えてさぞ驚かれていることと存じます。
その場にとどまりお待ちください。もうすぐ迎えが参ります。
危害は与えません。暴れない・抵抗しない・大声を出さないの三点を心掛けてください』
元号が天文の頃から信長の元にはタイムスリッパーが現れ出した影響で、元亀二年(1571)の比叡山焼き討ちは行われていない。
尚、天文の頃は比叡山ではなく熱田神宮がスポーン・ポイントだった。
フラッシュ確認後、半刻余りしてからミカは坂本城を出発した。
日吉社へと向かう。
史実の日吉社は、元亀二年(一五七一年)の比叡山焼き討ちで灰燼に帰している。
しかしこの世界では、そもそも焼き討ちが行われていない。当然、日吉社もそのまま残っている。
さてスポーン・フラッシュが起きると現地の人が、転生者を保護して日吉社に連れてくる。ミカは引き取りに向かっている。
(これ、結構遠いのよね)
坂本城から日吉社までたっぷり四半刻は歩く。
せめて馬にでも乗れればいいのだが、乗馬の技能を持つ転生者は稀である。
(と言っても、この時代は庶民は歩くのが普通だもんね)
それでも令和に比べると風通しはいい。一陣の風が通り抜け、琵琶湖からの湿気を払った。
ミカが日吉社に着いて神主と話していると、比叡山から連絡が来た。
なんでもまだ転生者を保護できていないらしい。
「え? もうフラッシュから一刻近く経ってますよね?」
比叡山からの伝言は令和言葉が分からないらしく、神主に通訳してもらう。
立て札のどこにも転生者が見当たらず、保護の狼煙が未だ上がらないと言うことだ。
夏だからすぐに命の危険はないだろうが、それでも山中奥深くに迷い込むと野生動物もいる。
立て札に気付かなかったのか、読めなかったのか。あるいは厄介なところにスポーンしたか。
比叡山の麓の人たちは慣れているため、勝手に降りてきても日吉社に連れてきてくれる。転生の名所のため、令和言葉を話せる人も少なくない。
フラッシュが起きたのだからどこかに来たのは間違いない。ぼーっと見てると、比叡山から狼煙が上がる。
神主を見ると頷いて地元の人に戦国語で話しかけた。
「ミカ殿、安心されい。見つかったそうな」
「あーよかった」
しかし今見つかったと言うことはまだ一刻はここで待つ事になる。
比叡山から麓までも遠い。ケーブルカーでもあればいいんだけど。
ミカは自分の足元を見つめる。
(靴職人、来てくれないかなあ)
中々意識することはないが、実は「現代靴」はかなりのチートアイテムである。特にスニーカーは軽くて丈夫で濡れにも強く、そして何より歩きやすい。かなりの悪路を「靴」が解決していると言って良い。
そしてこの時代には再生産ができない、貴重なアイテムとなる。だから草鞋と併用し、温存しながら履く事になる。
スマホやバッテリーなんかより、ゴムを加工できる人に来て欲しいのだが、合成ゴムはおろか天然ゴムですら──それをゴム製品に加工するまでを考えると、この時代からはまだまだ遠い先のことである。
スニーカーを温存し、草鞋に履き替え歩き回る。仲良しの巫女を見つけて談笑する。
「この前の続き聞かせて!」
ねだられるのはミカのうろ覚えの漫画のストーリーだ。
娯楽の少ないこの時代、創作はいたく面白いらしく、ミカの拙い口頭の話でも、喜んで聞いてくれる。もちろん理解には前提があるため相当にアレンジする必要があるが、ミカはそれが上手かった。
ストーリーの主要部分を戦国で通じる言葉に置き換えて話す。
ミカが話すのは概ねにおいては少女漫画のラブストーリー。これがとても喜ばれる。人の心の機微というのは時代をわたるものなんだなと思う。
そんなことをしていると比叡山から人が三人降りてきた。
現地のミノルくんと、アキちゃんと──転生者?
子供?
おそらくこの子の荷物だろう。ミノルがランドセルを持っていた。




