第十三話 どうやってサトウキビを発芽させる?
安濃津の外れに与えられた家で、シンジは風呂敷を広げた。
もとは百姓家だったらしく、土間と板間、それに裏手には小さな畑がついている。
風呂敷の上に、くすんだ緑色の節くれだった茎が六本並んだ。
『Ni27』という品種の種キビである。
「これが、甘蔗ね」
それを暫く見つめてから咲は、腕を組んだ。
「六本か。全滅させないように増やせるかどうか、だね。助平さん、どう思う?」
助平と呼ばれた男はキセルから煙を上げながら、「ふーん」とだけ唸った。
精悍な顔立ちにもっさりとした無精髭を貼り付けている。年の頃は三十歳前後だろうか。種キビを一本取って、じっくりと眺めた。
助平はおもむろに口を開いた。
「植えんことには始まらん」
シンジがおずおずと話し始める。
「あの……」
「なんだ?」
「この、サトウキビは、本来はもっと南の、温かい土地で育てるものなんです。とても寒さに弱くて」
「寒いと死ぬのか?」
「はい」
「どのくらい?」
「水が凍るような日が続くと、腐ります。手が少しかじかむくらいの寒さでも成長が止まるんです」
「なるほど」
「それから発芽は、ビニールハウスでさせていました」
シンジはビニールハウスについて説明した。
助平は種キビをとってマジマジと眺めた。
「……なるほどな。そういうやつかいこれは。かなりの地温が必要そうだな」
「助平さん、なんかいい方法ある?」
助平は咲をちらりと見て腕を組んだ。
「まず囲いを作るのは当然じゃろう。ただそれも風と陽の動きを見ながら動かさんといかんだろうな」
「地温を下げないためってことよね?」
助平は頷く。
「問題は夜だの。魚のアラに落ち葉や藁を混ぜて踏み固める。ほんで水をかけると腐る時に熱を出す」
──そうか、発酵熱か。
「十日余りは強う熱を出す。そのあともしばらく温い。そいでその上に土を敷いて植えてみようかいの」
「ねえシンジ、十日あれば芽は出る?」
「えーと、確か二週間……半月ほどだったと思います」
「念のために予備床の用意もしといたほうがいいかも知れんな」
「苗箱に土を入れてその上に置くのね」
「うむ。のう、シンジとやら」
助平に話しかけられシンジは「はい」と言って姿勢を正した。
「これ一尺くらいあるが……この六本は、これ以上はわけられんのか?」
「これがわけた状態です」
「そうか。心許ないのお。何にしても増やさんと失敗も重ねられんわい」
そういえば、とシンジは思い出す。
「今って、二月なんですよね?」
「ん、そうだよ。二月十日だね」
咲が答える。
二月。確かに肌寒いが、これは二月の気候ではない。
十六世紀の二月は暖かかった? そうじゃくて──この時代は、陰暦だ。
スマホはあるがネットには繋がらない。陰暦の天正十一年二月が新暦で何月になるのかは分からないが、気候からすると四月くらいだろうか。
「一本、いや二本は、一ヶ月後くらいに、もう少し暖かくなってから植えたいです」
「どういうこと?」
「暖かくなってから植えれば、芽は出ると思うんです」
「ん? それなら全部そうすればいいんじゃないの?」
「えーと、それだとサトウキビが育ちきらないんです。あとから植えた分は次の種は取れるんですけど、砂糖を取るまでにはできなくて」
助平が膝を打った。
「なるほど! そんな手があるのか。ならその時期も変えたほうがいいな。三本を時期を変えて、半月後、その半月後、その半月後」
「うん、いいかもね助平さん。シンジはどう思う?」
「はい、それがいいと思います」
そして残りの三本は「戦国版ビニールハウス」で発芽を試してみる。
これも発芽しやすい条件をみるために、発酵床から苗箱までの土の厚さを少しずつ変えることになった。
「そしてある程度はビニールハウスで育てるじゃろ? そして畑に移すわけだが。シンジ、畑はどんな土がいいんだ?」
「砂だけでも粘土だけでもなくて……柔らかくて、水は抜けるけど乾きすぎない土、というか」
「水は?」
「はい、たっぷり必要なんですが、根が泥水に浸かったままだと死んでしまうんで、水はけが良くないとダメです」
「咲、大豆をやっとった畑があるじゃろ。あれはどうじゃ?」
「いいと思う」
さらにシンジは、知っている限りのことを話した。
背丈は人より高くなる。
風には強くない。
水は要るが、溜まるのはまずい。
肥料には人糞を発酵させた下肥でいいと思うけど、肥やしをやり過ぎれば、糖が乗らなくなるかもしれない。
「野分は?」
「のわけ……? あ、台風か。はい、それはたぶん、かなりまずいです」
「なら風除けも考えんとな」
助平が持ってきた濁酒を飲みながら、三人で戦国ビニールハウスの設計を遅くまで話し合った。




