第十二話 津城も令和に毒されていた
伊勢国、安濃津の潮風は、信長のいる安土よりは心なし暖かかった。
信長の異母弟、織田信包に挨拶をした佐藤シンジは、関ヶ原の戦いについて根掘り葉掘り聞かれていた。
「あれ家康が勝ったんでしょ? 俺はなんで西側に付いたんだろうね?」
本人からそれを聞かれてもなかなか困るところである。
今がすでに天正十一年(1583年)、この時点で織田信長が生きており、十七年後の慶長五年(1600年)に関ヶ原の戦いは起こりそうにはない。
隣では信包の家臣、多羅尾光太がシンジのスマホを借りてYouTuberごっこをしていた。
「はいどーも、タラオチャンネルのタラちゃんこと多羅尾光太です! まず前回の企画覚えてます? 『自分のWikipediaを読んでみた』ですね。そしたらなんと、たった319文字! 藤敦さんの三分の一で罰ゲームをさせられたわけですけれども」
細野藤敦がゲラゲラ笑いながらそれを見ている。
「ということで、今回は『Wikipediaのボリュームを増やしたい!』ということで殿に謀反ドッキリをしてみようという企画です!」
「でもウチの殿、地味だからねー。謀反とかしても一行増える程度だと思うけど」
藤敦が辛辣に突っ込む。
「おーい、聞こえてんぞ。手足を牛に縛って身体裂くぞお前ら」
みんなでゲラゲラ笑っている。
未来人は比叡山にスポーンするので一次受付は坂本城、そして琵琶湖を三刻ほど船で安土城へ行って信長と面接、そのあとは別に近江に留まるとは限らない。
そういうことで、津城もすでに令和に毒されている。
「あの……えーと、殿、とお呼びすれば良いのでしょうか?」
シンジは信包の呼び方から確認していた。
「ああ、うんうん、殿って呼んで」
「殿!」
「殿!」
「ちょっと、光太と藤敦、うるさいよ!」
シンジは戸惑いながら、サトウキビの種キビを取り出す。
「あの、これを育てるようにお館様から申し付けられまして」
「じゃあ現地のサポートとスタッフだよね」
信包がパンパンと手を叩くと襖が開き、平伏した女性が──ということはなく、農民服の若い女性が、普通に襖を開けてずかずかと入ってきた。
女性は「よっ!」と信包に向かって揃えた二本指を額に当てる。
信包もそれを返す。
「佐藤くんは、この咲とサトウキビを頑張ってね」
健康的な小麦色の肌が印象的な咲が、シンジをジロジロと見た。
「あんた、名前は?」
「佐藤です。佐藤シンジです」
「シンジね。勘違いしないでよね、私は咲」
「はい(?)えーと咲さん」
「勘違いしないでよね。シンジ、逃げちゃダメよ」
「逃げませんよ」
「そうじゃなくて『逃げちゃダメだ』って言ってみて」
「……逃げちゃダメだ?」
「もっと何度も!」
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」
「そうそうその調子!」
(何が?)
こうして、まずは畑の選定から始まるのであった。
「殿、かーくごー!」
後ろでは多羅尾光太が織田信包に謀反をしている。
その様子を細野藤敦がスマホで動画撮影していた。




