第十一話 サトウキビを持ってきた佐藤くん
俺は「面をあげーい」とか言いながら、平伏する学生の横をずかずかと歩いて地球儀をくるりと回した。
見てるかな? はいマントひらひら~。
「はいどうも、織田信長です」
「織田信──いや上総介様? は、ははー」
学生はもう一度平伏した。
こいつ今、上総介様っつったな。今更、諱の「信長」で呼ばれても手打ちにしたりしないけど。そういうの知ってる子が来たか。
俺は蘭丸からエントリーシートを受け取った。
「顔上げていいよ。えーと、佐藤くんね」
「ははあ」
「顔上げていいってば」
もう家臣ですら平伏とかしないからちょっと新鮮だもんな。勝家くらいだよ。光秀ですら会釈だし、秀吉にいたっては「ちーっす」だぞ。
「佐藤くんは、と……お! 三重大学の農業系大学生! これは! 貞勝、令和文字だけど読める?」
スキンヘッドの老人、村井貞勝が首を振る。
「そんなにスラスラとは読めません。逆になんで殿が読めるのか」
「お前、漫画とかラノベとか読まないからじゃない?」
「私、もういい年ですからね」
佐藤くんが村井貞勝に目を向けた。
(村井貞勝……確かこの人も本能寺の変で……あの少年が森蘭丸だとすると、天正八年、あるいは九年だろうか)
俺は貞勝に佐藤くんの経歴を読んで聞かせていた。
佐藤くんに向き直る。
「なんか珍しい荷物あるね。あれなに?」
「は、あれはサ……甘蔗の種キビでございます」
「甘蔗? あ、サトウキビってこと!?」
サトウキビ!? サトウキビ!? サトウキビ!?
聞いていた光秀、蘭丸、貞勝が目を驚いて目を丸くする。
「ははー」
「な、なんでそんなもん持ってるの!?」
佐藤くんは戦国時代に通じそうな言葉に一生懸命変換しながら話してくれた。なんか新鮮である。
要するに、南勢志摩のサトウキビ農家へ実習に行った帰りに、転生トラックが突っ込んできたそうである。
「たまにはいい仕事するな、転生屋」
「交通事故をいい仕事呼ばわりしちゃダメですよ、殿」
蘭丸が呆れて言った。
でもサトウキビの種キビ持っている農業系大学生をピンポイントで轢き殺すとか、中々できることじゃない。あっぱれだと思う。
「それ是非やろうよ! 植えてみようよ。佐藤くん、やってみよう?」
「お、おそれながら……」
「そんなに恐縮しなくていいってば」
「拙者……それがし……えーと」
「僕でも俺でもいいってば」
「は……、あの、私が持ちこみましたのはNi27という品種で、安濃津でも実績はございますが、ここ、近江では気候条件が……」
「ああ、滋賀じゃ無理?」
「わ、わかりません。ですがサトウキビは温暖な気候が必要でして、琉球や種子島などで……」
「じゃあ三重県でやろうよ。貞勝、手配してあげてよ」
「安濃津に信包様のところですね。承知しました」
いやーついにサトウキビが来たか!
この戦国の世では砂糖はマジで貴重なのだ。令和では一斤半(約1kg)を300円くらいで買えるらしいけど、戦国だと5万円くらいするんだよね。
外交にも使えるし。上杉謙信とか砂糖やっときゃおとなしいし。
未来人の史実では謙信は天正六年に死んだらしいけど、それを言ったら俺だってもう死んでるはずだしな。
天正十一年の春、俺も謙信くんも元気いっぱい生きています。生きてるって素晴らしい。
だって砂糖が食べられるから。
蘭丸が目を輝かせていった。
「殿、これでクッキーとか作れちゃうんじゃないですか!?」
「作れる作れる。尾張にもガンガン砂糖送りつけて、もう名物をういろうからクッキーにしちゃおうぜ!」
クッキーの砂糖使用量はエグいもんな。
そーれクッキー、クッキー。貞勝も一緒にそーれ。
クッキーダンスを踊る俺と貞勝と蘭丸を、佐藤くんがぽかーんとした顔で見ていた。




