12.理性の探求者たち
ヴォルフ博士率いる医師団がグラールスの州都に到着したとき、彼らが直面したのは、医療の問題ではなく、信仰の壁だった。民衆は、彼らの合理的な質問や検査を拒否し、「聖女ララが救ってくれる」と頑なに信じていた。
「病の報告書を見せろ!患者の血液と分泌物を分析しなければ、治療法は見つからん!」ヴォルフは州の役人に詰め寄った。
しかし、病の記録のほとんどは、修道院のララが管理していた。そして、民衆の信仰の中心には、チュディ医師の死によってさらに絶対的な権威を手にした、負傷中の「聖女」が鎮座していた。
ヴォルフ博士は、まずララの「秘薬」の検証から着手することを決意した。
「あの奇跡の薬が何でできているか分かれば、この病の正体が分かるはずだ。」
修道院への訪問は、厳粛な儀式めいたものとなった。ヴォルフ博士は、傷の痛みで顔色の優れないララと対面した。ララは、白い包帯に身を包み、臥せっていながらも、その瞳には依然として深い慈愛が宿っているように見えた。
「ようこそ、博士。あなた方の助けを、神も望んでいらっしゃいます。」ララは、弱々しい声で迎えた。
ヴォルフは、その場に漂う敬虔な空気に動揺しそうになるのを理性で抑え、質問を始めた。
「修道女ララ。あなたが施した薬草は何ですか?その調合比率を全て教えていただきたい。科学的な検証が必要です。」
ララは静かに答えた。
「私がお与えしているのは、この山の恵み、薬草園の単純なハーブばかりです。しかし、その効果は、信仰によって増幅されます。調合は、その日の患者様の心の状態と、神の導きに従って変えています。数値で測れるものではありません。」
この答えは、ヴォルフが求める科学的根拠を完全に拒否するものだった。しかし、ララの言葉には、論理を超えた説得力があった。彼女は、ヴォルフの「理性」に対し、グラールス社会が最も強く求める「信仰」という盾で立ち向かっていた。




