第18話・魔王様はね………………なのよ
「さあ、戦いましょう。勇者」
グリムリーパーは一気に跳躍し、瞬きをする間には、もう目と鼻の先だった。
「……ッ!」
剣に手をかけるが――これでは間に合わない!
「油断禁物、よ」
剣を抜くがそれまでで、刃先の峰の攻撃を、脇腹にモロに受けてしまう。
「……ッ!」
その打撃のせいで息が一瞬止まる。
だが、俺だって何度も戦いの場を経験している。すぐに体勢を立て直し、呼吸を整え、剣を構えた。
「ふん。やはり勇者。これくらいじゃあ、倒れないわね」
グリムリーパーは悔しがるわけでもなく、この場を楽しむような笑みを浮かべる。
「なあ、どうしてそう戦おうとするんだ。一度落ち着いて話し合わないか? もしかしたら、別の道が見えるかもしれない!」
俺はそう言葉をかけるが、グリムリーパーは首を横に振った。
「無駄よ。ほかの道はない。あなたはどうやら二周目のようだけれど……知らないの?」
グリムリーパーは自身の胸に親指を突き立てた。
「わたしを殺さないと魔王城へは行けない。だから戦うしか――」
「そんなの知ってるよ! だけど俺は……!」
「甘いのよ、あなたは」
グリムリーパーはまた攻撃の手に動いた。俺の首を掻っ切ろうとするその刃を避けるが、容赦なく次の手が襲いかかる。
「ここで戦い、決着をつける。それしか道はないのよ――いえ。その道以外を、踏み外してはいけないの!」
鎌が空を切り、俺は剣でその軌道を断つ。
「どうしてお前も……ツリィたちも、戦いにこだわるんだよ! そこまで魔王に従うことだってないはずだ! 仲間が大切なら、俺と戦わずに逃げればいい! どこまでも、逃げつづければいい!」
「そんなことできない! だって、だって……!」
会話の中で、鎌が空を切る音と、刃先同士のぶつかり合う金属音が交互に響く。
「わたしは魔王様の命令から逃れられない! ……そう仕組まれているの。この胸の中に、魔王城への鍵を入れられてから」
「入れられた……いつ?」
「ツリィたちと出会ってしばらくしてからよ……。あの〈拳銃使い〉のように、わたしまで勇者側に寝返らないようにね 」
俺たちは攻防の手を止めることなく、話をつづける。
「この北の国から出ようとすれば、わたしは魔王様に殺される。戦いを放棄すれば……魔王様に殺される」
グリムリーパーは一瞬だけ笑みを浮かべた。
「それでも最初、温泉宿でツリィたちに運命を委ねたのは……ちょっとしたわたしの甘えね」
鎌と剣がぶつかり合い、その反動でグリムリーパーとの距離が開く。
「あの子たちなら……もしかしたら、何かやってくれるんじゃないかなって思ったの。だけれど、やっぱり不安になってしまって」
グリムリーパーは鎌を垂直に立て、地面を鳴らすと、五つの青い火の玉が彼女の周りに出現した。
「どうして、あなたは二周目に入ったのかしら?」
グリムリーパーは問いつつも、火の玉のひとつをこちらにぶつけてくる。俺はそれを避けつつ、答えを考える。
「……それは」
「まあいいわ。わたしの最期は知っているもの――自害したってね」
「…………」
「あなたたちが温泉宿を出たあと……魔王様が現れてね、言われたのよ。『つまらん真似はするな』って。だからもう、それもできない」
魔王様は言っていたわ、とグリムリーパーは攻撃をしながら、話す。
「『長い時を繰り返して……ようやく選んだお前の最期はそれか。それじゃあ、意味がないんだよ。もし前回勇者が〈ロード〉しなかったらどうするつもりだ』って。……わたしは魔王様が真に求めているのもがわからない。だけれど、もう自害の道も禁じられたわ」
グリムリーパーが最後のひとつの火の玉をこちらに投げつけた――俺はそれを剣で受け、跳ね返す。
グリムリーパーは動きを見切っているかの表情で、ヒラリとそれを躱した。
「だからお願いよ、勇者。ここでわたしを殺して。その心臓を持って、魔王城へと行って」
タン、と彼女の足音が響き、周囲の空気がピンと張り詰めたのを肌で感じた。
そのときには、すでに瞬間移動でもしたんじゃないかと思うくらい素早い動きで、剣の切先に彼女の胸が当たるくらいの位置へ、彼女は移動していた。
「それから、あの子たちをよろしくお願いできないかしら」
彼女は前に倒れ、刃が服を貫き――。
「……ッ! 断る!」
俺は急いで剣を引き、それを鞘に収めた。
前によろけたグリムリーパーは驚いた顔をしながら俺を見た。
「……なっ」
「お前たちはもっと話し合うべきだ! 向かい合うべきだ! どっちも互いを思いやりすぎて、相手の想いに気づいてない!」
グリムリーパーは鎌を握り締め、今度は俺を睨みつけた。
「何よそれ! しかたないじゃない! わたしはあの子たちを守りたいの……! わたしは、あの子たちに生きていてほしいのよ! この世界でもあの子たちの生きる世界でも!」
基本的に落ち着いた口調のグリムリーパーだが、ここだけは特に言葉を荒げていた。
「そんなことない! ツリィたちはお前といっしょにいたいんだ! きっとどんな結果になろうとも、お前といっしょなら、それでいいと思っているはずだよ。……そうだろ」
俺が言うと、グリムリーパーは「そう……ね……」と呟き視線を下げた。きっと、思い当たることでもあるのだろう。
「でも……でも、わたしは」
「ここから出よう。もう一度、俺はここまで戻ってきてみせる」
俺はグリムリーパーの肩に手をかけた。
「間に合わせてみせる。そしたら、もう一度話し合おう」
「勇者……」
グリムリーパーは微笑んだかと思うと、意を決したように一瞬だけ眉をひそめた。
「今この場だから、ひとつだけ教えてあげるわ」
――「魔王様はね………………なのよ」。
俺はそれ聞いて、答える。
「……うん、知ってる」
「あらそう。じゃあ、あとはあなた次第なのね」
俺は、グリムリーパーはもっと驚くものかと思っていたけど、そうでもなく、あっさりとした反応だった。
「……なあ。お前だから聞きたいんだけど、俺はどうしたらいいかな」
少しでも答えに近づきたくて、俺はそんなことを聞いた。グリムリーパーは、鼻で笑ってから答える。
「そのくらい、自分で考えなさい」




