第15話・すべてを生かすことが正解じゃない。大切なのは、本人たちが何を望んでいるかなのですよ
「……勇者様。わたし、別にこの世界から出られなくても、いいのですよ」
「……え?」
予想していなかった言葉に、そんな間抜けな声が漏れた。
「この世界にいると選択したのなら、ずーっと勇者様といられるのです。リアムさんも、ケンちゃんもいっしょに」
マキは話しながら両腕を広げた。この世界を見上げるように。
「だって、この世界からみんな出ることになったら……」
マキはそこで口を噤んだ。
この世界が元通りに戻ったら、何もかもが元の世界の時の状況に戻る。だけど、そうなったらどうなるんだろう。
魔女の子だったケンは、きっと――。
「……でも、ダメでしょう? 勇者様は言ったでしょう。この世界を元通りにして、みんなを現実世界に帰すって!」
マキは「それとも」と複雑そうな瞳でこちらを見つめる。
「勇者様は、気持ちが変わったのですか?」
――違う。変わってなんかない。
俺の目的はこの世界を元に戻すことで、ゲームの世界から抜け出すことだ。
それを多くの〈プレイヤー〉はそれを望んでいるし、俺だって戻りたいと思う内のひとりだ。
……だけど。
「勇者様。わたしたちに話してほしいのです。何があったのか」
マキに言われ、俺は今までのことを話した。
今回の件を話すと、みんな一様に難しい顔を浮かべていた。
「魔王城へ行くためには、鍵である魔女の子の心臓が必要なんだ。でも、魔女の子は大事な仲間がいて……。もし、今回と同じ理由でケンが倒されなければならないのなら、俺は全力で抵抗する。反対する。ケンを失うのは……仲間を失うのは、嫌だ」
みんなのために大切な仲間を犠牲にするなんてできるわけがない。
もちろん、ツリィたちだって同じ気持ちだ。全力でその状況の中で抗いつづけるに決まっている。
「However……ユータ。そんなこと言ってたら先へ進めない。魔王を倒すのがオラたちの目標だ。Right?」
そう言うリアムにつづき、ケンも、
「ユータの気持ちもわかるが、リアムの言うとおりだ。それに、悪さなんてしていないというが……この世界を元に戻そうと動くユータの足止めをしようとすること事態が、もうすでに悪手なのだから、戦うこと自体にそこまで罪悪感を抱かなくともよいとは……思う。考えようの話だが……」
と、話した。
「ツリィたちは、俺が魔女の子を倒そうとしなければ、邪魔なんてしようと思わなかったはずだ。俺が、魔女の子を倒さなくてよかったら……」
俺はそこまで話して、ケンを見た。
「なあ。ケンは元々魔女の子だろ? だったら、魔王城の行き方だってわかるんじゃないか? 鍵なんてなくても、どうにかして魔王城に――」
「それはできない。鍵が必要だというのなら、そうなのだろう」
縋るように聞いた俺に、ケンは切り捨てるようにそう答えた。
「僕らは魔女の子の言えど、魔王城を自由に行き来などできないんだ。魔王が与えた場所にいるだけ。その場所で命令を遂行するだけ。ハンドレディこそ、国を跨いで行動していたが、魔王城へは戻れてなどいないよ」
これは僕の推論だが、とケンはつづける。
「今回、こうした鍵の条件を出したのも、魔王はユータがこの状況に陥るのを予想してでのことではないだろうか。ユータが悩めば悩むほど、魔王城へは来れない。その時間を稼げば稼ぐほど……魔王は力を増幅できるし、世界征服だってできるかもしれない」
否定はできなかった。
ケンの言うとおり、俺はまんまと魔王の策略に嵌っていると言っていいだろう。
だけど、もしかしたら鍵が必要なんて発言も嘘かもしれない。
俺を弄んで悩ませておいて……本当の答えは別であるのかもしれない。
そのためなら、俺は何度だってやり直して見つけ出すのに。
「……ケン。魔王城へはどうやって行くんだ。入れないとしても、魔王城の前までなんとかしていけないか。実際に見てみれば……鍵なんてなくても先へ進める手立てが思いつくかもしれない」
諦め悪く俺がそう聞いたが、ケンはただ首を横に振るだけだった。
「ハッキリと言う。魔王が鍵が必要だと言ったのなら、それは絶対だ。魔王城へ戻れてないと言ったが、それは魔王城がこの世界に存在していないからだ。魔王城への道はこの世界のどこにもない。その道を開くのは、その鍵を手にするのみなんだ」
「道を……開く」
ケンは俺の肩を掴むと言う。
「魔女の子を倒す。これが鍵であり、魔王城への道だ。これ以外に魔王と相見える術は、ない」
マキもリアムも反論せずにその言葉を受け入れていた。
重苦しい空気の中、「今回はしかたがないのです」と、マキは静かに決定づけるような言葉を告げる。
「――時には、犠牲も必要なのですよ」
犠牲も必要って。
……なんでその言葉を、マキが言うんだよ。
……いや、マキだから……言ってくれるのか。
「覚悟を決めないと行けないのです」
マキは畳みかけるように言った。まだ揺らいでいる俺の心を見透かしているかのように。
「……今回は、どちらか決めるしかないのですよ。彼女たちの望むままに、その他大勢のプレイヤーのことを見捨ててゲームのクリアを放棄するか、その他大勢のプレイヤーのために、彼女たちには犠牲になってもらうか」
マキは俺の手を握った。
「選んで」
――選ぶ。
そのとき、両手にまた別の温もりを感じた。リアムが、そっと手を重ねていた。
「ユータ……。〈プレイヤー〉を救う道なら……ある。You know……死んでしまっても、現実世界では目が覚めるかもって可能性が、まだ残ってる」
可能性……そうか。リアムたちは、ハッキリと情報は知らないのか。
だが、確かにそうか……。ツリィたちはすでにゲームオーバーしている〈プレイヤー〉 。
グリムリーパー自身も、俺に希望を託してくれた。
「……でも、でも……」
繰り返すうちに、世界は変わるかもしれない。
――いや、そんなのは希望的観測だ。
〈リセット〉を使えば、この状況を阻止できる?
――ダメだ。〈リセット〉は使えない。使ってしまったら、それこそこの世界の崩壊が起きて誰も救われないし、それに、仮にできる状況だったとしても、〈リセット〉をしたら、俺の記憶もなくなってしまう。
過去の俺は、どうしていたんだ?
……違う。過去は関係ない。魔王も言ってたじゃないか。
「勇者様は優しいのです。……だけれど、優しいあまりに、勇者様はひとつ見落としているのです」
「えっ」
たぶん、目を丸くしているであろう俺に対し、マキは言う。
「すべてを生かすことが正解じゃない。大切なのは、本人たちが何を望んでいるかなのですよ」
――何を望んでいるか。
「マキの言うことも一理あるかもしれんな」
「Same here」
ケンとリアムも同意見のようだった。
だけど、そうだよな。ここでウジウジしていてもしょうがない。
ここで立ち止まるようじゃ、俺はきっとエンディングを迎えられない。
「うん、行こう」
答えは決まった――これ以上は、戻らない。
俺は〈セーブ〉をして、再び〈ピエリス市〉を目指す。
「……前へ踏み出しはじめたようでよかったのです」
歩きながら、マキはそう呟いて、先を見つめたまま微笑んだ。




